涙
✾
鉄のような血の匂いが、鼻をツンと刺すように触れる。
なんだか、お姉ちゃんの匂いもするような気がするのは、なぜだろうか?
「ぺちゃ…」
どろっとした血の上を、裸足で数歩歩くと、母の遺体の前に立った。
「パシャ…」
鉄が床に擦れるような音がした後、私はその場に座り込んだ。
姉の写真が、勉強机の横に落ちてあった。
すっかり赤黒く染まった写真を手に取り、撫でるように触れた。
「ぽつん…」
静寂の流れる部屋の中に、その音だけが鳴り響いた。
透明なその何かは、血の海に小さく零れ落ち、波紋のように海を揺らした。
「ごめん…なさい……」
そう小さく呟くと、ギラギラ光る物体の、木の取っ手を握った。
「ぐちゃっ」
よく、ホラーゲームで聞くような、何かを握りつぶしたみたいな生々しい音が、耳に少しだけ届いた。
それと同時に、赤黒くどろっとした血が、首筋から噴き出た。
「パシャンッ…!」
ナイフが手から離れると、私の身体は、血の海に沈むように倒れていった。
即死――だと、思っていた。
でも、ほんの少しだけ。
僅かに、意識が残っていた。
「千春が、私の分まで幸せになってよ」
そんな声が、走馬灯のようにどこからともなく聞こえた、気がした。
「忘れないよ。千春や家族との大切な思い出。忘れられるわけないじゃん」
「ありがとね、千春。」
「それでも、私は、私でよかった、って思ってるよ。もしこの病気に私がなったおかげで、千春が病気にならずに済んだなら、自分が病気なことが、少し誇らしく思えるくらい」
「私ね。千春が生きる意味なの。千春やみんなが居てくれるから、生きよう、って思える。どんなに苦しくても、病気と闘おう、って思える。……だからさ、千春。『私だったら』なんて悲しいこと、言わないでよ…。……私は、千春がいるから生きてられるんだから。」
最後に、お姉ちゃんの笑顔の写真が、瞳の奥に映った。
目の端から、冷たくなった頬に小さく雫が伝った感覚が、残った――気がした。




