ごめんなさい。
✾
「ごめんなさい…。」
母は、使える言葉の限られたロボットみたいに、同じ言葉しか喋らなくなった。
「ごめんなさい…。」
「早く殺してください」みたいな顔をして、ぐったりと項垂れたみっともない母の姿が、目に焼き付くように映った。
「…ねえ?なに『早く殺してください』みたいな顔して黙ってんの!?」
「ごめんなさい…。」
私は母の胸ぐらを勢いよく掴むと、苛立ちの止まらない意志の通り、言い放った。
「立ってよ!ちゃんと立って、お姉ちゃんに謝ってよ!」
「ごめんなさい…。」
「土下座でもしてよ!それくらいじゃ足りないようなことを、お母さんはしたんだからっ!ねえ、お母さん!」
「………」
黙りこくった母の身体を、突き飛ばすように離した。
「自分が、何をしたか、本当に分かってんの?お姉ちゃんの命を、心を、身体を、全てを奪って、投げ捨てたんだよ?ほんとに、なんでそんなことが出来たの?『威かすだけのつもりだった』じゃない。動機やいきさつなんて、本当に関係ない。…大事なのは、一度でも人を、お姉ちゃんを、傷つけようとしたことでしょ??鋭いナイフで心を突き刺して、あんたは物理的にも壊して、お姉ちゃんの全てを踏みにじって否定した。一度でも、お姉ちゃんの辛さを、苦しさを、想像したことはあった?あんたのしたことで、お姉ちゃんがどれだけ苦しんだか、悲しんだか、辛かったか。それでもお姉ちゃんは、私たちに平気な顔をして、悲しい顔一つしなかった…!」
せめて。
相談してくれればよかったのに―
私ばかり愚痴を漏らして、お姉ちゃんの辛いことは話してくれなかったじゃない。
あの時も、あの時も、お姉ちゃんのことなら、聞いたのに。お姉ちゃんが今も生きていてくれるなら、なんでもしたのに。
でもお姉ちゃんなら、きっと「千春に、心配かけたくなかったの」っていうに決まってる。
そんなに頼りなかったかな?
そんなに私は、日々の相談事も話せないくらい、頼りない妹だったかな?
話してほしかった。なんでもいい。昨日見た夢のこと。少しつらかったこと。今日したこと。面白かったアニメのこと。観たかった映画のこと。病院で食べて美味しかったご飯のこと。
お母さんとのこと―
本当に何一つ、話してくれなかったじゃない。
つらいなら、悲しいなら、苦しいなら、怖いなら、話してよ…?
お姉ちゃんが笑っていられるなら、私はどうなったってよかった。
お姉ちゃんが今も生きていてくれるなら、心臓だって、身体の臓器だって、命だって、くれてやった。寿命だって、肺だって、目玉をくり抜けと言われたらやったし、腕を切り落とせと言われれば、のこぎりで自分の手を切り落とした。
本当に、なんだってした。
お姉ちゃんがいてくれるなら。お姉ちゃんが笑ってくれるなら。
それでお姉ちゃんが、生きているなら―
他には何も、要らないからさ。
「あんたのせいでっ…!あんたのせいでお姉ちゃんは苦しんだ!あんたがお姉ちゃんの命を心を、奪った!あんたがいたから!あんたが生きてるから!」
声が、涙が出た時みたいに、鼻水交じりになった。
「ごめん、なさい…。」
私の勢いに圧倒されて座り込んでいる、母の姿を、頭上から嘗めるように見ると―
本棚の横に落ちてある、ギラギラ光る銀色のナイフを、掴んだ。
「お姉ちゃんを、返してよ…。お姉ちゃんを、奪わないでよ。生きててほしかったのに。笑っててほしかったのに。私に言えばよかったじゃない。「千春はこれで幸せか」って、聞けばよかったじゃない。私とお母さんの問題なのに。なんでそれで、お姉ちゃんを憎むの?私を憎めばよかったじゃない。私を殺せばよかったじゃない。なんでお姉ちゃんなの?なんで、他の誰でもない、お姉ちゃんを殺したの?…この世で一番、大切な人だったのに。私の、大切な大切なお姉ちゃんなのに…。」
会いたいよ…。
お姉ちゃんに、会いたい。
お姉ちゃんの笑顔が見たい。
声を、匂いを、姿を、見せてよ。
ほんの少しでいい。
一秒でも、2秒でも。ほんの数秒でいい。
お姉ちゃんの手を握りたい。
抱きしめて欲しい。
「千春!」って、優しい声で名前を呼んで欲しい。
いつもみたいに、「また来たのぉ~!」って言って、憎まれ口を叩きながら、いろんな話がしたい。
一緒に、最近の流行りのアニメや映画を見たりして、次の話が楽しみで仕方ないワクワク感を分け合いたい。
花火を見たり、流しそうめんをしたり、おしゃれなカフェに行ったり、美味しいものをたくさん食べて、お腹がいっぱいで食べられなくなったら、お姉ちゃんに代わりに食べて欲しい。
お姉ちゃんがいなきゃ、映画もアニメも、ただの映像になる。
食べ物だって、味がしなくなる。
隣にお姉ちゃんがいてくれなきゃ、私は、心の底から笑えなくなる。
ねえお姉ちゃん。
私まだ、何も伝えられてないの。
この気持ち全部、言葉に出来てない。
まだまだ、伝えてないことがたくさんあるの。
だからさ、戻ってきてよ。
私が朝起きたら、隣の部屋で寝ててよ。それで、「千春おはよー!」って笑ってよ。そしたら私、不器用な朝ごはん作ってあげるから。朝ごはんを食べたら、一緒に買い物に行って、ゲームセンターでゲームをして、映画館で映画を見て、おしゃれなカフェでパフェを半分個するの。帰りたくない、って言う私に、「また来ようね」って言ってよ。
夏には花火を見ようよ。打ち上げ花火を見た後に、線香花火をしようよ。二人で浴衣を着て、人がうじゃうじゃいるお祭り会場で、はぐれないように手を繋いでよ。絶対に、離さないように。どれだけ人混みで見えなくなっても、絶対に絶対に、離さないように―
時々、薄井と宮本さんにも会いに行かなきゃね。そうだ!4人で話をしようよ。きっと楽しいから。薄井と話したファミレスで、大人二人にパンケーキを奢ってもらうの。
その帰りには、遥姉ちゃんの家にも寄ろうよ。あの豪華で綺麗な家に入って、遥ちゃんのお母さんに飲んだことない紅茶やお菓子を出してもらうの。ちょっとおこがましいかな?でもいいよね。遥姉ちゃんとは友達だもん。部屋にも入れてもらおう。きっと女の子らしくて可愛らしいお部屋だよ。そこで、遥姉ちゃんに、いろんなことを教えてもらおう。
一生かけて、二人でいろんなことをしようよ。時々喧嘩しても、ちゃんと仲直りできるように、私が先に「ごめんなさい」って言うから。
だからお姉ちゃん。早く戻ってきてよ。
お姉ちゃんがいなくていい理由が、一つも思いつかないよ。
お姉ちゃんにいて欲しい理由しか、思いつかないからさ。
お姉ちゃんがいない世界で、私はどうやって生きればいいの?
早く、戻ってきてよ。
早く、早く、早く――




