表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桑の実  作者: やきぶたたまこめし
7/28

薄井の証言


       ✾

 

 大体、半分くらいまで片し終わった。

「アイス買いにいこっかなぁ~!」

 クーラーの効いた涼しい部屋で作業をするのは、そんなに苦ではない。

 でも、やっぱり動いていたら汗を掻くし、熱くもなる。

 私は、片していた物を最後に段ボールに詰め、立ち上がった。

「ガサッ!」

「あっ!」

 踏み出そうとしたところに、丁度アルバムがあって、()ってしまった。

 半開きになったアルバムを拾うため、手を伸ばす。

「あ………」

 最後のページが、開いていた。

 2,3枚が入れてあるそのページ中の一つに、『15歳 (みどり)』と書いてある、何も入ってない所があった。

 その枠には、なんだか抜き取られたような跡が残っている。

 お母さんかお父さんが、葬式の写真にでも使ったのかな…?

 不思議には思ったものの、特に気に留めず、私は家を出た。

 

「ピッ、ピッ、ピッ…!」

「レジ袋は、ご利用になられますか?」

「あ、はい。お願いします。」

 家から徒歩で10分くらいの距離にあるコンビニを、アイスを買って、後にする。

 「もわぁ…」と、生温い夏の空気が、外に出た瞬間、冷えた身体を一気に温めていく。

 すぐ傍には、この町のシンボル?のような古臭いお城が、(そび)え立っている。なんでも、お堀の水が海水を引いているのは、このお城だけらしく、それをこの田舎の連中は自慢(じまん)げに思って、観光名所にしているらしい。

そんな、大人になって何の役にも立たないような、つまらないことを、小学校で散々勉強させられた憶えがある。写生大会では全校生徒でこのお城をスケッチし、見学遠足では毎回お城の中を見学したっけ?

どうせなら、もっとためになりそうなことを、見学させてくれたら良かったのに。なんて文句を今も昔も、変わらず胸に(いだ)いていたのは、私だけなのだろうか?

「あっつ!」

 照りつける日差しが、日焼け止めを塗った、少しベタベタした肌を()がしていく。

 昨日、たまたま付けた昼のニュース特番で、「(つい)に都心で36度越えを観測!」と、放送していたのを思い出す。

 私がまだ幼かった頃は、真夏の温度は「30度」くらいあれば、「猛暑!」なんていわれていたのに、酷くなる一方の地球温暖化のせいで、真夏の温度は上がるばかりだ。

 そんな、世界の問題ごとも知らずに、大きく(そび)え立つ入道雲を、ちょっとだけ睨んでやった。

「はあ…。マジでアツい。」

 私は、さっき買ったアイスを袋から取り出すと、傍にあった椅子に腰掛(こしか)けた。

 買ったばかりなのに、もうとろけてしまいそうなソーダ味のアイスの袋の端を切って、薄茶色の平べったい棒を取り出す。

 そして、冷たい氷の塊を口の中に放り込む。

 ひんやりと甘酸っぱい感覚が広がったと、同時に―…

「千春…ちゃん…!」

 と、誰かが呼ぶ声がした。

 慌てて振り向く。

「千春ちゃん!だよねっ?」

 そこには、見慣れた顔があった。

「はい…。薄井先生こそ、どうしたんですか?」

 姉の担当医を務めてくれていた、医師の「薄井(うすい)」。

 30代後半くらいの、身長が低く、小太りの男の人。外見は、ただの「おっさん」って感じだけど、少しのんびりとした性格が、顔にも出ている。丸みを帯びたフェイスラインに、垂れていて真ん丸な目なんて、性格の通り、って感じだ。白いシャツに黒の長ズボンを()き、暑そうに顔を歪めている。

「千春ちゃん。よかったよ…、会えて。」

 「ハアハア」と荒い息を吐きながら、薄井は安心したように言った。

「はあ…。私に何か、用ですか…?」

「うん。千春ちゃんに、お姉さんのことで話しておきたいことがあってね。」

 薄井ののんびりした口調で、深刻な感じが全くしないけど、『お姉ちゃんのこと』って、何だろ?

 入院してた部屋に、忘れ物があったとか…?

 それとも、お姉ちゃんが、最後に、言い残したこととか…?

 なんとなくしか見当がつかなくて、少し気になってしまう。

「どこかで、少し話さないかい?」

 『姉のこと』と言われたら、断れない。

「は、はい…。」

 私は、少し警戒しながら返事をした。

 いくら姉の主治医(しゅじい)とはいえ、相手は大人の男の人だ。

 警戒しないわけがない。

 薄井の提案で、コンビニの近くにあった、ファミレスで話すことにした。

 

 日曜の午後の時間帯ということもあって、ファミレスは大勢の人で混みあっていた。3世代の集まった家族連れや、パンケーキやシェイクを片手に騒ぐ、高校生集団。他にもカップルや、サラリーマンなど、色んな層の人たちが大勢入り浸っていた。

 私は、ドリンクバーでアイスティーを入れると、先に席をとっていた薄井のもとへ戻った。

「あの…。それで、話っていうのは…、何ですか……?」

 喉が渇いていたこともあって、「ゴクゴク」とアイスティーを喉の奥へ流し込んだ。

 ふんわり。紅茶のオシャレな香りが鼻を抜けるけど、それよりも体が水分を(ほっ)していたから、ちゃんと、味わっては飲まなかった。

「ああ、うん。」

 薄井は、紺色の(しま)模様(もよう)のハンカチで汗を(ぬぐ)うと、ドリンクバーで取ったアイスコーヒーに、シロップとミルクを何個も入れながら、言った。

「この話は、君の両親にも話してくれると、助かる。でも、もし話したくなければ、話さなくてもいい。」

「はあ…。」

 『話してくれると助かるけど、話さなくてもいい』って、一体どんな話なのかな…?

 そんなに重要なことなの…?

 薄井の、穏やかな口調のせいで、相変わらず深刻さが伝わってこなくて、疑ってしまう。

「僕はね。ずっと、お姉さん―(みどり)さんの死、について、疑問があってね…。」

 薄井の声が、さっきよりも低く聞こえる。

「疑問、ですか?」

「うん。翠さんの死には、(いく)つか不可解な、引っ掛かる点があるんだよ。」

「病死じゃない、ってことですか—?」

「……うん。」

 何故、そう言い切れるの—?

 私は、実際にお姉ちゃんの死にざまを見たわけじゃないけど、お姉ちゃんは重い病気だったし、いつ死んでもおかしくない状況だった、と聞いていた。

 もし病死じゃないというなら、「他殺」―誰かに、殺されたとでもいうのだろうか―?

「なんで……?なんで、そんな風に、言い切れるんですか?」

 少し前のめりになって聞くと、薄井は渋い顔をした。

「なんで……」

 薄井の声が、私の声を遮る。

「死ぬ前の、2週間ぐらい…。」

 薄井は、ストローでキャラメル色のコーヒーを飲むと、淡々と話し出した。

「お姉さんは、すごく病状が良くなってきていたんだ。こちらも、退院を考えるくらい、良くなってきていて、ご自身も、すごくモチベーションが上がってきていたと思う。…まあ、病状がその日にいきなり悪化した、ってこともあるし、僕も、それだけで疑問を持ったわけじゃない。でも―…。お姉さんが死んだ後の病室に、何か紙の切れ端のようなものが落ちていたんだ。普段、お姉さんは使うものはすごく丁寧に扱っていたし、死ぬ前の日の昼に僕が病室に行ったときは、そんなもの落ちていなかった。だから、こんなものが落ちてあるなんて、妙だな、と思った。……それに。お姉さんが死ぬ前の日の夜。その日夜勤だった看護師が、見回り時に聞いたらしいんだ。お姉さんと、誰かが話す声を―」

「え………―でも、私。やっぱりそれだけじゃ…。他殺、だなんて、決めつけられないです。」

 確かに、おかしい、とは思う。辻褄(つじつま)が合わないところだって、ある。

 でも、偶然だった、っていう可能性だって、ないわけじゃない。

 それに―…、姉が誰かに殺された、なんて。信じたくない。

 信じてしまえば、その人のことを恨んで、恨んで、恨んで―

 本当にいつか、『死』を、願ってしまいそうになる気がするから………

「それに……。お姉さんの死にかた、なんだが―…。眠るように、死んでいたんだよ。病死なら、すぐに僕たちが()け付けられたはずなのに。ナースコールだって、鳴った形跡(けいせき)がなかったし、とても、病死だとは―思えない状態だったんだ。」

「そんな―…。」

 本当に、お姉ちゃんは、病死じゃないのかな―?

 そんなの…。簡単に信じられるはずがない。

「信じられないかもしれないが…僕は、疑っている。—君のお姉さんの死を…。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ