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桑の実  作者: やきぶたたまこめし
2/28

「お姉ちゃん」



「カチャ…」

「失礼しまーす。」

 扉を開けた瞬間、ふわっと懐かしい匂いが漂ってきた。

 お姉ちゃんの、匂いだ。

 少し病院の薬の匂いの混じった、優しい香り。姉に近づくと、いつも匂ってきた匂いだ。この香り、匂うと少し落ち着くんだよね。

 久しぶりの姉の部屋は、昔と何一つ変わっていなかった。

 入院生活が多かったせいか、使われた形跡のないベットや勉強机。埃が溜まった本棚と、クローゼット。

 何もかもが姉のもので。

 捨てなきゃいけないのに、なんだか捨てる気になれない。

「千春。お願いねー…」

 母に、姉の遺品整理をしてくれないか、と頼まれた。

 母は姉が死んで、少し元気がなくなってしまったように思える。そんな母に遺品整理をさせるのは、少し心配だから、私が代わりに引き受けたのだ。

 「ガサガサ」と引き出しやクローゼットの中を確認していると、朱色のアルバムのようなものが出てきた。

「あれ…?お姉ちゃん、こんなもの持ってたんだぁ。」

 なんとなくパラパラめくっていくと、姉の幼い頃からの写真や家族で撮ったもの、私と姉の二人で映っている写真などが、たくさん残っていた。

「あ…、この写真。」


 家族全員で一度だけ、旅行に行ったことがあった。

 姉は昔から病気がちだったから、家族で旅行に行く、なんて、したことがなかった。

 でも、どうしても行きたい!って幼い私が言いだしたら、なんとか姉の外出許可が出た。

 結局、日帰りの近場で、看護師さんも付いての旅行だったけど、今でも忘れられないくらい楽しかったのを憶えている。

 その旅行で撮った写真が、一ページ分くらいを占めていた。

 大切にしてくれてたんだな…。

 そう思いながら、アルバムの写真を見ていた時—―

「カチャ…」

 と音を立てて、誰かが入ってきた。

 父は仕事に出かけているから、母かな?

 やっぱり心配になって、私を手伝いに来たのだろうか。

「お母さん。別に私一人でできるから、手伝わなくても……」

 そう言いながら後ろを振り向くと—―

「え—―」

 茶色ッ毛の多い髪を後ろに垂れ流して、入院服を着た—―姉が立っていた。

「お、姉ちゃん…?」

 何もかもが姉そっくりなその人は、部屋に入って私を見つめたまま、微動だにしない。

「お姉ちゃん…なの…?―うそ……。」

 姉が、ここにいるはずがない。

 だってもう、死んだのに。

 もう、お葬式もして、埋葬もして、お墓もつくった。

 今更、姉が戻って来るなんて…ありえない。

「うそ、でしょ…?」

 私は、姉が死んだショックで、幻覚でも見ているのだろうか―?

「ギシ…ギシ…ギシ…」

 姉の姿をしたその人が、私のほうへと、一歩ずつ足を向け近づいてくる。

「お姉ちゃん?お姉ちゃん、なの…?」

 でも—―

 その人の目は—―真っ白だった。

 白目、というのだろうか―?

 目を一時的に白くさせているんじゃなくて、黒い瞳が、もともとないような、そんな目。

 所々が純血して赤くなっていて、目の周りも真っ赤な血のようなもので覆われている。

「お姉ちゃん…?」

 どこか—―おかしい、気がする。

「ギシ…ギシ…」

 その人は私の目の前まで来ると、すごい勢いで私の両肩を掴んだ。

 

―ねえ、千春ちゃん…。なんで…、私を置いてったの?

 

 声が―姉じゃなかった。

 姉の、聞いていると安心するような、優しい声じゃなくて、もっと高くて、不気味な声。

 まるで変声期を通しているみたいで、そもそも、声なのだろうか―?「キー」と泣き叫んでいるような、耳の痛くなる音。

 聞いただけで、鳥肌が全身に回っていく。

「え……」

 その人は、瞳のない目でちぎれそうなほど大きく見開き、上目遣いに私を覗き込んだ。


―ずっと一緒にいる、って言ってくれたのに…。なんで、私だけ置いてったの?ねえ、ねえ、ねえ、なんで…約束…守ってくれないの?

 

 肩を掴む手が、より一層強くなった。

 

―ねえ!?私だけ置いてくなんて…、許さないから…。


 姉の顔が、「にや」と、歪んだ。

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