11療養します
それから診療所の二階でしばらく療養することになった。
ミモザはセルカークに抱かれて二階の部屋に案内された。もちろん彼に腕は回したりしない。
彼も傷ついた私に気を使っているようだ。何も言わない。
ラウラもその後ろをついて来る。
そこはかつてふたりの寝室だった部屋だった。と言ってもセルカークはほとんど寝ることはなかったが。
部屋は変わっておらず壁もそのままだった。さすがに家具などはもうなかった。
そこにベッドがふたつ並んでいる。ベッドは使い古したもののようできれいなシーツだけが目立った。
ベッドの真ん中にサイドテーブルがあった。
診察室ほど色あせていない壁にはあの頃の面影が見て取れた。
ミモザが顔をこわばらせたのを見てセルカークが申し訳なさそうに言った。
「すまない。療養する患者はあまりいないのでこんな部屋しかないんだ」
「先生これはあまりに…若奥様やはり帰られた方が…」
ラウラさえあまりの部屋に戸惑っている。
「いいの、少しの間お世話になるだけなんだもの」
「ですが…お食事はどうするのです?着替えやお風呂は?」
「食事は近くの食堂に頼めば持って来てくれる。着替えは…」
「着替えはひとりで出来ます。そんな手のかかるドレスではないので、お風呂は…ここにお風呂は?」
「ああ、突き当りにある」
ミモザは思い出す。そうだった。お風呂は二階にあった。
「では、今から使わせてもらえますか?ラウラに付き添ってもらえば身体を流すことくらい出来ると思うので」
ミモザはキャメリオットの屋敷では言い出せなかったが昨日の汚らわしい行為のままの身体を洗いたくてたまらなかった。
「先生案内していただければ私が準備します。だって先生も忙しいんでしょ?」
気づけばもう昼近い。
「ああ、そろそろ患者が来る頃だ。ああ、それから午後からは手伝いのテルヒと言う女性が来る。ミモザ夫人の世話は彼女に任せるから」
「まあ、それは良かったです」
ラウラが一安心だとほっと息をつく。
セルカークは診察のため下におりて言った。
それからミモザはラウラが準備してくれた風呂に入る事までは良かったが…風呂を見てすっかり後悔した。
この風呂場にいい思い出はない。セルカークはいつもひとりで使った。シルヴィもいつも一人で風呂に入った。
(こんなの見るんじゃなかった…私が死んでからセルカークは何度もここで女性と過ごしたのかもしれない)
そんな事が頭をよぎるとすっかり気持ちは落ち込んだ。
風呂もあの頃のバスタブのままだった。タイルがかなり汚れてお気に入りだった猫脚のバスタブもすっかり薄汚れていた。
急いで体を洗ってながす。バスタブの中には入る気になれずカラスの行水みたいにすぐに風呂を出た。
嫌な事ばかり思い出し気分が悪くなった。
お腹が大きくなるにつれて裸を見るのが嫌になって来たものだった。あの頃は妊娠したことを後悔し始めていた。
あんなに好きだった彼と結婚した事さえも。
「若奥様?大丈夫ですか?顔色が悪いですけど」
「ええ、なんだか疲れたみたい。お風呂無理だったかも…無理言ったのにごめんなさいねラウラ」
「いいんです。もう休まれた方がいいです。寝間着を着られた方がいいですね」
ラウラが持って来ていた寝間着を出してくれた。
ミモザは言われるまま寝間着を着た。
「そうだ。こんな時はご飯を食べるのが一番です。お昼にしましょう。下で言われていた食堂の事聞いてきます」
ラウラに部屋に連れて行ってもらってベッドに横になった。
横になっていると扉がノックされた。
看護師のテルヒが挨拶に来てくれた。年配の女性だった。
「私はここで働いているテルヒと言います。夫人がしばらく療養されると伺いました。お世話をするように先生から言いつかりましたので何でも遠慮なく仰って下さい。ですが午後からしか参りませんので翌日入用なものがあれば前日に言っておいて下さいね」
「ええ、お世話になります。あの…テルヒさんはいつ頃からここに?」
「はい、もう15年ほどになります。先生が診療所を開かれてからすぐでしたから」
「ではセルカーク先生はもう15年もここで?」
「はい、何でも奥様が亡くなって医学院に通われて診療師になられたらしいです。詳しい事はおしゃいませんが奥様に先立たれてさぞ悲しい思いをされたのでしょう」
ミモザは驚く。
(あのセルカークが?シルヴィが死んで悲しかったですって?あり得ないわ。きっと騎士隊にもいられないような失態をしていくところがなくなったんだわ。あの男が自分のしたことを悔いて医学の道をなんて絶対ないから)
「まあ、そうだったんですか…先生がお優しい方でほんとに助かりましたわ。テルヒさんにはお世話になりますがよろしくお願いします。あっ、でもほんの数日ですので」
(脚は数日で良くなるだろう。そうすれば王宮に出向いて法務院で手続きをしよう)
「何でも遠慮なく仰ってください。では、私は仕事に戻りますので。用があるときはこのベルで知らせて下さい」
「ありがとうございます」
テルヒは大きめのベルをサイドテーブルに置くと出て行った。