犯人
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「千春ちゃん。どうしたんだろうねぇ、あんなに急いで…」
薄井がそう言うと、宮本は少し口角を上げ、言った。
「そうですねぇ~!本当に。あんなにいきなり出て行ったりして、思い出したことでもあったんですかね?」
薄井と宮本は、千春の居なくなった面会室で、コップを洗っていた。
夕方近くなってきた病院内は、外来の患者で少し混雑していた。
4時近くになると、仕事や学校終わりの人が大勢診察に来ていて、昼頃よりも込み合うことが多かった。
「さあ。何も言わずに行っちゃったし……。何か思い出したなら、言ってくれればよかったのにねぇ…」
この部屋は、元は診察室として使われていたため、3畳くらいの広さがあった。そのせいか、小さな会議や話し合いの場として使われることもあり、所有権は院長にあるものの、病院側の関係者なら、誰でも使うことが出来た。
また、この部屋は、水道が繋がっていて、冷蔵庫も設置してあった。小さいサイズではあるものの、水道と電気が繋がっているというのは大きく、この部屋は医者や看護師の休憩所として使われていた。
「あの…、それより薄井先生。もう一度、防犯カメラの映像見返してみません?」
宮本は洗い終わったコップを手に取り、キッチンペーパーで水滴を拭き取りながら言った。
「え、ああ。外来までまだ少し時間もあるし、いいけど……どうして?」
薄井は灰色の机を台布巾で拭き終え、宮本のほうを振り向いた。
「ああ、あの……。私、まだあの映像、しっかり見れてなくて…。もう一度ちゃんと、見ておきたいな~、って思って。…見る人が多い方が、見落としも少ないかもしれないし、薄井先生も一緒にどうですか?」
「うん、もちろん!いいよっ」
薄井はそう言って、顔の前で親指を立て、「グッジョブ」ポーズをして見せた。
「アハハ!薄井先生、まるで子供みたいですねっ」
「え!?そうかな~?なんかよく言われるんだよね。僕も一応、成人した大人なんだけどねぇ…」
宮本はコップを引き出しにしまうと、パソコンを開き、操作した。
「…薄井先生。見れるようにしたんで、こっちに来てください。」
薄井が布巾を置いてこちらに向かってくると、宮本はキーボードのエンターキーを押した。
暗闇の続く周囲に、蛍光緑のランプが照らす廊下が映る。
先ほどと同じように廊下の先から人影が歩いてきて、「夏乃 翠」と札の垂れた病室の前で立ち止まる。
「カチッ…」
そこで宮本は、映像を止めた。
「…どうかした?」
薄井が不思議そうに尋ねると、宮本が画面を指さして言った。
「その…。ここ…。犯人の胸元に、何か光るものが見えませんか?」
宮本が指さしたところを、画面に近寄り、マジマジと見つめる薄井。
「ほら…!ここです!ブローチみたいなものが、付いてませんか?」
「……あっ!ホントだ!なんか光ってる!」
薄井が画面から離れると、宮本は犯人の胸元の映像を拡大した。
「……花…ですかね?スミレ?紫色のビーズが付いてる。」
「よく見えるねぇ~!僕は目が悪いから、分からないや。」
気の抜けたような声色の薄井に、宮本は少しイラっとする。
こんなに大事なことなのに。なんで、こんなに呑気でいられるの?―と…。
「………あの…。私の見間違いかもしれないですし、こんなブローチなんて、誰でも持ってる―、とは思うんですが……。こんな感じのスミレの花のブローチ…。――翠ちゃんのお母さんが、持ってませんでした―?」




