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お留守番とストレス

☆★☆ 罪悪感 ☆★☆



 相良家の朝食はだいたい7時頃だ。


 洗い物が少なくなるようにワンプレートで、今日はご飯に目玉焼きとミニハンバーグとマカロニサラダ。


 さっさと食べ終われば母がチャチャッと洗い物を済ます。


 普段一番初めに家を出るのは父。7時20分には家を出る。


 次に家を出るのが母。7時30分頃。


 そして妹が7時50分頃に家を出て、わりと家から近い高校に通う僕は、いつもだいたい8時頃に家を出ている。


 つまり、最後に家を出る僕が、直接ナイを独りぼっちにさせてしまう。と言う事になる。


 想像しただけで心が痛む。


「なあ澪、今日から僕も少し早く家を出るから、二人同時に家を出ないか?」


 僕は臆病だから、澪にこんな提案をしてみた。


「そ、そうだね。最後の一人って罪悪感が半端ないもんね」


 妹の澪も自分が最後に家を出る場合の事を想像したのだろうか、案外素直に応じてくれた。


「もう7時50分だな」


「うん……」


 ナイはまだ何も気付いていない様子で、食後のリラックスタイムを満喫している。


「ボールとかお昼用のドッグフードや水なんかは出して置いたし、どうする? 黙って出るか? それとも声を掛けたほうがいい?」


「黙って出るのは、気付いた時にショックが大きくないかなあ?」


 悩んでいる間にもカチコチと時間は進む。


「じゃあ、声を掛けてみるよ」


「うん、おねがい」


 僕は居間でボールを(かじ)っているナイに


「ナイ、僕たち学校に行ってくるからお留守番お願いね。行ってきます」


 と声を掛けた。


「ナイ良い子でね。い、行ってきます」


 兄妹揃って玄関に向かうと、テクテクとナイも付いてきた。


 まだ落ち着いてはいる様子だが、僕らが玄関から出て、施錠した直後___


「ワンワンワンワンッ!」


 閉めたドアの向こうからけたたましい鳴き声が聞こえた。


「クゥンクゥン、キューーーン」


 やがてけたたましさは消え、悲し気な鳴き声に変わる。


 その鳴き声を背に受けて、僕たちはそれぞれの学校へと歩く。


 通う方向が逆だから、庭から道路に出たらそこで妹とは別れる。


 ナイは家犬(いえいぬ)として飼うのだから、留守番には慣れてもらわなければならない。


 そう分かっていても、罪悪感に(さいな)まれた。


「じゃあな、また後で」


 別れ際、妹にも声を掛けて僕は高校へ向かった。



☆★☆ ウレション ☆★☆



 今日ほど時間の流れを遅いと感じた事はない。そう思える程授業が長く感じた。


 ナイは無事だろうか? 泣き止んだだろうか? 家族に捨てられたと感じてはいないだろうか?


 不安で不安で胃に穴が開きそうになる。


 放課後になったら()ぐに教室から出られるように支度を整えて、誰よりも早く教室から出た。


 家までは歩いても15分程で着くのだけど、気が(はや)って仕方がない僕は走って帰った。


 ガチャっと勢いよく鍵を開けて急いで家に入るとドロッドロッドロッ! と足音を響かせてナイが僕を出迎えてくれた。


「ワンワンワンワンッ!」


 大声で吠えられたが、今は吠えた事を叱る気にはなれない。


「ただいま」


 まだ靴も脱いでいない僕は、勢いよく飛び掛かって来たナイにしがみつかれて、ナイの、ナイによる、僕の為の『ウレション』の洗礼を受けた。



☆★☆ 階段 ☆★☆



 玄関の中は散々に荒らされていた。


 出しっぱなしにしてあった庭用のサンダルたちは見るも無残なまでにボロボロになっており、僕が毎日河原の土手を走るときに使っていたスニーカーも原型を留めてはいなかった。


 さらに現在、ウレションの影響で、臭いうえにおしっこたまりが出来ている。


 僕は靴と靴下を脱いでまずは洗面所へと足を運ぶ。


 僕の足にはまだ、ナイがしがみついたままだ。可愛いけれども歩きづらい。


 靴下を洗濯物入れに放り込んで、僕は浴室に入ってシャワーで足を洗う。さすがにナイにしがみ付かれたままだと洗いにくいので、ちょっとだけ僕の後ろに離れてもらったが、シャワーの水が怖かったのだろうか。しゃがんだ拍子に僕の背中にジャンプしてきてしがみ付いてきた。


 次に僕は着替えのために2階へと上がる。


 階段を登ろうとすると、ナイが必死で付いてきたのでゆっくりと進む。


 どうやらナイは階段を登るのがあまり上手では無いようだ。


 一段ずつよっこら、よっこらと登っていく様は笑ってしまうくらいに可愛い。


 手助けはしないよ。自分の力で登り切れ。


 やっと僕の部屋にたどり着き、僕はいつものように制服からジャージに着替える。今日は靴下もだ。


 そう言えば、ナイが僕の部屋に入ったのって、何気に初めてだな。


 妹の澪が飼い主で一緒の部屋で寝ているからと言う事もあるし、僕は普段ほとんどナイを構ってはいない。構う(すき)が無いともいう。


 それなのに、やはり淋しかったのだろう。ほとんど接点のない僕なんかでも、どうやら頼りにされているみたいだ。

 

「じゃあ行こうかナイ。居間の被害も確認しなきゃだからな」


 ナイと一緒に階段を降りようとした僕だったが、何故かナイは階段を降りようとはしなかった。


「キューン……」


 悲しい声を出して、悲しい表情をして、ナイは階段を見下ろすだけで、尻尾は丸く、後ろ足をくぐってお腹にまで垂れ下がっていた。


「まさかお前、独りじゃ降りられないのか?」


 そんなナイを2階に連れてきて無理やり一緒に寝ているわが妹の澪。鬼畜だな…… いや、ただ我儘で、気が利かないだけか。



☆★☆ よく無事で ☆★☆



 しょうがないから階段は、ナイを抱きかかえて降りた。何気にナイを僕が自分から抱きかかえたのは初めての事だ。可愛い。


 ナイを降ろして居間に入るとそこには、見るも無残な光景が広がっていた。まあ、玄関の様子からして予想は出来てたけどね。


 まず目についたのはソファー。


 3人掛けで柔らかくてフワフワしたタイプのまあ、安い部類のソファーなんだが、ボロボロに食いちぎられていて、中のスポンジっぽい素材が散乱していた。特に左の手すり部分は爆発でもしたかのような破壊っぷりだった。


「うん、まぁ座るだけなら座れない事も無いな」


 次はやはりスリッパだろう。4人分のスリッパは8枚のボロ板とボロごみに分離させられていた。


「コーギーはスリッパ好きだとは聞いていたが、ナイもスリッパは大好きみたいだね」


 次に目に付いたのは……


「あ! これは危なかった……」


 テレビ台の上に飾られてあったオブジェ。妹がよくガチャとかで集めていた塩ビの人形とかの小物。


 犬が食べたら危険だったろう。今日は手を出さなかったみたいだけれど、いつか興味を持ってしまえば齧ったり飲み込んでしまう可能性もあった。


 大きさから言って、ちょうどのどに詰まる可能性が高い。よくぞ手を出さないでくれていた。


 今回は運が良かったと言うだけで、僕たちはナイを殺してしまう所だった。


「滅茶滅茶にはなったけれど、よく無事で留守番をしてくれた」


 僕はナイの量頬を挟むようにして撫で、耳の下から耳までもわしゃわしゃと撫でた。



☆★☆ もう遅い ☆★☆



 ナイに邪魔をされながらも、掃除と片付けを始めて約15分。


「ただいまー」


 妹の澪も帰って来た。


 玄関のサンダルたちはボロボロだが、まだ履けそうだったので、しれっと並べて置いておいたし、臭いは残ってるけど、ウレションの始末もしておいた。だが


「うわーーっ、なにこれ~」


 妹の澪も驚いたようだ。


 ナイは飼い主の澪が帰って来たことで興奮したのか「ワンワンっ」と吠えて澪に抱きつきに行った。


 僕に吠えた時の方が必死だったし吠えた回数も多かったな、などと優越感に浸ったのは内緒だ。


 やがてナイと一緒に居間に入って来た澪は、スリッパとソファーを見て「あぁ……」と落胆する。


「ナイー、駄目じゃないのー!」


 澪がナイを叱ろうとしたので、僕はナイと妹の為にそれを止める。


「待て待て待って、ナイを叱らないでやってくれ」


「何でよー? 叱らないとお留守番のたびに散らかされちゃうよー?」


 澪はやはり分かっていないようだ。


「今さら叱ったり怒ったりしても、もう遅いんだ。今叱られても、何故、何が悪くて叱られているのかナイは理解できない。むしろ、急に怒り出した澪に不満を感じて、信頼関係が損なわれる事になる」


 ソファーの内臓ともいえる、スポンジ状の残骸たちを大きなごみ袋にあらかた入れ終えた僕は、テレビ台の上のオブジェたちにも手を伸ばす。


「悪い事は、悪い事をした瞬間に叱らないと効果はないんだそうだ。逆に褒める時もそう、成功したり良いことをした瞬間に褒めないと、何故褒められたのかが理解できない。ネットで得た情報だけど、有名なペットショップのブログだからかなり信頼できる」


「そっか、今叱られても分からないのかー」


 テレビ台のオブジェたちを全て小さなビニールに入れて澪に渡す。


「え? これどうするの?」


「片付けてくれ、万が一ナイが飲み込んだら危険だ、と言うか出しっぱなしにしていたらいつか必ず飲み込むと思う」


「そっか、うんわかった」


「のどにつっかえたら確実に死ぬし、上手く飲み込んだとしても排泄できずに苦しんだうえでやっぱり死ぬと思う」


「えっ!? 死ぬの?」


「その可能性は高いよ。死ななかったとしてもお腹から取り出すためには手術が必要だし、ペットの医療費ってけっこう高いって聞いた」


「うわー…… 気を付けます」


「だからさ、今日無事に生きていたってだけでも、ナイは褒められてもいい、と思う。と言うか実は僕、さっき褒めた」


流石(さすが)おにいっ」


 澪に褒められて、僕は少し照れる。


「ほかにもナイが届く場所に危険な物が無いか、家中を点検しようか」


「うん、っと、その前に今日のお散歩に行かなくちゃ」


『散歩』という言葉を理解し始めたナイはご機嫌で玄関に走るとリードを(くわ)えて戻って来た。


「うわっ、賢いな~」


 3日やそこらで言葉を覚えたか、もしかしたら『散歩』と『ごはん』くらいだろうけれど……


 それでも


「うん。賢いね」


 澪に同意だ。



☆★☆ 手の打ちようが無い ☆★☆



 澪がナイと散歩をしている間に、僕は居間に掃除機をかけた。


 ナイが留守番中に自由に動けるのは、居間と玄関とトイレと階段。


 ナイはどうやらしっかりと閉められたドアや(ふすま)を開ける事は出来ないらしく、居間と玄関以外への被害は無かった。まあ今後どうなるかは分からないが。



 その日の夕食後、テーブルを囲み、家族全員で話し合いをした。



 ソファーとスリッパを買い替えるかどうか。


「ソファーはまだ座れるし、サンダルは庭に出る程度だからボロでも充分。スリッパは暫く()かなくてもいいんじゃない?」


 ついこの間まで、全く会話をしようとしなかった僕なのに、ナイが家にやってきてからと言うもの、いつの間にか饒舌(じょうぜつ)だ。


「ただ、スニーカーだけは買い替えたいかな? あれはもう完全に履けない」


 この場には何故かナイもお座りしながらのすまし顔で並んでいる。距離感が絶妙だ。まるで話し合いに参加しているかのように見える位置取り。可愛い。


「明日からのお留守番はどうするの? また今日の繰り返し?」


 妹の澪の心配は家族みんなの悩みだ。ナイとて例外ではないだろう。


「それなんだがな…… わたしは手の打ちようが無いと思うんだ」


 父に策は無いか。


「まあまあ、そのうち慣れてくれるんじゃない?」


 のんびり屋の母も、慣れるまで待つことを提案。


 当然僕にも良案は無い。ネットで調べたら留守番の練習とかの記事はあったが、明日の留守番の参考になるような記事はまだ見つけられていなかった。


「さっき澪にも言ったけど、当分は怒らない叱らないで、ちゃんと可愛がって信頼関係を少しづつでも強化するのが多分一番の近道だと僕は思う。大変な事だとは思うけど、母さんが言ったように慣れるまで待つしか無いんじゃないかな?」


 本当に世の中の飼い主さんたちは、どうやって留守番問題を解決していったんだろう。


 もし母さんが専業主婦だったら…… などと言う考えが一瞬脳裏をよぎったが、犬の為に仕事を辞めるなどはあり得ない話だろう。


 結局明日も、今日と同じような事を繰り返すと言う事で話は終わった。



☆★☆ まだ間に合う ☆★☆



 この夜、僕は寝る前にもう一度だけパソコンで、『犬』『留守番』『コツ』などと打ち込んで検索してみた。


 そして見つけた。


 必要なアイテムは『ケージ』


 そしてその中に『硬いオモチャ』『柔らかいオモチャ』『太いロープ』そして『家族の匂いがする何か』


 犬は構い過ぎると留守番が下手になると言う記事もあった。


 一人で過ごす時間も大切だと知った。


 まだ間に合うと思う。


 連休中の妹はナイを可愛がりたがっていたが、躾に疲れたナイにはしっかりと休ませてあげていた。


 僕と父さんは犬の育て方を調べる事に夢中で、そもそもそんなに構ってはいない。


 母さんはナイを見つめて微笑んでいるだけだったし。


 まだ僕たちはナイを構い過ぎていはいない。と思う。


 一人で、安心して、(くつろ)げる場所を作る。


 ケージが無いなら、あのボロボロのソファーだ。壁に逆向きに設置して、ケージ風の空間を作る。


 そこにナイのボールと、スリッパの残骸を並べる。


 仕上げに澪の匂いが付いているタオルか何かを置いてあげれば(ある)いは……





 今日の僕は、いつもよりは少しばかり夜更かしをしてしまったが、満足して眠りに就いたのだった。



 



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