26仕事を探そうとしたら
翌日ミモザは街に出かけた。
セルカークには買い物に行くと出て来た。
どうしても住まいと仕事を探したいとギルドを再度訪れる。
運よく先日対応してくれた女性だった。
薬の調合が出来る話をすると教会の診療所はどうかと言われてミモザは乗り気になった。
王都マクラダの教会の中には診療所がある。大抵どの街の教会でも診療所と孤児院があり、診療所はお金がなくても手当てを受けれていつも病気や怪我をした人たちで溢れていると聞く。
貴族が行くような場所でない事は明白だが、今はそんな事は言っていられない。
それにミモザ自身は結婚して数回寄付として薬を届けたことがあったし、平民となった今、そんな選り好みが出来るとは思えなかった。
ミモザはすぐに気持ちを切り替えれた。
「ええ、それで住まいはあるんでしょうか?」
やはり緊張したせいか、かけていた眼鏡がずれる。
ミモザはあれから眼鏡をかけていなかったが、新しく仕事を探すためまた眼鏡をかけて来たのだ。
「そうですね…ええ、看護師見習いとして働くなら住まいも用意してもらえると思いますよ。その代り昼夜を問わず仕事をしなくてはなりませんけど、いいんですか?」
「ええ、構いません。病気や怪我をした人の為に働くのはとてもやりがいのある仕事ですから」
「そうですか。では、すぐに紹介状を書きますので。これから行かれますか?」
「はい」
ミモザは即答した。
***
教会は繁華街から通りから二本目。
貴族が住んでいる山沿いではなく反対側の通りに向かって歩いた。
すぐに教会を見つけると門をくぐり庭を抜けて建物の入り口まで入って来た。
街中なのに森に面しているのでとても静かだったが建物はかなり古そうだった。
それでもさすが教会。いつでも誰でも入れるようになっていると感心しながら庭にはミモザが植えたのと同じハーブなどが植えられているのを見て緊張が少し緩んだ。
建物を入ると受付があった。
ミモザはギルドから看護師見習いの紹介を受けたと受付で話した。
すぐに中年のシスターが現れて中に通された。
古い建物で廊下を歩くたびにギシギシ音がした。
長い廊下をシスターの後ろをついて歩いて行く。
「あ、あなたミモザさんじゃない?」
いきなり声を掛けられて目をしばしばさせる。
派手なワンピースドレスの淡い金髪のその女性がミモザの顔を覗き込んだ。
「まあ、ヴィオラ失礼ですよ」
シスターが言う。
ミモザがその枯れ葉色のような瞳に激しく脳内が反応する。
「あっ!あなたライオスの?あのヴィオラさん?」
(そうだ。この顔。忘れもしない)
結婚式が終わって惨めな初夜の翌日ミモザはこのヴィオラに会った。
確かあの時、ライオスが彼女の腰を抱いて彼女はライオスにしなだれかかるようにしていてライオスが私に紹介した。
「こちらがヴィオラ。俺の愛する人だ。お前には妻と言う座を与えてやったんだ。それで文句はないはずだ。あまり俺達の目に触れる場所には出入りするなよ。さあ、行こうかヴィオラ」
「そう言うことだからミモザさん?…悪いけど私だって妻になりたかったけど、ここのばばぁ(義理母リリーの事)が許してくれないから仕方なく愛人でいるのよ。ライオスが愛してるのはわ・た・し・なの。だからあなたは公爵令息の妻って言う肩書で満足してよね。もぉぉぉライオスったらダメよぉ、まだ昼間よ。きゃっ、やだぁ…うふふ…じゃあ」
あの時の屈辱感と沼に沈んでいくような重苦しい気持ちが蘇ってミモザは思わず身震いした。
「シスターどうして彼女が?」
「仕事の事で来られたの。いいからヴィオラ。さあ、忙しいのよ」
「仕事を探してるの?じゃあ、私、彼女に頼みがあるの。シスター話をさせて」
「……」ミモザはこっちに話はないと首を振る。
「ヴィオラ、ミモザさんが困ってるわ」
「でも、きっと彼女にもいい話だと思うの。だからお願い話を聞いて」
どうしてもと言うヴィオラに仕方なくシスターが部屋に通してソファに座るようにミモザを案内した。
「シスターは少し外して下さい。これはキャメリオット公爵家にとってすごく大切な話なんです」
「まったくあなたときたら…とにかくお茶を持って来ますから、ミモザさんヴィオラは言い出したら聞かないんです。少しだけ話を聞いてやって頂けますか?」
「はぁ」
ミモザは仕方なくそう返事をする。
「やっぱり。ミモザさんもキャメリオットの名前が出ると気になるわよね」
ヴィオラは、うふふと微笑んでミモザの向かいのソファーに座るといきなり話を始めた。
「実はね。ライオスが結婚しようって言って来たの。まあ、あなたと離縁が成立したからそうなると私も思ってたわ。でも、あのばばぁったら気が狂ったみたいにキィーキィー言って、もし結婚するなら貴族としてのマナーやたしなみを身につけろって…そうでなければ結婚は認めないって言うから…もう、ライオスもすっかりそれでいいならって言うから。私だって最初は頑張ろうと思ったのよ。はぁぁぁ、でもね。そりゃもう厳しい先生が朝から晩までついてやれ歩き方が悪いとか、背筋が伸びてないだとか言われておまけにいつも鞭を持っていてピシッとお尻を叩くのよ。お茶を煎れるのだってほんの少しカップの音をさせただけで鬼のような顔で怒るのよ。もう私、息も付けなくて…だって私、捨て子でここで育ったのよ。ここを出てからパン屋で働いたわ。その時ライオスと出会ってキャメリオットの侍女として働くことになって、もちろんライオスが話をつけてくれたおかげなんだけど。それで愛人になったの。でも、もう無理。私、別にライオスを愛しているわけじゃないのよ。ライオスが私を愛してるのはわかるけど私はライオスの為にそんな苦しい思いをしてまで結婚したいとは思わないのよ。だから…」
ぐちぐちとヴィオラは自分がどれほど困っているかを言いたいらしい。
だが、ミモザに取ったらこの女の為にどれほどひどい目にあったかこっちが言い返したいくらいなのだ。
(いったい何が言いたいの?ぐちならライオスに言えばいいじゃない)
思わずそう言いたくなるがぐっとこらえてヴィオラに聞く。
「それで…私にどんな話なんです?」
まったくミモザにはわからない。
「ええ、それなんだけど…あのねミモザさん。ライオスをあなたに返すわ。だからキャメリオット家に帰ってこない?ライオスだって私がいなくなればきっとあなたとうまく行くと思うのよ。だってあなたはあのばばぁにも気に入られてるし旦那様だってあなたにぞっこんじゃない。絶対その方がいいと思うわ」
ミモザはヴィオラの顔をじっと見た。ふざけているとは思えない。
枯れ葉色の瞳は嬉々として多分すごくいい提案だわって思ってるに違いない。
(って?私を何だと思ってるわけ?あなたが都合が悪くなったら散々いたぶった私に後始末をしろと言ってるのよ!どんな神経してるのよ。あっ、非常識なのは当たり前だったわね。よくもまぁぁ)
「ふざけないで!あなたのお古なんか欲しくもない。私だって厄介払いが出来てせいせいしてるんだから…あなたが嫌ならさっさと出て行けばいいじゃない。その後始末を私に押し付けようだなんてどれだけ図々しいのよ。私は忙しいの。ほんとに無駄な時間だったわ。じゃあ、話はおわりね」
ミモザは激しくヴィオラを攻撃すると立ち上がって部屋から出て行く。
ヴィオラは信じれないと言った顔でミモザを呼び止める。
「待って!どうして?あなただって公爵夫人の方が言いに決まってるのに…最後のチャンスよ」
ミモザは扉に手をかけたまま振り返った。
「ええ、あなたもね。あんな男。無料でもいらないから。ライオスはのしをつけて差し上げるわ。どうぞ好きなようになさったら」
ミモザはそう言うと部屋を出て行った。




