怒り
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「パシャンッ!」
母の手から、ナイフが落ちた。
その音が部屋中に響き渡り、私の耳まで突き刺さるように届く。
母が、ナイフを落としたと同時に、力が抜けたように俯き、言った。
「私が…………翠を殺した――」
死んだ魚のような目で、淡々と語りだした。
母が私にしていたことをお姉ちゃんに否定され、頭に血が上ってしまった、と。
威かすだけのつもりが、過って殺してしまった、と。
まるで、今まで暴れていた魚が、急に息が出来なくなって静かになったみたいに、母は虚ろな目をしていた。
「ごめんなさい………本当に、取り返しのつかないことをしてしまった……」
私は、母の生温い涙を見て、同情でも誘っているのか?と、苛立ちが抑えられなかった。
「……はあ?」
私の苛立ちのこもった声を聞いた母が、涙で濡らした目でゆっくりと私のほうを振り向く。
「はあ?なに?取り返しのつかないこと、って!なに一丁前に涙なんて流しちゃってんの!?同情でも誘ってんの?あんたが!あんたなんかが!涙を流していいと思ってるの?お姉ちゃんは、きっと苦しくて仕方なかった、でもそれでも、平気な顔して、笑ってた。お姉ちゃんが流せなかった涙を、あんたが流していいと思ってるの!?」
驚いたように目を見開かせる母を、私は力一杯睨み見た。
頬が、夏の路上みたいに熱くなって、頭に一気に血が上る。
「…あんたがっ!あんたなんかが!!生きてたから!この世にいるから!…あんたがいなきゃっ!お姉ちゃんは……死ななかった…っ!」
どうしようもないほどの怒りと憎しみに、何もかも壊してやりたい、という衝動にかられた。
「………ごめんなさい…」
「あんたが死ねば良かったのに…。あんたがお姉ちゃんの代わりに死ねば良かったのに。なんであんたが生きて、お姉ちゃんは死ななきゃならないの!?まだ…、生きられたかもしれないのにっ!なんでお姉ちゃんの命を無理やり奪い取るの?なんで私からお姉ちゃんを奪うの?ねえ、お母さん!…なんで、お姉ちゃんの命を奪ったの!?」




