29アルクに説得される
それからミモザはまた荒らされた診察室や薬室をきれいにした。
ふっと気が付いた。
(昨日片づけたばかりだったのに…床下なんか何もあるわけないのに…そう言えば昨夜の音は何だったんだろう?まさか!
パッと閃いた。もし昨日の物捕りって捕ったんじゃなくて違法薬物をここに持ち込んだとしたら?
彼がそんな事をしてるって密告があったって言ってたけど、これだけ一緒にいたけどそんな風には見えなかった。
もし今回の事にもキャメリオット公爵家が絡んでいるとしたら?
薬や薬草だって売ってくれなくなったのは、きっとキャメリオット家の嫌がらせだったと思うけど、セルカークにそんな事をして何か得でもあるの?
ミモザは床に座り込んで腕組みをして考える。
いくらなんでもヴィオラにそんな事が出来るとは思えないし…
公爵だってそんなばかな事は…しないよね?
ライオスに?彼は離縁出来て喜んでるんだし…
義理母?まさか。
完全に行き詰った。
一晩してもセルカークは帰ってこなかった。
ミモザはだんだんいてもたってもいられなくなる。ここにいられるのも後2日。
その間にどうにかしてセルカークの無実を腫らしたい。
最初はセルカークがやったのかと思った。
でも、ここにいて彼のやることを見て来たミモザには彼がそんな事をするような人ではないとしか思えない。
表の庭に植えてあったけしの花が引き抜かれていたのを見て思いつく。
そうだ。先日植えた花や薬草の領収書がある。これを見せればいいんじゃ?
他の薬草は違法薬物に入るようなものは一切ないはずなんだから。
***
ミモザは国防院に出向いてセルカークの面会を申し入れた。
ミモザは彼の兄は国防院の最高司令官だった事をすっかり忘れていた。
「ミモザさんどうしてここに?」
アルクだった。
「あの‥先生は違法薬物何か栽培もしていないし売ってもいません。これを見て下さい」
ミモザはあの時の領収書をアルクに見せた。
けしの花の苗木を買った事も書いてある。他にはセルカークが郊外から採って来た毒草もあったが量で言えば微々たるものだ。
とても売ったりできる量ではない。
「ああ、確かにこれくらいの量なら売るほどもないな。でも、あの男は根っからの悪人なんだ。自分の妻が苦しんでいても知らん顔できるような卑劣な奴で…いいかミモザさん。君は騙されている。違法薬物の件は確かに間違いだったかもしれないが、あの男には近づくな。あいつを返すまでに早くあの屋敷を出ろ。教会で働くことも決まってるんだろう?寝るところくらいすぐに用意してくれるはずだ」
ミモザはアルクの話にうんうんと頷いた。
そして心の中で思っていた。
(ええ、兄さん。あなたの言うことはもっともだと思います。私だってこんな自分がおかしいんじゃないかって思ってます。でも、どうしても彼がそんな悪い人に思えないんです。そりゃあの時は確かにひどい男でしたよ。でも、あれから21年も経ったんです。少しくらいは心を入れ替えたかも知れないじゃないですか。私はね。なぜかもう一度彼を信じてみたいって思ってしまうんですよ。これって惚れた弱みってやつですかね?えっ?今なんて思った私。うぐっ!)
「ミモザさん聞いてるのか?ったく!とにかく中に入って座った方がいい」
アルクは面会室らしい部屋にミモザを連れ込んだ。
さっきから脳内思考がおかしいせいでおかしな顔でもしていたのだろう。
どうやらアルクはミモザが気分でも悪いと思ったらしい。
向かい合わせに椅子に座る。
「大丈夫か?」
「はい。あの…それでアルクさん、セルカークさんに会えますか?さっき違法薬物は間違いだったって言いましたよね?」
「そ、それは、押収した薬物にはキャメリオット商会のマークが入っていたから。それに昨晩物捕りが入ったと彼は言っていたが?」
アルクはかなり気まずそうに聞いた。
「はい、確かに診療室や薬室は荒らされていました。その事ですが、私は昨日薬室を片付けたんです。その時はそのようなものはありませんでした。床下も空っぽでしたしあったのは棚の瓶に入った薬草だけでした」
「そうか、では、何者かが診療所に薬物を…あいつを陥れるためにか?あんな奴を?」
アルクは胡散臭そうに鼻にしわを寄せる。
(あっ、兄さん今もその癖をするんですね。おかしい。よく私がいたずらした時に悔しそうにそうやって鼻にしわを寄せてましたよね)
「クスッ…」ミモザはうれしくなった。
「何がおかしいんだ?」
機嫌の悪そうな声だ。ミモザは立ち上がるとアルクの目の前に行って指先で鼻を撫ぜた。
「ここ、しわが寄ってますよ。せっかくのお顔が台無しです。フフッ」
「な、何を…しわなんか寄せてない。いいから離れろ!」
アルクは慌ててミモザの手を払う。
「すみません。私ったら…とにかく先生は無実です。早く釈放して下さい」
「ああ、わかっている。今手続きをしているところだ」
「じゃあ、もう帰れるんですか?」
「まあな。司令官も問題ないとおっしゃってるし、これ以上留め置く理由がないからな。でも、しばらく監視はつける。それは理解してくれ」
「ええ、私もその方が安心です。だってまた屋敷が襲われるかもしれませんから」
「ミモザさん。そんな事より自分の身を守ることを考えた方がいい。早くああそこから出て行くように、わかったな?」
「ええ、来週から仕事ですから、言われなくても明後日には出て行きますのでご心配なく」
「それならいいんだ。まあ、見張りも付けるし問題はないだろう。それより今度デートに誘っても?」
アルクの顔がちょっとでれっとなる。下がった眉がさらに下がって目の前に立っていたミモザの手を握る。
(ちょっと、兄さん私は妹なんですけど…)
ミモザは勘弁してと思い手を振り払う。
「えっ?デートですか?でも、仕事を始めたばかりですししばらくそんな暇はないと思います。それに私、年上ってあまり好みじゃないのでアルクさんとは無理です。では先生が出てくるのを待ちます」
ミモザははっきり断る。
(ここはきっぱり断った方がいいもの。それにしても兄さんどうして私なのよ)
「そうか‥仕方ないな。でも、気が変わったらいつでも言ってくれ、待ってるから、だが、あいつはやめとけよ。じゃあ俺はこれで失礼する」
「失礼します」
アルクは部屋から出て行った。
(もう、危なかった。兄さんったら!)
ミモザはもう少しで自分がシルヴィの生まれ変わりだと言いそうになった。




