胸が、痛い。
「千春。翠。ごめんな…………」
「ぐさ」かな?「ざく」かな?
まあ、とにかく。そんな感じの気持ちの悪い音がした。
「う…ぅ……˝あああああああああああああ」
母が、言いかけた言葉の後に、酷い叫び声を挙げた。
耳が破裂そうな程大きな声に、私は母を色のない目で見つめた。
「がああああああああ…うぅ…うぅ…˝ああ…」
藻搔きながら血の噴き出る腹を抑える母の身体を、乱暴に押し倒した。
「ぐちゃっ…!ざくっ…!」
「˝う˝わ˝ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
赤に黒を混ぜたような色の血が、母の腹部から噴水のように噴き出る。
私は、ナイフを振りかざすと、母の腹を何度も何度も繰り返し刺した。
「ぐさっぐさっ!ざくっ……………」
最初のうちはうるさい叫び声が聞こえていたけど、やがてその声もしなくなって、母は一つも動かなくなった。
何も――感じなかった。
母の涙も、叫び声も、藻掻き苦しむ声も。何もかもどうでもよくて、ただ私はナイフを振りかざして、母を刺し殺してるだけ、っていう事実があるだけ。
心が壊れたみたいに。
身体がなくなったみたいに。
何も、感じなかった。
苦しい、とか。悲しい、とか。許せない、とか。惨い、とか。
本当に、何も湧いてこなくて。
心に、一つ。大きな穴が空いたみたいだった。
海のように血まみれになった部屋の中に、母の死体が転がっていた。
青白くなった母を、なんとなく見つめた時――
「千春……。あり、がと………ご、めんね」
母の口元が、小さく動いた。
そして、深い紅色の血の海に、透明な雫が零れ落ちる。
濃い赤色が、少しだけ、ほんの少しだけ、薄い色に変わる。
「え…………」
息を吹き返したみたいに、心が小さく、本当に小さく、動いた。
動き出した心臓の音が、「ドクンドクン」とうるさいくらい大きく聞こえる。
ふと顔を上げると、母の死体が、シャッターを押したみたいに目に映って、脳裏に焼き付く。
「私……………今…何を――?」
「ぺちゃ」と音を立てて、母の死体に近づいた。
「お、母さん——?」
冬の窓ガラスみたいに冷たくなった母の頬を、撫でるように触った。
「お母さん?……」
心が、震えていた。
手も、震えていた。
自分のやったことへの恐ろしさで、クシャクシャになった紙みたいに心がおかしくなる。
「˝う˝あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
血まみれになった手で、頭を抱えて、頬を抑えた。
顔面に、なぞったような血の跡が出来る。
「˝ああ…˝ああ…˝うぅ……っ」
心臓を踏みつぶされたみたいに、心が痛くなって。
肺を握りつぶされたみたいに、息が出来なくなる。
今この瞬間。何が起こっていたのか、分からなくて。
整理が追い付かなくて、訳が分からない。
赤黒い液体で視界の覆われた瞳の中に、血にまみれたナイフが入った。
「˝あ˝あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
その瞬間。
すべてを思い出したように、すべてを理解した。
私が――母を殺した、という事実を―




