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悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい  作者: はるくうきなこ


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36彼の看護をします


 セルカークは急気を失ったまま教会の診療所に運ばれた。

 運よく骨折は免れていて打ち身だけですんだようだが打ち付けた額はかなり深い傷だった。

 だが、意識を取り戻したセルカークはここ1か月の記憶を失っていた。

 ミモザはショックを受けた。

 (ああ…こんなつもりはなかったの。あなたをこんな目に合わせる気なんか。でも、私の事を忘れているなら良かったかもしれない。私はあなたをどうしても受け入れることは出来ない気がする。だったらせめてもの償いに彼の世話をして彼を元の生活に戻してあげたい。それが私にできるたった一つの事だわ)


 「先生お願いします。私を彼の担当看護師にして下さい。私を庇ったせいで彼はこんな目にあったんです。お願いします」

 ミモザは医者に頼んでセルカークの担当看護師になった。

 それから彼の世話を始めた。

 「ペルサキスさん、お加減はいかがです?庭にきれいな花が咲いてたのでお持ちしました。私はあなたの看護をさせていただく…ミモザと言います。私はあなたに謝らなくてはなりません。あなたは馬車に轢かれそうになった私を助けて下さったんです。申し訳ありません。私のせいでこんな怪我をさせてしまって…」

 (一瞬名前を偽ろうかと思ったが他のみんなにおかしいと思われてしまうと思いミモザと名乗った。それに彼は記憶を失っているのだから心配はないだろう。それにこんな事になって例え彼は覚えていなくても謝らずにはいられなかった。)

 セルカークは驚いた顔をして起き上がるのも辛いようでだったがベッドから起き上がった。

 「ミモザさんか?世話になる。俺は君を庇って怪我をしたのか?君は怪我は?」

 「おかげさまで私はほとんど怪我はしませんでした。ありがとうございました。でも、そのせいであなたをこんな目に…」

 「いいんだ。俺はこれくらいの怪我なんでもない。ただ、最近の記憶がなぁ…あっ、気にしないでくれ。自分が診療所をしている事や自分が誰かも覚えている。ここ最近起こった事を思い出せないだけで…まあ、あまり変わり映えのない暮らしだったから特に困ることもないだろうから。痛っ!なっ」

 セルカークは打ち付けた腰の痛みと額の傷に声を上げながらも気にするなと言ってくれた。

 「ごめんなさい。あなたは頭を強く打たれて傷がかなり深いんです」

 ミモザは申し訳なく手を差し出す。

 「気にするな。ただ、診療所がなぁ…」

 「そうですよね。気になりますよね。でも、額の怪我さえ治れば直ぐに自宅に帰れると思いますから」

 「ああ、それはそうだが…まあ、どうしてここに来た理由はわかってるんだ。昔亡くなった妻の墓参りに来たんだと思う。あの頃の俺は相当ばかで妻を苦しめて悲しませてそして死なせた。その花彼女が好きだったんだ。フフッ」

 セルカークは窓の外を眺めながらふと自分をさげすむような笑いを浮かべた。


 ミモザは何も言えなくなってそばに立つ。

 なにも考えてコスモスを持って来た訳ではなかった。ただ、庭にたくさん咲いていたから、ただ、それだけの。

 (もう、何やってるんだろう。どうして花なんか…でも、あなたは後悔はしているのね。それにシルヴィがコスモスを好きだった事も。でも、もう騙されないから。まあ、そんな事どうでもいい。彼には恩があるからだけの事)

 思い出す彼への慕情に蓋をして彼の話を聞き流す。


 「なのに…その罰にしては軽すぎる気もするが…あっ、余計なことを言ったな。忘れてくれ。どうもベッドに縛り付けられていると弱気になってしまうみたいだ…ハハハ」

 セルカークは力なく笑った。

 ミモザはこの場から逃げ出したくなった。でも、自分は彼の担当看護師だ。仕事をしなくてはならない。

 一度大きく息を吸い込んだ。

 「弱っている時は誰でも気が落ち込みます。さあ、元気を出して、身体をきれいにしますからちょっと失礼しますよ」

 彼の寝間着を脱がせるのを手伝い温かい湯に浸した布を渡す。

 「さあ、温かいうちにどうぞ」

 「ああ、ありがとう」

 セルカークはそう言うと自分で顔や首周り、胸やお腹を拭いて行く。

 彼の上半身は見事な体で診療師のくせに無駄に筋肉がある。

 あのお腹の傷…

 その傷は臍の当りから下履きの中に伸びていた。

 思わず息をのむ。

 思考が混乱する。


 彼は後悔していた。シルヴィにしたことは決して許される事じゃないけど。

 自分が見た景色と彼の態度がちぐはぐだと思い返す。

 「背中を拭きますね」その手は少し震えた。

 「悪いな」

 彼は何のためらいもなく後ろを向く。

 思わずその手が止める。

 シルヴィの時にはその身体に縋って何度か身体を繋げた間柄だ。彼の胸がたくましい事も背中の筋肉が隆起した時の形さえも記憶にあったから。

 唇をキュッと引き結んで息を殺して彼の背中を拭いて行く。

 (こんなの全然平気よ。セルカークの事なんか!こんなに憎い男。そうよ。女たらしいのひどい奴だってわかってるんだから!)

 自分の気持ちが恐くて、脳内で憎い。憎いって思いを繰り返す。

 「ミモザさん?少し力を抜いてくれないか?俺、怪我してるせいか傷に響く」

 「あっ、すみません」

 はっとして背中から離れる。

 それから打ち身の部分の湿布を取り替え寝間着を新しいものに交換した。

 額の傷は医者が見ることになっているのでミモザは湿布だけ取り換える。

 「さあ、終わりました。すぐに食事をお持ちします」

 「ありがとう。ミモザさんは貴族なのか?」

 「えっ?どうして」

 「どうしてって。平民はそんな喋り方はしないだろう。だから…いやいいんだ。だから嫌とかそういうんじゃないから」

 「いいんです。夫と離縁して実家の父に除籍されたんです。元子爵家の娘でした。平民となりここで働くことにしたんです」

 「じゃあ、その身を俗世から神に捧げることに?」

 「いえ、私は修道女ではありません。ここで働いているだけです」

 セルカークの顔がぱっと明るくなる。

 「そうか。ミモザさんはまだ若いんだ。これから幸せにならなくてはな。あっ、すまん。余計なことを…」

 「いえ、お気遣いありがとうございます。そうでした。すぐに食事をお持ちしますね」

 ミモザの脚は震えていた。

 (やっぱり。この男油断ならない。そうやって女を口説くつもりなんだわ。もぉ、世話をするなんて言うんじゃなかった)

 でも、今さら辞めたいとは言えない。入ったばかりの新人がやりたいと言ったのだ。仕方がないセルカークが退院するまでの辛抱だとミモザは我慢を決め込むことにした。





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