表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桑の実  作者: やきぶたたまこめし
15/28

傷み


       ✾

 

 「じゃあね、千春ちゃん!また遊ぼうねっ!」

 家路(いえじ)につくという遥ちゃんを見送るため、玄関に出た。

「はい。本当に今日は、ありがとうございました。」

「ううん!こちらこそ、千春ちゃんと久しぶりに会えて、すっごく楽しかった!ありがとうっ!…またねぇー!ばいばぁーい!」

 手を振りながら遠くに消えて行く遥ちゃんに、私も手を振り返した。

「さようならぁー!」

 遥ちゃんの姿が見えなくなると、家に帰ってコップを片付け、病院に向かうため荷物をまとめた。

 そして荷物を持って家を出ると、鍵を閉め、自転車の後ろ車輪のスタンドを上げた。

 サドルに腰を乗せる前にふと腕時計を見ると、お昼の3時を過ぎたくらいだった。

 薄井との約束は3時半くらいだったから、着いたらぴったりだろう。


「ミーンミーン……ジリジリジリ…」

 陽の(かたむ)き始めた昼と夕方の狭間(はざま)は、暑さと夜の静けさを混ぜ込んだみたいだった。

 (せみ)の鳴き声と青く()き通った群青の空を見ていると、自然と、夏だな、と思った。じりじりと照り付ける日差しに、「暑い」と感じてはいるのに、なんだか(さび)しさを感じるのは、なぜだろうか?

 生温くはっきりしない夏の風が、肌を()でるように私のすぐ傍を()()けた。

 その風に乗って、自転車の車輪(しゃりん)の回転数を上げる。

 私だけなのかもしれないけど、夏は、何故(どこ)か淋しさを感じる。

 冬や秋よりも、夏に。

 一般的な感覚で言ったらおかしいのかもしれないし、そんな風に感じない人のほうが、きっと多いと思う。でも―

 カラフルでおしゃれな箱の中に、何も入っていないみたいな。表面上には陽気にふるまっていても、心の内にはどこか物淋しさがあるような、そんな、感覚。

 冬や秋の淋しさとは違う、心だけどこかに取り残されてるみたいな、「淋しさ」。

 何故そう感じるのか分からないけど、私は、夏が終わってしまうのも、夏が始まるのも、嫌いだ。


「ウィーン…」

 自動ドアを(くぐ)った瞬間、ひんやりと冷たい空気が入り込んできた。

「こんにちは。」

「あら、千春ちゃん!」

 「ソフィ」似の看護師長さんがナースステーションに立っていた。

「いらっしゃい。今日はどうしたの?」

「あ、はい。薄井先生は、いらっしゃいますか?」

なんだか、ここに来たらいつもこの会話をしてるな、と思っていると、後ろから「千春ちゃん!」と私を呼ぶ声がした。

「あ、薄井先生。今日は早いですね。」

「ああ、うん。それより千春ちゃん。早く行こう。」

「え、あ、はい…。」

 いつもだったら私が「早く行こう」とマイペースな薄井を(うなが)すのに、今日は感じが違う気がする。

 何かあったのだろうか―?

 薄井に付いて部屋に入ると、灰色のパソコンの後ろに座る、宮本さんの姿が目に入った。

「あ、宮本さん。こんにちは。」

「千春ちゃん!よく来たね。こっち来て。見せたいものがあるの…。」

 宮本さんに呼ばれて近くに座り、パソコンの画面を(のぞ)き込んだ。

 そこには、真っ暗な夜の廊下と、お姉ちゃんの病室の前のドアが映っていた。

「カチッ」

 宮本さんがエンターキーを押すと、止まっていた映像が動き始める。

 少し見ていると、誰かが蛍光(けいこう)(みどり)のランプに照らされて歩いてきて、お姉ちゃんの部屋のドアを開け、入って行く。

 シルエットだけのその誰かが入った後、3分くらい経つと、部屋の明かりが唐突(とうとつ)に点いた。すると、また暗闇の先から、懐中(かいちゅう)電灯(でんとう)を持った誰かが近づいてくる。看護師の服を着ているし、宮本さんと似た髪型をしているから、宮本さんだろうか?

 宮本さんらしき人が立ち止まって、少しお姉ちゃんの部屋のほうを見つめると、また画面の外へと消えて行く。

 そして、それから5分くらい経つと誰かが部屋から出て行き、真っ暗な廊下の先へ消えて行った。

 

「これは…、翠ちゃんが死ぬ前の日の夜の映像。懐中(かいちゅう)電灯(でんとう)を持ってるのは、私。」

 宮本さんが、悲しい声色で言った。

「ごめんね。この時私が、翠ちゃんの部屋のドアを開けてたら……。殺したかもしれない人の顔を、見れてたら―…」

 俯く宮本さんのほうを向いて、首を振った。

「いいんです、宮本さんのせいじゃない。」

「映像だけじゃやっぱり、顔までは分からないよね……」

 画面に近づいてみても、拡大してみても、犯人の顔まではよく見えない。服装も、周りの電気が消えていて本当に真っ暗だから、はっきりわからないし…。

 この映像から分かるのは、宮本さんの証言が正しかった、っていうことぐらいだ。

「あっ、でも。もう一個あるの。次は、翠ちゃんが死んだ日の夜の映像。」

 そう言って、宮本さんがパソコンを操作して、もう一つ映像を見せてくれた。

 そこにはさっきと同じ画角の、廊下と部屋の前の扉が映っている。

 そこにまた、昨日と同じシルエットの人物がやってきて、お姉ちゃんの部屋へと近づいていく。その人物が部屋へ入ると、部屋の明かりが点くこともなく、5分くらいして出てきた。そして、さっきと同じ方向へと消えて行く。

「…これって………」

「……そう…。多分、この人が翠ちゃんを殺した。この人が、映像の通りに翠ちゃんの部屋に入って、殺して、この通りに出てきた。」

 伸びすぎた爪が食い込んで、血が出るくらい―両手を握り締めていた。

 怒りと憎しみで、おかしくなりそうだった。

 こいつが、この時に、お姉ちゃんの命を奪い取って、今も平然と息をしている。

 平然と、生きていていい命のはずがないのにっ—―

 こいつが死ねばよかったのに。

 身勝手にお姉ちゃんの命を奪い取って、まだ生きられたはずのお姉ちゃんの心を、精神を、身体を、全てを、踏みにじった。

 あんなに楽しそうに、笑ってたのに。

 きっと、私に見せてなかっただけで、もっともっと苦しい部分だってたくさんあって、「死にたい」って思うくらい辛いことだってあって、それでも必死に闘って、向き合って、生きててくれたのに。

 なんでそれを―簡単に奪い取れるの?

 優しくて、強くて、気が利かなくて、ズボラで、いつも誰かのことを一番に考えてて、自分のことなんて二の次で、正義感が強くて、勉強が嫌いで、笑顔が太陽みたいに眩しくて。

 なんで私から、お姉ちゃんを—―

 

「千春ちゃん。」

 宮本さんの声で、我に返った。

「大丈夫、大丈夫だから。」

 優しい声が耳に届いた後、身体がふんわりと温かさに包まれた。

「許せないよね。悔しくて悔しくて、仕方ないよね。ごめんね、こんなの見せて。」

 鼻の奥が、ツンと痛くなった。

 (まぶた)の裏が熱くて、胸が苦しくて、息がうまく出来ない。

「ごめんね、辛い思いさせて…。」

 訳もなく目から涙が溢れてきて、どうしようもなくお姉ちゃんに会いたくなった。

 宮本さんの温かさが胸に沁みて、ありがたい、って思うのに。

 ここにいるのが、お姉ちゃんなら良かったのに―なんてことを、思ってしまう。

 そんな奇跡(きせき)みたいなこと、起こらないって分かってるのに…。

「千春ちゃん…。ごめんね…。」

 子供みたいだ、って思った。

 お姉ちゃんが生きてた頃は、こんなに「会いたい」なんて思わなくて。ただなんとなくお姉ちゃんに会いに行って、楽しくて、また明日も行こう、って思って…。

 それの繰り返しだった。

 失って初めて気付くなんて、どうして私はこんなにも。幼くて(みにく)いのだろうか?

「千春ちゃん。一度、お茶を飲んで落ち着こう。」

 薄井がそう言って、私と宮本さんの前にお茶を出してくれる。

「は、はい…。」

 コップを手に取って麦茶を飲む。

 外で鳴く(せみ)の声が、うるさいくらい部屋まで鳴り響いてきた。

「すみません。薄井先生。宮本さん。本当に、迷惑をかけてばかりですね…。」

 また、宮本さんや薄井に助けてもらってしまった。

 怒りに感情を任せてはいけない、って分かっているはずなのに。耐えきれないくらい大きな「憎しみ」が()き上がって、沸騰したみたいに頭が回らなくなって。火の止め方が分からなくなる。

「…いいんだよ。」

「そうよ。仕方ないもの…。」

 薄井と宮本さんの優しい表情に、冷水の触れた熱いお湯みたいに、心が少しずつ落ち着いていった。

 胸の奥に、小さく傷みが、残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ