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桑の実  作者: やきぶたたまこめし
13/28

遥ちゃんの証言


       ✾


「ピンポーン…!」

 インターホンの音で、スマホの画面を閉じて机に置くと、急いで玄関まで行く。

「はぁーい!」

 いつもよりも高い声で叫ぶと、玄関のカギを開け、ドアを開いた。

「こんにちは。久しぶりだねぇ、千春ちゃんっ!」

「はいっ!久しぶりですね、遥姉ちゃん!…どうぞ、上がってください!」

 私は「お邪魔(じゃま)しまーす」と言い、中に入って行く遥ちゃんの後を追って、ドアを閉めた。

「どこでも座ってください。全然片付いてないんですけど…!」

「ううん!(うち)の家のほうが汚いよぉー!むしろ、片付いてる!」

 絶対そんなことないでしょ!って心の中で突っ込みながら、久しぶりに会う遥ちゃんの容姿(ようし)をまじまじと見つめた。

 遥ちゃんの姿は、幼い頃と大分変っていた。

 小さい頃も大人っぽくて可愛らしかったけど、大きくなるとあの時よりももっと可愛くなっていて、おしゃれで、社交的で流行に敏感(びんかん)そうな感じがした。

 顔には少しメイクをしていて、髪も(つや)やかでサラサラ。肌も白くて張りがあって、服やアクセサリーにも気を使っていそうだ。まさに、「JK」って感じだなぁ~、と思った。

 私は、そういうことに無関心なところがあるから、遥ちゃんを見ると、女の子らしくて素敵だな、と尊敬を(いだ)いてしまった。

 台所でお茶を()れ、お盆の上に乗せると、遥ちゃんの前に出した。

「どうぞ。」

「ありがと!丁度喉(のど)(かわ)いてたんだっ!」

 そう言って、出されたお茶を一気に飲み干す遥ちゃん。

「アハハ!すごい勢いよく飲みますねぇ!おかわり()ります?」

「うんっ!お願い!」

 私はもう一度台所に行って、自分のお茶と遥ちゃんのお茶を淹れると、机に出して椅子に座った。

 

「…それで、千春ちゃん。聞きたいこと、って…?」

 私が座り終えると、遥ちゃんが口を開いた。

「あ、はい。その……、お姉ちゃんのことを、聞きたくて……」

 少しためらって言い、遥ちゃんの様子を(うかが)った。

「………その…。理由を、聞いてもいい、かな?」

 嘘を、つく―?

 でも……—―

「責めたいわけじゃないの…。ただ…、言ってくれたら、いいな、って。話を聞かれる身として、ちゃんと知って、話したいなぁ…。」

 話したい、と思った。

 遥ちゃんのお母さんには嘘を()いてしまったけど、遥ちゃんになら、話しても、いいかな―?

「……今、私。お姉ちゃんの死の原因について、調べてるんです。」

 遥ちゃんが、驚いたように目を見開かせた。

 私は、椅子に座り直し、改めて遥ちゃんを正面から見つめて、続けた。

「お姉ちゃんの担当医の『薄井先生』って知ってますか?」

「え、あ、うん…。多分。何回か、お見舞いの時に会ったことがあるから。」

「その、薄井先生から、姉の死に不可解なところがあることを、聞きました。」

「不可解な、ところ…?」

「はい。……お姉ちゃんは、死ぬ2週間くらい前からずっと、病状が良かったんです。私から見ても本当にすごく良くて、病院側も退院を考えるくらいで…。まあ、その日にいきなり悪化しちゃった、ってこともあるし、それだけで、病死じゃない、なんていえないんですけど…。」

 まるで、薄井がこの話を私にしたときみたいだな、と思った。

 あの時の薄井みたいに、順々に話していく。

「お姉ちゃんが死ぬ前の日の晩。見回りをしてた看護師さんが、お姉ちゃんと誰かが(あらそ)う声を、お姉ちゃんの病室から聞いた、って言っていて…。それに、薄井先生によれば、お姉ちゃんの死に方も病死にしては変で。ナースコールも鳴った形跡(けいせき)がなかったし、とにかく病死とは思えない状態だった、って…!」

 まるで、自分に言い聞かせているみたいだと思った。

 なんで今更(いまさら)。知っていたことのはずなのに、こんなに動揺(どうよう)してるんだろう…。

 改めて自分の口から声に出すと、より現実味があって、動揺を隠せなかった。

「千春ちゃん…。分かった、分かったから…、少し落ち着いて…」

「はい…。すみません…。」

 それに、遥ちゃんに理解してもらえるか、信じてもらえるか、不安で仕方なかった。

 もし、お姉ちゃんを亡くしたショックでおかしなことを言ってるんだ、とでも言われれば、それまでだ。

 私だって、本当にこの選択(せんたく)があっているかなんて、分からないのに。

 ちゃんと、覚悟(かくご)だって出来てないかもしれないのに。

 そんな風に言われたら、自分の中で何かが壊れてしまいそうで、怖かった。

「千春ちゃんの言ってること、分かった。私はね、翠の死について調べる、っていうのが、千春ちゃんのしたいことなら、否定しないし、出来る限り協力したい、と思ってる。…でも、それで千春ちゃんは、辛くならない…?」

 

 『辛くならない』と言えば、きっと嘘になる。

 でも―、ここで諦めたくない、とも思ってる。

 ちゃんと、向き合う覚悟も。犯人を許す覚悟も出来ていないけど。

 私はお姉ちゃんの死を、このままにしておきたくない―…。

「…辛くは、なるかもしれません。犯人と向き合って、憎しみや怒りとちゃんと向き合えるか、って言えば、絶対に無理だと思います。…でも、私は―お姉ちゃんの死を、このままにしておきたくない。このまま何もしないで、大切な人の死を間違ったままにしておきたくないんです…。」

 身勝手すぎることだろう。

 遥ちゃんは、私を心配して言ってくれてるのに…。

 でも—―

「分かった。…そこまで言われたら、協力しないわけにいかないじゃない。」

「あ、ありがとうございます!」

「…でもね、千春ちゃん。」

 遥ちゃんが、私の声を(さえぎ)って言った。

「辛くなったら、いつでもやめていいから。翠の死の真相を知りたい、っていうのも分かるけど、それで千春ちゃんが壊れたら、翠だって悲しむよ。…辛い時や困ったことがある時は、いつでも私を頼ってね!」

 遥ちゃんの優しさが、心に()(わた)るように、大きく響いた。

 

 遥ちゃんは、「やめていい」と言ってくれているけれど、私は―やめるつもりなんて、ない。どれだけ辛くても、苦しくて仕方なくなっても、お姉ちゃんはそれ以上の怖さや辛さを味わってきたはずだ。

 私は、それに気付けなかった。

 その(むく)い、といえば、なんだかお姉ちゃんが悲しむような気がするから―…

 私はお姉ちゃんの味わってきた苦しさを、犯人にぶつけ返してやるんだ。

 そのために、絶対に、やめたりしない—―

 そう、心に(ちか)った。

「ありがとうございます。」

 遥ちゃんが、安心したように微笑(ほほえ)んだ。

 まあ、でも。「頼っていい」と言ってくれる場所がこんなにもあるのだから、たまには頼ってみてもいいのかな。

 

「あの…、それで。…早速本題に入ろうと思うんですが、いいですか?」

「うん、いいよ。」

 遥ちゃんが、コップを手に取って、氷の入ったお茶を飲んだ。

「遥ちゃんは、お姉ちゃんのことで、お見舞いに来たときとか、会ったときに、おかしいな、って思ったこと、ありますか…?」

 私は、机の端に置いてあったノートを開いて、聞いた。

 このノートは、お姉ちゃんのことを調べると決めてから、作ったものだ。誰かから聞いたことや、手掛かりを書き込む、調査ノート。

 ペンを持って、ノートに書き込む用意をして、遥ちゃんの答えを待った。

「う~ん…。申し訳ないけど、あんまりお見舞いに行けてなかったし、会った時も、そこまで変わった様子はなかった気がするな…。」

「そう、ですか…。」

「…ごめんね、力になれなくて…」

「いえ。…その、他に、お姉ちゃんを(うら)んでた人とかに、心当たりはありませんか?」

「う~ん…。それも、あんまり心当たりがないかも…。」

「そう、ですか…。」

「あっ、でも…!よく翠に相談されてたことなら、あるよ…っ」

「えっ、何ですか?」

 もう一度ペンを持ち直して、遥ちゃんを真っすぐに見た。

「その…、大したことじゃないし、もしかしたら千春ちゃんも知ってることかもしれないんだけど……」

「どんなことでもいいんです。よかったら、話してください。」

「その…、翠とお母さんのこと…。」

「お母さん、ですか…?」

「うん…。」

 遥ちゃんが少し話しにくい様子で言った。

「千春ちゃんのお母さん、ってさ。少し、身勝手なところがあるじゃん。」

「はい…。そう、ですねぇ…」

 遥ちゃんの言う通り、母には少し身勝手なところがあった。

 私の勉強のことや、進路のこと、友達付き合いや、お金の使い方。全部母が勝手に決めてきて、それに逆らえない自分がいた。

 でもそれは、母と私の問題で、お姉ちゃんには関係ないんじゃ―?

「その、お母さんの身勝手を、いつも翠が止めてたみたいなの。」

「え―…」

 そんなこと。お姉ちゃんからもお母さんからも、聞いたことがなかった。

「千春ちゃんが自由に生きられるように、翠、お母さんをなんとか説得しようと頑張ってたみたい。」

 確かに、お姉ちゃんにお母さんとのこともよく相談していた。

 自分では何一つ言い返せないくせに、お姉ちゃんにお母さんの愚痴(ぐち)ばかりこぼしていた。

 お姉ちゃんは、私のために、お母さんを止めてくれてたの―?

「そのせいか、翠とお母さんとの仲が、だんだん悪くなってたみたい。」

「そんな、こと。お姉ちゃんは何も言ってなかった……」

 コップ内の氷が、「カラン」と音を立てて、動いた。

 遥ちゃんが目を()らして、私に言う。

「………私ね。一度、お見舞いに行ったときに、翠とお母さんが話してるのを、聞いちゃったことがあって…………そこで、お母さんが翠に、「あんたなんか早く死ねばいいのに」って言ってたの…。」

「え—―」

 嘘―だよね…?

 お母さんがお姉ちゃんに「死ねばいいのに」なんて、言うはずが……

 だってお母さん。お姉ちゃんが死んだ時、あんなに悲しんでたのに。

 夜に、こっそり一人で号泣してたのに。

 お母さんがそんなこと、言うはずが、ない、よね…?

「まあ、私の聞き間違いだった、ってこともあるし。冗談だった、ってこともあるし。そんなに気にしない方がいいかも…。」

「そう、ですかねぇ…」

 胸に残る違和感(いわかん)に、私はある出来事を思い出した。

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