22セルカークの独り言
セルカークは騒ぎ立てて近衛兵に連れ出されて法務院の一部屋に連れて行かれここで待つように言われた。
まあ、牢に入れられなかっただけでも良かったとしなければ吐息をついた。
珍しく自制心を失い声を荒げたがそれも無理はないと苦笑した。
それからセルカークはミモザと初めて会った時の事を思い出していた。
ミモザはいきなり階段から脚を踏み外して慌ててその腕を掴んだ。思わず自分も落ちそうになって必死で脚を踏ん張ったな。
あの時は天使が舞い降りて来たのかって思った。
「ふっ」ばかみたいだ。
キラキラ輝く髪の上には天使のわっかがあるんじゃないかって。
瞳は吸い込まれそうな碧で、思わず見惚れた。
この俺が…あり得ないだろう。ずっと心を閉ざして来た。
あれからずっと…俺にはそんな資格はないってわかってる。
おかしな気分になったのを立て直して彼女の手当てをした。
軽い捻挫だと分かってホッとしたのも束の間だった。
それに彼女があのキャメリオット公爵家の人間だと知って驚いたが、さらに夫が迎えに来てひどい態度で彼女を連れ帰るのを見て驚いたって言うか気分が悪かった。
女性にあんな扱いをするなんてあの夫はどうなってるんだ!って怒りさえ覚えた。
そんなことがあったからかもしれないが…
翌日どうしようかと思いながらもやっぱり気になって眼鏡を届けた。
するとひどい目にあっていると言って助けを求めて来られた。
俺は戸惑った。そりゃそうだろう。
でも、そんな彼女を放っておけるはずがなくて診療所に連れて帰るとさらに驚くことが待っていた。
クリスト・キャメリオット。いやキャメリオット公爵家はかなり世渡りのうまい貴族として名を馳せていた。
6年前この国で疫病が流行った時の事だ。
それは5日病と呼ばれた。咳が出始めすぐに胸を患い高い熱が出て5日ほどで亡くなる恐ろしい病だった。
感染力はすさまじくあっという間に国中に広がった。
王都はもちろんあちこちの領地で治療や薬を求めて人々が診療所や薬屋に殺到した。
そこでキャメリオット家が製造していた咳止め薬が5日病に効果があるとわかりあちこちから注文が入った。
キャメリオット家はまず自分の領地の人間と王家の為にその薬を確保した。
それから貴族の中でもキャメリオット公爵家の派閥に入ると言った貴族に優先して薬を売った。
そしてキャメリオット公爵家の人気を上げるために王都のある教会や診療所にも無料で薬をくばった。
ちょうどその頃、宰相をしていたブラント・パシレオス公爵が高齢のため退任することになっていて次の宰相の候補にパシレオス公爵家の嫡男のレオンの名とクリスト・キャメリオットの名前が挙がっていた。
それが関係あったどうかは今もはっきりとはわからないが、パシレオス公爵家関係の貴族や領地には薬が届くのがかなり時間がかかった。
当時のキャメリオット公爵家に言わせれば、国内や国外からの原料が手に入らず生産が追い付かず申し訳ないと国王に申し出ていた。
そのせいでパシレオス公爵家や我がペルサキス様の父や母、使用人、領地の人間。それにシルヴィの実家のペルヘルム子爵家のご両親も亡くなった。
そしてクリスト・キャメリオットが宰相に収まったのは言うまでもなかった。
それからも兄が父の跡を継いで国防院の最高司令官になるときもかなり横やりが入ったと聞いたし、法務院にもキャメリオット公爵家に関わりのある人事が行われていると聞く。
それは国内の薬草や薬剤のほとんどがキャメリオット公爵家に委ねられているからだろう。
キャメリオット公爵家のご機嫌を損なえば病気や怪我をした時治療を受けれなくなる可能性があるのだ。
誰もそんなリスクを冒したくはないだろう。
皆があいつに媚び諂う。言いなりになっている事にクソ面白くないと思っていた。
それをどうだ?
ミモザは女のくせに正々堂々とあいつを論破した。
国王にだって言い返して、俺がつい声を荒げて彼女を応援したくなっても無理はない。
気づいたら自分で自分の弱点を晒していた。
ミモザは俺が不能だと知ってどう思っただろう。
いや、それがどうして気になる?
俺はシルヴィを赤ん坊を死に追いやった非道な人間なんだ。
女性に対して好意を抱いたりすることは決して許される事ではない。
それははっきりわかってるだろう。
セルカークは胸に沸き上がる思いに戸惑いそんな思いに蓋をした。




