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最終話 『仔犬のちから』

☆★☆ 3日目 ☆★☆



 連休3日目は、もともと鈴ちゃんが妹の澪と午後に遊ぶ約束をしていた日だ。


 本来ならこの日にナイと初対面する予定だったのだが、そんな予定はすでにあっさりと覆されていて、鈴ちゃんも今日はもう午前中から我が家に来て寛いでいる。


 普段から澪を守る姿勢で友達付き合いをしている事を知っている僕らの親は、初めから鈴ちゃんには好意的で、お昼にはおいしいご飯をご馳走しようと買い物に出かけて行った。


 そして僕はと言うと……


「おにい、これで最後、宿題の答え合ってるか確かめてっ」

「多分大丈夫。でもお願い」


 妹たちの宿題の面倒を見ていた。


 午前中のナイは、だいたい『ナイの部屋』で爆睡している。


 昼は母が張り切って作った豪華過ぎる中華丼だ。


「凄い。美味しい」


 目を見開いて食べまくる鈴ちゃん。


 おい母よ、これは張り切り過ぎだろ。


 午後の散歩は3人で出かけ、河原では予想通りに鈴ちゃんの兄と偶然に遭遇した。


 

☆★☆ 最終日の鉄也くん ☆★☆



 翌、連休の最終日、朝の散歩も終えて、新しいソファーで寛いでいたら僕のスマホが震えた。


『助けてくれ、こんなに多いとは思わなかった』


 鉄也くんからこんなメッセージが届いた。


 何を助ければいいのか? 何が多かったのかは書かれていない。


 5W1H、今度教えてあげようかとは思ったが、とりあえずは確認のメッセージを返す。


『何をどう助けたらいいの?』


 すると


『連休中の宿題だ、今から行く。写させてくれ」


 たぶん僕の宿題が終わっている事は、妹さんの鈴ちゃんから聞いて知っているんだろう。


 あの兄妹、結構家では会話が多そうだからな。


『いいよ』


 と返信して、OKスタンプを押そうとしたあたりで、もうドアホンが鳴った。


 当然のように鉄也くんだった。


『今から行く』じゃなくて、すでに来てたんじゃねーか!?


 と言う訳で、今日は鉄也くんの宿題の面倒を見る事になった。


 僕は家庭教師か!?



☆★☆ 邪魔 ☆★☆



 午前中のナイは、相変わらず爆睡しているから、鉄也くんの宿題は誰にも邪魔される事なく、そこそこ順調に進んでいたのだが、あと少しで正午と言ったあたりで変化が起こった。


 外に遊びに出て行っていた妹の澪と鈴ちゃんが、帰って来たのだ。


「ボケ兄がここで宿題をしている。しかも丸写し。卑怯、怠惰、ズル」

「うっせ、緊急事態だ、もう避難勧告出てんだよ! ココは」

「進学校にも落ちこぼれはいる。まさにコレ」

(とうと)い兄を『コレ』呼ばわりするんじゃねえ。(うやま)え」


 鉄也くんの宿題丸写しのペースが一気にダウンした。



☆★☆ 家族+近藤兄妹 ☆★☆



 ナイも目を覚まして、我が家は昼食タイムに突入した。


 何故か近藤兄妹も、当然のように一緒に頂いている。


「おばさん料理上手。昨日のも美味しかった」

「マジで美味え、カツカレーのカツがやたら柔らかいよ~?」


「あらそおぉ? 嬉しいわぁ~ それならいつでも食べにおいで、張り切ってご馳走しちゃうからね~」


 この兄妹、他人と仲良くなるスキル、凄すぎない?



☆★☆ 散歩か宿題か ☆★☆



「現国の『短文』だけは丸写ししたら駄目だよ、バレるからね」


 午後になると、妹s以外にもナイまで邪魔しに来るようになったため、鉄也くんの『丸写し』が更にスピードダウンした。


 その上『短文』作り。1つ2つじゃない。全部で15もお題がある。


 僕は国語は結構好きだし、小説や童話なんかをよく読むから文章問題なんかは割と好きなんだけど、鉄也くんはかなり苦手なようだった。


「うへぇ~」


「あ、3時半だ。ナイお散歩行くよ~」


 妹の澪がナイを呼ぶと、ナイはリードを(くわ)えて澪の元へと言ってしまった。


「ナイく~ん、行かないで~」


 鉄也くんが壊れだした。


「いや、ナイがいなくなる今こそ、集中して宿題できるチャンスでしょ」


「駄目だ、癒しが、温もりが、毛皮が欲しい~」


 なんか最後に怪しげなことを言っていたような気がしたけれどどういう意味かな?


「英語の宿題もまだ手付かずなんだから頑張れ」


「『喧々諤々(これ)』って何だよ~? 読めねーよ~、意味も分かんねえしどうやって短文なんか作りゃ良いんだよ~」


「『けんけんがくがく』意見が多くてまとまらなくて騒がしいって意味だよ。具体的にはクラス委員決めた時とかそんな感じだったよ」


「おお! 春斗すげえ、それで1つ行けるな」


「……。春斗先輩、そこのアホは放って、お散歩行きませんか?」


 鈴ちゃんからのお誘い、ホントは行きたい。


 マジで後ろ髪ひかれる思いなんだけど……


「ごめん、今日は鉄也くんの面倒を見るよ。なんだか放っておけなくて……」


「そっか~、おにいは今日お休みか~。残念だね~鈴ちゃん」


 ちょっと棒読みっぽい感じはしたけど、妹の澪も残念に思ってくれてるらしい。


「すまん春斗、ワシが不甲斐ないばっかりに……」


 鉄也くんのこの振り、前にもあったな。


「はいはい、不甲斐ないと思うんなら宿題頑張ろうね」


 だが、今回は乗らない。


「あ~、春斗が冷たい……」



☆★☆ 兄妹コント ☆★☆



「ただいま~」


 妹の澪と鈴ちゃんがナイの散歩から帰って来た時、鉄也くんの宿題はなんとか終わっていた。


「おう、おかえりー」

「ダメ兄が言うな」


 鷹揚(おうよう)にお帰りという鉄也くんに妹さんがダメだしする。もうこれホントにコントだよね。


 足を拭かれてハーネスも外してもらったナイは真っ直ぐに僕の元に来て甘えだした。


「あれ? やっぱりおにいが一緒じゃなかったから、ナイも寂しかったのかな?」

「最上先輩と緑ちゃんもいたから結構賑やかだったのに」


「へー、最上さん達も来てたんだ」


「うん、もう慣れたのかいっぱい撫でてもらったよね、ナイ」

「おとなしく抱っこもされてた」


「俺も抱っこしたいぞ~ナイ」


 鉄也くんがナイに呼びかけて手を広げる。


 でもナイは、何故かあまり鉄也くんには近づきたがらない。笑える。


「宿題は終わったか? ズル兄」

「ああ、春斗のおかげでバッチリよ!」

「じゃあ用は済んだろ、もう帰れ」

「えええ~!? って言ってももうこんな時間か、んじゃあ帰るかな」

「お疲れ~」

「って、お前も一緒に帰るんだよ」

「バカ兄と一緒に帰るなんて、恥ずかし過ぎて死ねる。だから先に帰れ」


 相変わらず仲の良い兄妹だ。


 こんな近藤兄妹のやり取りを妹の澪が羨ましそうに見守っているけど……


 僕は『バカ兄』なんて呼ばれたら泣くからね、絶対泣いちゃうんだからねっ。


 




☆★☆ 仔犬のちから ☆★☆



 夕食を済ませて風呂も上がった僕は今日、あとは寝るだけだ。


 明日の朝も4時半起きで、ナイと散歩をするからには夜更かしなんかは厳禁なわけで。


 楽しくて賑やかだった4連休ももう終わろうとしている。


 GW前半の3連休は、家に迎え入れた仔犬のナイの躾や犬の育て方を調べたり、僕たちに慣れてもらうために必死だったりで、あっという間に過ぎ去った。


 狭間の平日はお留守番問題こそあったものの、僕個人的には、鉄也くんと最上さんと言うクラスメイトと友人と呼べるような間柄になれた。


 そして今回の4連休では、ナイを中心に家族と写真を撮ったり、友人と散歩したりして、毎日が楽しかった。


 妹の友達、鈴ちゃんとも仲良くなれたし、マラソン大会も楽しかったな。


 最上さんの妹さんの緑ちゃんも、ナイと仲良くなってた。


 ずっと引き籠っていた僕が家族と向かい合うようになって、クラスメイトとも会話ができるようになって、一日一日が楽しく思えるようになれた。


 でも。妹との誤解がただ解けただけでは、ここまで仲良く、楽しくはなれなかったと思う。


 全ての原因と言うか要因は、やはりナイの存在だろう。


 妹が連れて来た仔犬。


 ナイこそが、僕を引き上げてくれた。


 生後まだ、たった月齢4ヶ月なのに。


 氷ですらを()かしてしまう程の、温かい癒しを振りまく不思議な存在。


 布団に入ってこんな事を考えていた僕は、


 穏やかな気持ちで、いつのまにか眠りに落ちるのだった。





___ 仔犬のちから ___






☆★☆ 相良ナイ ☆★☆



 忠臣さんの犬舎で産まれたナイは、便宜上『タロのロクロク』と呼ばれていたらしい。


 母犬のタロが生んだ令和6年の仔犬で、兄弟の序列が6番目。


 生まれつき体が小さくて力も弱く、自力では母犬の乳を飲みに行くことが出来ないくらいよわっちかったそうだ。


 人が手を出さなければ生きて行けない。


 兄弟に踏みつけられては死にかける。


 それでもナイは生き延びた。


 人の手で助けられることを当たり前としていたナイは、人間に対して全く敵意を向けない。


 みんなと同じように遊んでも、バテるのが早く、普段は寝ている事が多かったそうだ。


 コーギーを買いたいと言うオーナーさんは、やはりと言うか普通は丈夫な仔犬を選ぶ。そして出来ればとオスの仔犬を望む。


 メスで身体が弱くて、普段寝てばかりいるナイが売れ残るのは、至極当然のことだったと忠臣さんは言う。


 それでもナイには圧倒的な長所があった。


 人に慣れるのが早い。


 人の手を恐れない。


 コーギーにしては攻撃性が圧倒的に低い。


 そして何よりも、独りでいる事に慣れている。


 ナイを直接置いて、独りにすれば大騒ぎをするが、眠りから目覚めた時に独りだった場合は物凄く落ち着いている。


 これは、産まれてから4ヶ月もの間、犬舎で育ったことが大きく影響している。


 目覚めた時に人がいない、等と言うのはナイにとっては当たり前の事だからだ。


 だから、最初のお留守番では大暴れした。まだ慣れていない環境の中で、たった独り置いて行かれた事を嘆き、悲しんだ。


 だが、次の日は違った。


 疲れて眠っているうちに誰もいなくなった所で、目覚めた時に独りと言うのはナイにとっては普通に当たり前の事。


 水とエサが用意されていて、春斗の匂いがするタオルケットと、澪の匂いがするパジャマが置かれているソファー。


 しかも、そのソファーは居間の隅にある。


 隅っこと言うのは、ナイが淋しい時や怖い時に、最も落ち着く場所であった。


 春斗が懸命に調べたネット知識。にわか仕込みでしかも机上の空論。


 それでもそれが、ナイにはありがたかった。


 ナイの部屋と名付けられたその空間は、安全な家の中でも、更に安心で落ち着ける、自分だけの場所になった。


 相良家の家族たちは、それをしっかりと理解してくれたから、誰もナイがそこにいる時には邪魔をしなかった。ストレスを与えなかった。


 あの澪ですら、一緒に寝ると言う我儘を引っ込めて、ナイをそこからは引き離さなかった。



☆★☆ ナイと春斗 ☆★☆



 次々とナイの環境をより良いものにしてくれるのは兄の春斗。


 相良家ではナイの飼い主を澪であるとしているが、ナイとしては、春斗こそが自分のご主人様であると認識している。


 それでも春斗は澪を立てて、褒める事やご褒美(トリーツ)などはあまりせずに、澪に譲っている。


 だからこそなのだ。


 春斗は滅多な事ではナイにご褒美をあげない。


 だからナイは、春斗に褒められることを『特別な事』だと思っている。


 春斗が呼べばすぐに駆け寄るし、


 春斗が喜ぶ事はすぐに覚える。


 ナイは、自分が春斗に幸福をもたらしていると言う事など全く知らない。


 だが、自分を幸せにしてくれているのが春斗であると言う事は理解している。


 春斗が喜んでくれたら嬉しい。


 それはやがて、春斗が大好きな人を大好きになり。


 春斗が大切な人を大切にする。


 だから







 鉄也くんとか言う変な人に触られても、ワタシは大人しく触られてあげているのだ!




 



___ 完 ___

 最後まで読んでいただき、ありがとう御座いましたッ!

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