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桑の実  作者: やきぶたたまこめし
27/28

「幸せ」



 その次の日。

 放課後、いつものようにお姉ちゃんに会いに行った。

 いつもは軽いはずの足取りが、(ひど)く重かったのを(おぼ)えている。

「ガラガラガラ…」

 俯きがちに病室の中に入ると、お姉ちゃんがいつもと変わらない声で、「千春!」と言った。

「また来たんだぁ~!」

 楽しそうに笑うお姉ちゃんの顔を、真っすぐに見つめることが出来なかった。

「どしたの?千春。なんか元気ないじゃん。」

 お姉ちゃんは、知ってるのかな?

 最近は、患者(かんじゃ)や家族にも病状を説明しなきゃならない、ってどこかで聞いたことがあるから―やっぱり知ってるのかな?

 でも知ってるなら、なんでそんなに楽しそうに笑えるんだろ…。

 もっと、悲しんだらいいのに。

 苦しそうにすればいいのに。

 なんで、私には、弱みを見せようとしてくれないんだろ―

「………昨日…。お母さんとお父さんから、お姉ちゃんの病気のこと、聞いた。」

「え――」

 お姉ちゃんの顔が強張(こわば)る。

「なんで…?ゴホンッゴホンッ……千春には、話さないでって言ったのに…!ゼーゼー…ゴホンッゴホンッゴホンッ…!」

 お姉ちゃんが苦しそうに()()み始めて、(あわ)てて背中をさする。

「大丈夫…?」

「う、うん…ゴホンッ…ゴホンッ!」

 改めて姉の弱った姿を見ると、やっぱり昨日のことは嘘じゃなかったんだ、と思い、胸の奥が、小さな針に刺されたみたいにツンと痛んだ。

「…酸素マスク、する?」

「…ううん。大分落ち着いてきたから、大丈夫…。」

 姉が胸を抑えて、「ふぅー…」と息を吐いた。

「もう、大丈夫…?」

「うん。ちょっと()き込んだだけだから。」

 このごろの姉は、病状がすごく悪化していて、発作が頻繁(ひんぱん)に起こっていたみたい。

「ごめんね、話の途中だったのに…。」

 姉が申し訳なさそうに言った。

「ううん。そんなの、どうでもいいよ。」

「……どうでも、良くないでしょ?」

「え―?」

「…ごめんね。…千春にまで心配や迷惑かけて。本当は、お母さんとお父さんに、千春には言わないで。って言ってたんだけど……」

「なんで?」

 姉の声を、(さえぎ)って言った。

「なんで、お姉ちゃんは私に、いつも大事な事言ってくれないの?…まだ小さいから?まだ心が成長してないから、受け入れられないと思うから?」

「ちがっ!」

「そんなに、私って、頼りない?そんなに…!」

「違うから。千春を信用してないわけじゃない。ただ……―」

「ただ…?」

「……千春に、『なんで私が病気じゃなかったんだろ?』とか、思ってほしくなかったの…。」

 姉が、そう言って小さく(うつむ)いた。

「思うよ。」

「え……?」

「そりゃ思うよ。だって…っ!お姉ちゃんは、一番生きてていい人なのに。一番幸せになっていい人なのに…!なんでお姉ちゃんなの?って、なるよ。なんで私じゃないの?って思うよ。」

 自己(じこ)犠牲(ぎせい)とか、そういうんじゃない。

 私だって、出来るなら生きてたいし、長生きしたいとも思ってる。

 ただ―私より先に、お姉ちゃんに死んで欲しくない、って思うの。

 私が死んで、お姉ちゃんが生きてるなら、そっちの方がいい。

 そのせいで、お姉ちゃんが苦しむかもしれない―って、分かってるけど。

 どうしても。

 自分ならよかったのに、って思ってしまう。


「それでも…」

 姉が、はっきり私の目を見ながら言った。

「それでも、私は、私でよかった、って思ってるよ。もしこの病気に私がなったおかげで、千春が病気にならずに()んだのなら、自分が病気になったことが、少し(ほこ)らしく思えるくらい。」

 姉の笑顔が、胸の奥に刺さった針を、また少し、深くする。

「なんでよ…?嫌だよ…。なんで、お姉ちゃんなの?なんでこの世界にたくさん人がいる中の、お姉ちゃんなの?…ほかの人だったら、よかったのに。私ならよかったのに。なんでそんなに重たい荷物を、お姉ちゃんに背負わせるの―?」


 本当に、理不尽だ。

 いま世界では、火星に行くだのなんだの(さわ)いでいるのに、こんなに近くにいるお姉ちゃんでさえ、誰も助けられない。

 こんなに、近くにいるのに。

 手を少し伸ばせば、すぐに届くはずなのに。

 この手を、誰も救い上げられない。

 火星に行く前に。芸能人がスクープを起こしたとか、選挙だとか、(さわ)ぎ立てる前に。

 誰か―お姉ちゃんを助けてよ。

 誰か、お姉ちゃんの背負ってる荷物を、代わりに持ってあげてよ。

 そのために私は、なんでもするから。

 

「ごめんね、千春。でも、私。本当に今のままでも、十分幸せだから。千春がいて、お母さんやお父さんがいて、遥や宮本さんがいて、私を支えてくれる人たちが、たくさんいる。それだけでもう、人生やりきったな~って感じ…っ!」

 嘘だ。

 そんなの、嘘だ。

 本当はもっと、たくさんしたいことあったでしょ?

 こんな狭い箱の中じゃなく、もっと、広くて綺麗な世界を、見てみたかったんでしょ?

 窓からの景色じゃなく、季節や風景を、肌で感じて見たかったんでしょ?

 学校に行ったり、友達と遊んだり、ショッピングモールに行ったり、大好きなアニメのコスプレをしてみたり、お祭りに行ったり、病室からじゃなく、肉眼(にくがん)で一番近くで花火を見たり。

 普通に手に入れられるものを、普通に手に入れて見たかったんでしょ?

 なんで、全部。(あきら)めちゃうの?

 なんで、お姉ちゃんだけ。諦めなくちゃならないの?

 一番。幸せになっていい人なのに。

 一番―幸せになって欲しい人なのに。

 ほんの少しでいい。

 世界中で、普通の日常を退屈(たいくつ)に過ごしてる人の時間を、お姉ちゃんに頂戴(ちょうだい)

 普通に手に入れられる「幸せ」を、お姉ちゃんに、少しだけ分けてあげてよ。

 米粒くらい、小さく、ほんの(わず)かでいいから。

 ほんの、少しずつでいいから―


「なんで……なの……?なんで…私じゃないの―?なんで………」

 声が、震えた。

 目を開けてられなくなって、息も、鼓動(こどう)も、早くなる。

 頬に、生温く冷たい何かが流れて、真っ白な床の上に、「ポツン」と落ちる。

「誰か……助けてよ。……お姉ちゃんを…助けてよ…―」

 背中に、酷く冷たいお姉ちゃんの手が触れて、顔を上げる。

「ありがとう…。千春。」

 姉が、悲しそうに微笑む。涙がまた一粒、氷のように冷たい床の上に落ちる。

「私ね。千春が生きる意味なの。千春やみんなが居てくれるから、生きよう、って思える。どんなに苦しくても、病気と(たたか)おう、って思える。……だからさ、千春。『自分だったら』なんて悲しいこと、言わないでよ…。……私は、千春がいるから生きてられるんだから。」

 姉の笑顔が、涙に()もれて、消えて行く。

 

 「千春が、私の分まで幸せになってよ。」

 


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