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連休前と放課後

☆★☆ 近藤鉄也(こんどうてつや) ☆★☆



 5月2日(木) 大型連休狭間の平日3日目。


 今日も妹と同時に家を出た為僕は、僕にしては少し時間に余裕を持って登校した。


 ナイとの朝の散歩は今日もした。今後は毎日続けるつもりだ。


 と、突然、前の席の男子生徒が勢いよく振り向いて僕に話しかけて来た。


「明日からまた4連休だな」


 昨日、高校生になってから初めて会話をしたクラスメイトの『近藤鉄也』くんが、まるで友人にでも話しかけているかのように、普通に僕に話しかけて来た。


「そうだね」


 違和感だとか驚きだとかはまだまだ無くならないけれど、僕はこの近藤くんと、本当の意味での友達になりたいと思っている。


 昨日の昼休み、近藤くんは僕に『友達になりたい』とか『大親友になった』とか、そんな事を言っていたことはちゃんと覚えている。


 でも、それはまだ、冗談とかリップサービス、希望的な側面が強いと思う。


 誰だって『友達になりましょう』『はい良いですよ』のやり取りだけで友達と呼べるわけでは無いと僕は考えているからだ。


 僕がどんな人間なのかを近藤くんに知ってもらって、近藤くんがどんな人間なのかも僕が知って、その上でお互いが仲良しで、欠点や弱点を知っても責めずに補い合って、特技や長所を見つけたら認め合い高め合って、悩みや、自慢や、趣味や、好みなんかは、認めたり、反発したり、褒めたり貶したり、押し付けたり拒絶したり、受け入れたり喧嘩したり、そんな事の繰り返しを経て、真の友達になりたいと思っている。


 少し硬いかな? とは思うものの、僕の側だけでもこの壁を乗り越えなければ、彼の友達とは名乗れない、なんて僕は思っている。


 まあその事は一旦置いておいて、今は明日からの4連休の話だった。


「それがどうかしたの?」


 4連休の話を振ってきた理由を知りたいと思った僕は、質問を返した。うわ、なんかこれ、会話っぽい。


 苦手なはずの言葉のキャッチボールを自然に返せたことが何となく嬉しい。


「生ナイくんを見たい」


 近藤くんの願望を聞かされて、正直僕は驚いた。


「ちょっとだけでいいから触ってみたい」


 え? それってもしかして家に来るって事?


(かじ)られても()えられてもいいから」


 まさか近藤くんはMッ気あり?


「だから、散歩の時間とコースを大体でいいから教えてくれッ」


「それ聞いてどうするの?」


「偶然を装って生ナイくんと遭遇する」


「あ、そう言う事ならいいよ。でも、午後の散歩は妹の担当だから、妹の許可が下りなかったら駄目だからね?」


 ナイの飼い主は、あくまでも妹の澪なのだ。


「ん? 相良妹(さがらいもうと)の許可ならもう出ているぞ」


「え???」


 昨日もそうだったが、近藤くんは何を言っているのか分からないことが往々にしてある。今回もそうだった。


「俺の妹がな、お前の妹と4連休3日目の日曜日、午後に会ってナイくんの散歩にも付き合うらしい」


「そうなのか、ならその時に近藤くんも一緒に来たら良いんじゃない?」


「それがだめなんだ」


「なんで?」


「俺の妹が、俺を断固拒否してるんだよ~~~」


「えーと? もしかして妹さんは『兄と一緒に散歩なんて恥ずかしくて死ねる……』とか言う人?」


 例えばの話として、何気なく言ってみただけだったのだが……?


「おまえはエスパーかーーーー!!」


 クリティカルヒットしたみたいだった。



☆★☆ 昨日のナイ ☆★☆



「朝から仲良しね、あなたたちは」


 登校したてで、多分わざと僕たちの席の近くを通った最上茜さんが、僕たちに話し掛けてきた。


 昨日は僕の精神キャパが一杯いっぱいだったからあんまり気にはならなかったけれど、この最上茜さんって、かなりの美人さんだなと、今更ながら気が付いた。


「だろ? 昨日は勢いで『大親友だ』とか吠えちまったけどよ、恥ずかしながらたった今、産まれたての友情の苗木にせっせと肥料をやっている所さ」


 おや? 今の近藤くんの友情分析、僕の考えに近い…… と言うか同じかもしれない。


「ふーん、その苗木って、なんか凄い大木(たいぼく)に育ちそうね」


 近藤くんが「だろ」と顎をしゃくった所で話題が変わった。


「ところで相良、昨日のナイくんのお留守番は大成功だったんだって? 初日は大失敗だって聞いたのに一体どんなマジックを使ったんだ?」


 昨日に引き続き、僕たちに気安く話しかけている最上さんの挙動が、クラスメイトの特に男子に注目されている事を今僕は感じたけれども、近藤くんはまるで平常運転だ。何も気にしていないような気がする。


「あれ? その話って、もしかして妹さんから聞いたの?」


「おう、その通りだ。一昨日は散々な目にあったと言うのにその翌日には大成功とか、マジでなんかあるのか?」


「へー? あなたたちの話って、本当に面白そうね」


 最上さんまで興味津々だ。僕の席の前でわざわざ立ち止まってまで会話に参加し出しちゃった。


「えーとね、昨日のお留守番は確かに大成功だったとは思うけれど、僕的には『ノーカン』だと思ってる」


「ふんふん、その根拠と言うか詳細をはよ」


「昨日の朝、僕はナイ…… ナイっていうのはうちの愛犬の名前なんだけれど、僕はそのナイに朝早くから『トイレ(キューン)』って起こされたんだ、それで……」


 妹が起きてこない、ナイは階段を自力では降りられない、悲しそうな鳴き声に僕の目が覚めてしまった、二度寝したらナイが退屈だろうから朝の散歩をして、僕もかなり()()()()()()()()、多分疲れてしまったナイが、ご飯の後に熟睡してしまったところで僕たちは学校へと登校した。そして……


「家に帰ったら、ナイはまだ寝ていたんだ。いや、一度は起きて準備していたドッグフードと水は食べたり飲んだりしてたみたいだったけれど、僕らが帰った時にはまた寝てたって感じかな? だから、お留守番の成功と言うよりは、ナイが寝ている隙に学校に行っていただけって感じで、達成感と言うか成功したって言うような実感が、実は僕には無いんだ」


「な!」

「え?」


 近藤くんも最上さんも何故か驚いているけれど、仔犬のお留守番ってやっぱり難しいのかな?


「おい、お前」

「相良くんって」


 なんなんだ?


「はしゃげるんだ?」

「はしゃげるの?」


「…………」


 驚いたのはそこかいッ!



☆★☆ 振り塩 ☆★☆



「あ、もう時間が無いから手短かに言うわ」


 予鈴まで1分を切った所で最上さんが切り出した。


「頼みたい事と聞きたいことがあるから、今日もお昼休みはご一緒させてね。絶対逃げないでよね」


「これは振りかな?」


 近藤くんのこういう対応、割と好きだな。


「振りじゃないからっ! 絶対よ」


「あ~、やっぱ振りだな、相良、今日の昼は食どう……」


 キーンコーンカーンコーン♪


 変なタイミングで会話が切れたせいか、授業後の10分休みにまで最上さんに突撃されて、僕たちは一緒にお昼ご飯を食べる事を強引に約束させられてしまった。


「楽しみにしているよ」


 近藤くんの塩対応をフォローしようと発した僕の言葉で、クラスメイトが数名、驚きの表情で振り向いたのが少し気にはなった。



☆★☆ 相性と類似 ☆★☆



 今日のアサハカくんは、数名の女子と数名の男子の合計8名のグループに入って、女子に声をかけまくっている。明日からの4連休をどうやら有意義に過ごしたくて必死なようだ。


 それはさておき僕らの昼休み。


「まずは俺の頼みからだ。相良、土曜日の午後のナイくんの散歩、お前が出来ないか?」


 最上さんも合流して僕の机と近藤くんの机が合体した。


「午後の散歩は妹の楽しみだしな~ ()()()()でも良ければ大丈夫だけど、僕だけだとちょっと無理そうかな?」


 僕の発言で近藤くんが驚いていた。


「な、なんだと……!? まさかお前、妹にウザがられていないのか?」


 近藤くんが驚いているけれど、どういう事だろう? だって


「え? 近藤くんだって妹さんとはいっぱい会話してるみたいだし、ウザがられてなんかいないんじゃないの?」


 凄く仲良さそうだと思ってるんだけど?


「…… あいつはな、友達が少ない俺への()()()()でお前の妹との話を俺に仕掛けてきてるだけだ…… しかもよ、あいつとお前の妹ってなマジの『大親友』って言っても全然大袈裟(おおげさ)じゃ無い、紛れもない事実なんだ。だからな、俺をお前と接触させて、お前の情報が欲しいだけってのが本音だ。あいつは滅茶苦茶お前に憧れているからな」


「え? なにそれ分かりにくいよ」


「俺は妹にとって、スパイとか工作員みたいな使い捨ての駒なのさ……」


 ガックリと項垂れている近藤くんに掛ける言葉が見当たらない僕に替わって、最上さんがカットインして来た。


「そんな妹の期待に応えようなんて、近藤くんも妹の事が大好きなお兄ちゃんなのね、ププッ」


 近藤くんを嘲笑(あざわら)うように(あお)る最上茜さん。


 なんかこの二人の相性も良さそうで笑える。


「アハハッ」


 つい声を出して笑ってしまったけれど、近藤くんの期待には応えてみたい。だから


「ちょっと待っててね、妹にラインしてみる」


 そう言って僕は『土曜日の散歩一緒に良いか? 近藤兄にナイを見せたい』


 返事は家に帰ってからでもいい、まずはとりあえずの一報だ。


 そのつもりだった、が


 すぐに『おにいなんで土曜日? 日曜日じゃないの? って鈴ちゃんが怒ってるよ?』


 割とすぐに返信が来た。


「あ、なんで土曜日なんだって(すず)ちゃんって人が怒ってるらしいよ?」


 僕はスマホを机に置いて、2人に画面を見せる。


「相良、ちょっとスマホ借りていいか?」


 近藤くんが真剣な表情で頼んできたものだから、僕は迷わずに「いいよ」とスマホを預けた。


『お前よりも早くナイくんに会ってお前に自慢する為だばーか:鉄也より』


 僕の妹にばーかとか打つなよと思ったけれど、最後に『:鉄也より』と書いてくれてたので、一応僕は許すことにした。


 数秒後。


『金曜の午後空けた。澪ちゃんの許可も取った。自慢されるのはキサマの方だザーコ:鈴』


 あ、この近藤姉妹って似た者同士だ!


「くっそぅ」


『今日の放課後俺は相良家に遊びに行く。許可は得てある:鉄也』


 近藤くんが僕のスマホで妹の澪のスマホに鈴ちゃんへ返信する。


 え? 今日の放課後って誰が許可したの? まさか僕って事? ちがうよね僕まだ許可して無いよね?


 この後、しばらくラインは沈黙した。


「なんか止まったね、ライン」


 僕たちはようやく弁当のフタを開けて、昼食を食べ始める。


「「「いただきまーす」」」


 弁当を食べ始めて間もなく


「あのね」


 最上さんが遠慮がちに僕に話しかけて来た。その内容が


「実は私も相良くんの仔犬を生で見たいんだけど…… いいかな?」


 近藤くんと同じ内容のお願い。


 最上さんと近藤くんって相性良すぎじゃね?



☆★☆ 名前 ☆★☆



 弁当もほとんど食べ終わりそうになった頃、僕のスマホが再び動いた。


『今日、放課後私も澪ちゃん家に行く。兄貴と一緒は不本意。でも負けたくない:鈴』


 ところで、僕と澪のスマホでやり取りする意味ってあるの? この兄妹、もう自分たちのスマホでやり取りしたら? なんて思う。


『俺は鈴と一緒でも全然構わん。もし恥ずかしいなら他人のふりでもしといてやる:鉄也』


 ちょっと時間が空いた後の短い返信がこれ。


『わかった。恥ずかしいけど許す:鈴』


「近藤くん?」


「なんだ?」


「今日僕んちに来るって、放課後一緒に帰るって事?」


「そのつもりだが良いか?」


「わかった、いいよ」


「流石は話の分かる友だぜ、そうだ、今から俺の事は『鉄也』って呼んでくれ。そして妹の事は『(すず)』って呼べ、いいな?」


 なんか無茶な注文が来たーーーーー!?


「だってよ、どっちも同じ『近藤』だ、その方が分かりやすいだろ?」


 一理ある。だったら僕も


「じゃあさ、鉄也君も僕の事は『春斗』って呼んでよ」


「いいぜ、春斗」


「あ~、あんた達ってなんかいいな~」


 最上さんが何故か羨ましがっている?



☆★☆ 4連休前の放課後 ☆★☆



「春斗くん、私も生ナイちゃんに会うなら、今日の放課後の方が都合がいいかしら?」


 一連のやり取りを見守っていた最上さんは、そう言って僕に尋ねて来た。


 いつの間にか名前呼びになってるのは気になるけれど、気になるところが多すぎて一旦スルー。


「そうだね、最上さんは僕の家分からないだろうし」


「なら春斗くん、今日私もご一緒するって妹さんに連絡してもらえるかな?」


「わかった、連絡するよ」


 僕は昼休みが終わる前にとちょっとだけ急いで『最上さんと言う女子が1名追加でナイに会いに来る』って事をラインした。


 ナイ1頭の散歩に人間が5人。


 ナイはきっと戸惑うだろうな。


 昼休み終了間際、妹から『全然OK賑やかに行こー』と言った返事とOKスタンプが来て、最上さんにも「OK」と伝えた。


 今日の放課後は、僕と鉄也君と最上さんの3人で下校する事になった。


 クラスメイトと一緒に下校すると言う行為があまりにも久しぶり過ぎる僕は、放課後になった途端、どう動いたら良いのか分からずに戸惑い


「挙動不審になってるぞ?」


 と鉄也君に揶揄われ


「大丈夫? どこか調子悪いの?」


 と最上さんに心配されてしまった。


 それでも僕は今のこの状況が、今の僕にとっては普通じゃないってだけで、みんなにとっては多分ごく普通の事で、これからは僕にとっても当たり前の事になって、いつかは慣れていくのだろうな、なんて思えているのだった。





 

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