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我が家に犬がやって来た

☆★☆ 日常会話 ☆★☆



「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「いってきます」「ただいま」「いただきます「ごちそうさま」「おやすみ」


 家の中で僕が話す言葉は普段たったこれだけだ。


 僕は誰にも話し掛けないし、誰からも話し掛けられない。


 多分、話し掛けて欲しくないと言う、オーラのようなものでも出ているのだろう。


 中学の卒業式の後、もう二度とあの、盛りの付いた猿共と顔を合わせる必要がなくなると分かってからは、多少、何とか話をしてみようかなどと思ったりもしたが、結局、勇気を出せずに今日まで大人しく過ごしている。



☆★☆ 放課後の過ごし方 ☆★☆



 学校がある日は毎日、放課後は真っ直ぐに帰宅する。


 あの喧嘩の後は友達付き合いも全くなくなり、真っ直ぐ帰る以外の選択肢も無い。


 家族の中では大体僕が一番先に帰宅しているので、家には誰もいない。


 だが、そのまま家にいれば割とすぐに妹の澪が帰ってくる。


 普段僕は常に自分の部屋に籠っているから、話をすることも顔を合わせる事も特には無いのだが、何となく気まずいのでジャージに着替えて散歩に出る。


 家からほど近い川の土手をブラブラと歩いたり走ったり。


 車両進入禁止の遊歩道なので好きなように歩ける。


 橋を渡って反対側の土手も走り、また別の橋を渡って元の場所に戻る。


 だいたい1時間~1.5時間。距離にして8㎞くらいだろうか。


 高校に入学してからも相変わらずこんな感じの午後を過ごす毎日だ。



☆★☆ 日常会話プログラム ☆★☆



 大型連休(ゴールデンウイーク)初日の4月27日の午後2時頃。


 何故か我が家に仔犬がやって来た。


 午前中に僕以外の家族が揃って出かけて行った事には気付いていたが、まさか犬を買いに行っていたとは思いもよらなかった。


「おにい見て」


 誰もいないからと油断して、居間のテレビで撮り貯めたアニメを見ていた僕に、妹の澪が『おにい』と、まるで以前の僕に話し掛けるようなごとく、極々自然な口調で呼びかけて来た。


「じゃーん! コーギーの仔犬ー、女の子だよー」


 あっけにとられている僕を置き去りに、澪は話を続ける。


「生後4か月、売れ残っていた最後の仔だったからなんとお値段たったの8万円! 私が4万円でお父さんが4万円出して、忠臣さんのお店からとうとう買っちゃった~」


 忠臣さんの店とは、近所でドッグブリーダーをしている『山忠犬王(やまちゅういぬおう)』と言うペットショップだ。


 実は僕、犬を見るのが大好きで、その店の前を通りかかるたびに犬舎の方をこっそりと見て癒されている。


「なまえはナイ」


 そう言った妹はきゃははっと笑った。


 1年前の、あの事件を起こす前には、よく見せてくれていた笑顔。


 最近全く見なくなってしまった素の妹。


「ねえおにい、何かツッコんでよ、ツッコみキャラでしょ?」


 会話に脳がついて行かない僕を見かねて、父が澪に話しかける。


「春斗はね、今、日常会話の更新プラグラムをダウンロードして、インストールしている最中なんだ。母さんに似て処理速度はゆっくりだから、反応するまでにはもう少し時間がかかると思うよ」


 ナチュラルにディスられた母が


「あら~? そうかしら?」


 と父に怒った顔を向けるが、なにが『そうかしら』なのかは僕にはわからない。


 まあ母は昔からそんな感じの人だ。


「とにかく、名前はナイっ! さあおにい、ツッコミをどうぞっ」


「わかった。『ナイ』と言う名前なんだね」


 とうとう僕は、久しぶりに挨拶以外の言葉を口に出した。


 もう少し何か、特別な感覚でも覚えるかな? とは思っていたが、全くもってそんな事は無かった。


 平常。自然。ありのまま。そのまま。


「ぶう~~、なんで分かっちゃうかな~」


「はっはっは、春斗は澪と違って昔から賢いからな~」


 おい、父よ、アンタさっきから割とナチュラルに家族をディスってるぞ。


「名字と組み合わせれば『相良(さがら)ナイ』。下がらないっ! だからこの子は上がるか進むかするしかない」


 えへへ~と笑う妹の笑顔が眩しい。


「そうか…… ナイ、変だけれどいい名前だ」


 妹に抱かれて、今は眠そうにしている『ナイ』に向かって、僕は話し掛ける。


「ナイ、家に来てくれてありがとう。歓迎する」


 僕は目線を上げて妹を、そして父、母にと目を向ける。


「澪、父さん、母さん…… ありがとう。ずっと気を遣わせていたんだね、僕って」


「そうよ~心配したわよ~」


 普段はのんびり屋の母なのに、ここ一年ずっと表情は硬かった。僕が家族の雰囲気を壊していたんだ。


「嫌われてると思ってた。怖がられてると思ってた。だって僕は」


「嫌いなわけないっ!」


 澪が叫んで、ナイが『ビクッ』として起きた。


 そんなナイを「ごめんごめん」と優しく撫でながら澪は


「おにいが私を守るために喧嘩をしたって事は、ちゃんと知ってるんだから」



☆★☆ 誤解 ☆★☆



 妹は言う


「私のせいでおにいは虐められた。私を守るために敵意を自分に向けさせたんでしょ」


 妹が言った内容は概ね合っている。僕は妹のせいで虐められたと、一時考えていたこともあった。


 だが、今は違う。


「そしておにいのおかげで、私は良い感じに孤立した」


「おい、なんで澪が孤立するんだ?」


 父と母がドッグフードを少しだけ皿に入れてナイに手招きしている。


 澪がナイをカーペットに降ろすと、ナイはテクテクと歩いて父と母の方へ行った。


「相良澪には怖いお兄ちゃんがいて『盛りの付いた猿共』のような不埒な事を目論むと、例え何匹の猿が徒党を組んでいても、絶対に叩きのめされる」


「???」


「去年のおにいの噂、有名だったよ?」


「なんだそれ? 事実無根も良い所だ」


「実際に喧嘩の後、おにいは5日間休んだだけで学校に来たけど、猿達は1ヶ月休んだでしょ? その理由、みんなそれぞれ勝手に解釈したんじゃない?」


「ああ、その事実だけを指摘されればそう思い込むと言うのはあり得るか……」


「そんな訳で実は私、1年の早い段階で安全と平和を確約されました」


「本当は僕が、一方的にボロボロに負けて、夜中に高熱を出して1日入院したんだけどね」


「でもおにい、先生に言ったんでしょ?『盛りの付いた猿共』の話」


「そりゃあね、事実は全て話したさ。でも、誰にも言わない約束だったんだけどな」


「親は例外でしょ? こんな事件なんだもの、親にまで内緒にする筈無いじゃん、学校なんだから」


「それはまあ分かる。で、澪も知ってしまったと」


「猿共の顔と名前も一緒にね」


「1ヶ月も休まされたんだから顔も名前も割れて当然か……」


「思いっきり後ろ指指してやったわ」


「あいつらもちゃんと地獄を見てたんだな…… 良かった」


「でも、地獄を見なくてもいいはずの、おにいまで地獄を見てた」


「だって僕は主犯だ。先に手を出したんだから、アイツらは正当防衛を主張することも出来た。澪を襲うと言った言葉も『冗談だった』と言われればそれまでだったろうし」


「おにい? SNSなんかでは冗談でも殺人予告とかした人は、犯罪者であって逮捕もされるんだよ? だから実は先に手を出したのは猿達の方。おにいのが正当防衛。未然に事件を防いだ功労者なの」


「そっか…… ずっと、澪には嫌われてしまったと思ってたよ……」


「わ、私だっておにいを傷つけちゃったって落ち込んでた」


「ずっと誤解していた」


「ず、ずっとおにいに話しかけたかったけれど、何て言って話し掛けたらいいか、どうやったら仲直りできるのか分からなくて……」


 僕は、一生懸命にドッグフードを食べているナイに目を向ける。


 顔の割に大きな耳。鼻先からおでこにかけて白くて細い模様が凛々しい。


 コーギーにして短めな体毛は薄い茶色と言うかベージュ色だ。


「一緒にできる事とか、協力し合える何かがあったら、仲直りしやすいかな? なんて思って……」


「だから『犬』か」


「……うん」


 父と母が、犬をではなくて僕たちを見ていた。


 ずっと僕は家族から目を背けていた。


 僕は事件を起こした問題児で、家族からは疎まれていると思い込んでいた。


 それなのに、本当は、こんなにも心配されていて


 愛されていたのか……


「あ、の、去年、おにいに『きもっ』って言った事、あったよね」


「……あぁ、あったな」


「ごめんなさいッ! ホントは『かわいい』って言われた事でその、照れちゃってあの、照れ隠しでついつい強がっちゃったというか何と言うか、本当にごめんなさい」


「僕の方こそごめんよ、澪の事を見世物のように扱ったと思われても仕方ない事をした、自覚はあったからね」


 兄妹間にあった誤解は解けた。


「なんかスッキリしたーー!」


 妹の澪がまた大きな声を出した事で、仔犬のナイがビクッとした。


 コイツ飼い主のくせにナイには嫌われるかもしれないな。


 と、少しだけ心配になった。



☆★☆ 育成方針 ☆★☆



 大型連休前半の3日間は、犬の育て方を試行錯誤しているうちにあっという間に過ぎ去った。


 まず、トイレの躾は比較的楽だった。


 ドッグトレーナーの資格も持っているブリーダーの忠臣さんが、販売前からきちんと躾けてくれていたおかげで、ナイのおしっこの臭いをつけたペットシートを家のトイレの前に敷いておいただけで一発で成功した。


 トイレの中に設置しなかったのは、ナイがトイレの個室には怖がって入りたがらなかったからだ。


 次に食事だが、犬に食べさせてはいけない物を調べて、結局ナイのごはんはドッグブリーダーの店主、忠臣さんおすすめのドッグフードにした。


 トリーツ(おやつ)には骨っぽい物とジャーキーっぽい物を選んで、トイレが上手くできた時や吠えるのをやめた後でお座りが出来た際にあげる事にした。小さいおやつを1日に3回~4回くらいで止めるよう気を付けている。


 吠えるとか噛みつくとかして暴れている時は、家族全員で完全に無視して絶対にかまってあげない事を徹底した。


 散歩は夕方、学校がある日の事も考慮して、午後3時頃から1時間程度で妹の澪がする。但し何かあって行けない場合には僕が代わりに行く。


『運動』『探索』『なわばり巡り』が重要との事だったので、毎日決まったコースを散歩する。


 体力が付いたらコースを延長しやすいように、土手の遊歩道を選んだ。河原に降りて遊ぶことも可能なのできっと楽しんでもらえるだろう。


 ちなみに散歩では、ナイが産まれた忠臣さんのお店の前も通る。


 実家の前を毎日歩くのだからナイも安心だろう。


 ただ、夜の寝床だけは妹の澪が「ナイと一緒に寝る!」と言って譲らず、分離不安症なんかの説明もしてみたのだが、澪の部屋のベッドの横に『犬の寝床』を用意することになった。



☆★☆ 心配です ☆★☆



 順調に我が家に馴染んでくれるナイであったが、4月29日の夜、大問題に気付いた。


 明日から大型連休狭間の平日が3日間も続く。


 父は公務員で、8時半~17時半まで仕事。


 母は海産物を取り扱う会社のパート職員だが、勤務時間は8時~17時。


 僕たち兄妹は学校。


 多分僕が一番先に帰宅できると思うが、それでも15時は過ぎるだろう。





 ___はじめてのお留守番___


 果たして、無事に済むのだろうか?






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