遥ちゃんの証言
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「ピンポーン…!」
インターホンの音で、スマホの画面を閉じて机に置くと、急いで玄関まで行く。
「はぁーい!」
いつもよりも高い声で叫ぶと、玄関のカギを開け、ドアを開いた。
「こんにちは。久しぶりだねぇ、千春ちゃんっ!」
「はいっ!久しぶりですね、遥姉ちゃん!…どうぞ、上がってください!」
私は「お邪魔しまーす」と言い、中に入って行く遥ちゃんの後を追って、ドアを閉めた。
「どこでも座ってください。全然片付いてないんですけど…!」
「ううん!私の家のほうが汚いよぉー!むしろ、片付いてる!」
絶対そんなことないでしょ!って心の中で突っ込みながら、久しぶりに会う遥ちゃんの容姿をまじまじと見つめた。
遥ちゃんの姿は、幼い頃と大分変っていた。
小さい頃も大人っぽくて可愛らしかったけど、大きくなるとあの時よりももっと可愛くなっていて、おしゃれで、社交的で流行に敏感そうな感じがした。
顔には少しメイクをしていて、髪も艶やかでサラサラ。肌も白くて張りがあって、服やアクセサリーにも気を使っていそうだ。まさに、「JK」って感じだなぁ~、と思った。
私は、そういうことに無関心なところがあるから、遥ちゃんを見ると、女の子らしくて素敵だな、と尊敬を抱いてしまった。
台所でお茶を淹れ、お盆の上に乗せると、遥ちゃんの前に出した。
「どうぞ。」
「ありがと!丁度喉が渇いてたんだっ!」
そう言って、出されたお茶を一気に飲み干す遥ちゃん。
「アハハ!すごい勢いよく飲みますねぇ!おかわり要ります?」
「うんっ!お願い!」
私はもう一度台所に行って、自分のお茶と遥ちゃんのお茶を淹れると、机に出して椅子に座った。
「…それで、千春ちゃん。聞きたいこと、って…?」
私が座り終えると、遥ちゃんが口を開いた。
「あ、はい。その……、お姉ちゃんのことを、聞きたくて……」
少しためらって言い、遥ちゃんの様子を伺った。
「………その…。理由を、聞いてもいい、かな?」
嘘を、つく―?
でも……—―
「責めたいわけじゃないの…。ただ…、言ってくれたら、いいな、って。話を聞かれる身として、ちゃんと知って、話したいなぁ…。」
話したい、と思った。
遥ちゃんのお母さんには嘘を吐いてしまったけど、遥ちゃんになら、話しても、いいかな―?
「……今、私。お姉ちゃんの死の原因について、調べてるんです。」
遥ちゃんが、驚いたように目を見開かせた。
私は、椅子に座り直し、改めて遥ちゃんを正面から見つめて、続けた。
「お姉ちゃんの担当医の『薄井先生』って知ってますか?」
「え、あ、うん…。多分。何回か、お見舞いの時に会ったことがあるから。」
「その、薄井先生から、姉の死に不可解なところがあることを、聞きました。」
「不可解な、ところ…?」
「はい。……お姉ちゃんは、死ぬ2週間くらい前からずっと、病状が良かったんです。私から見ても本当にすごく良くて、病院側も退院を考えるくらいで…。まあ、その日にいきなり悪化しちゃった、ってこともあるし、それだけで、病死じゃない、なんていえないんですけど…。」
まるで、薄井がこの話を私にしたときみたいだな、と思った。
あの時の薄井みたいに、順々に話していく。
「お姉ちゃんが死ぬ前の日の晩。見回りをしてた看護師さんが、お姉ちゃんと誰かが争う声を、お姉ちゃんの病室から聞いた、って言っていて…。それに、薄井先生によれば、お姉ちゃんの死に方も病死にしては変で。ナースコールも鳴った形跡がなかったし、とにかく病死とは思えない状態だった、って…!」
まるで、自分に言い聞かせているみたいだと思った。
なんで今更。知っていたことのはずなのに、こんなに動揺してるんだろう…。
改めて自分の口から声に出すと、より現実味があって、動揺を隠せなかった。
「千春ちゃん…。分かった、分かったから…、少し落ち着いて…」
「はい…。すみません…。」
それに、遥ちゃんに理解してもらえるか、信じてもらえるか、不安で仕方なかった。
もし、お姉ちゃんを亡くしたショックでおかしなことを言ってるんだ、とでも言われれば、それまでだ。
私だって、本当にこの選択があっているかなんて、分からないのに。
ちゃんと、覚悟だって出来てないかもしれないのに。
そんな風に言われたら、自分の中で何かが壊れてしまいそうで、怖かった。
「千春ちゃんの言ってること、分かった。私はね、翠の死について調べる、っていうのが、千春ちゃんのしたいことなら、否定しないし、出来る限り協力したい、と思ってる。…でも、それで千春ちゃんは、辛くならない…?」
『辛くならない』と言えば、きっと嘘になる。
でも―、ここで諦めたくない、とも思ってる。
ちゃんと、向き合う覚悟も。犯人を許す覚悟も出来ていないけど。
私はお姉ちゃんの死を、このままにしておきたくない―…。
「…辛くは、なるかもしれません。犯人と向き合って、憎しみや怒りとちゃんと向き合えるか、って言えば、絶対に無理だと思います。…でも、私は―お姉ちゃんの死を、このままにしておきたくない。このまま何もしないで、大切な人の死を間違ったままにしておきたくないんです…。」
身勝手すぎることだろう。
遥ちゃんは、私を心配して言ってくれてるのに…。
でも—―
「分かった。…そこまで言われたら、協力しないわけにいかないじゃない。」
「あ、ありがとうございます!」
「…でもね、千春ちゃん。」
遥ちゃんが、私の声を遮って言った。
「辛くなったら、いつでもやめていいから。翠の死の真相を知りたい、っていうのも分かるけど、それで千春ちゃんが壊れたら、翠だって悲しむよ。…辛い時や困ったことがある時は、いつでも私を頼ってね!」
遥ちゃんの優しさが、心に沁み渡るように、大きく響いた。
遥ちゃんは、「やめていい」と言ってくれているけれど、私は―やめるつもりなんて、ない。どれだけ辛くても、苦しくて仕方なくなっても、お姉ちゃんはそれ以上の怖さや辛さを味わってきたはずだ。
私は、それに気付けなかった。
その報い、といえば、なんだかお姉ちゃんが悲しむような気がするから―…
私はお姉ちゃんの味わってきた苦しさを、犯人にぶつけ返してやるんだ。
そのために、絶対に、やめたりしない—―
そう、心に誓った。
「ありがとうございます。」
遥ちゃんが、安心したように微笑んだ。
まあ、でも。「頼っていい」と言ってくれる場所がこんなにもあるのだから、たまには頼ってみてもいいのかな。
「あの…、それで。…早速本題に入ろうと思うんですが、いいですか?」
「うん、いいよ。」
遥ちゃんが、コップを手に取って、氷の入ったお茶を飲んだ。
「遥ちゃんは、お姉ちゃんのことで、お見舞いに来たときとか、会ったときに、おかしいな、って思ったこと、ありますか…?」
私は、机の端に置いてあったノートを開いて、聞いた。
このノートは、お姉ちゃんのことを調べると決めてから、作ったものだ。誰かから聞いたことや、手掛かりを書き込む、調査ノート。
ペンを持って、ノートに書き込む用意をして、遥ちゃんの答えを待った。
「う~ん…。申し訳ないけど、あんまりお見舞いに行けてなかったし、会った時も、そこまで変わった様子はなかった気がするな…。」
「そう、ですか…。」
「…ごめんね、力になれなくて…」
「いえ。…その、他に、お姉ちゃんを恨んでた人とかに、心当たりはありませんか?」
「う~ん…。それも、あんまり心当たりがないかも…。」
「そう、ですか…。」
「あっ、でも…!よく翠に相談されてたことなら、あるよ…っ」
「えっ、何ですか?」
もう一度ペンを持ち直して、遥ちゃんを真っすぐに見た。
「その…、大したことじゃないし、もしかしたら千春ちゃんも知ってることかもしれないんだけど……」
「どんなことでもいいんです。よかったら、話してください。」
「その…、翠とお母さんのこと…。」
「お母さん、ですか…?」
「うん…。」
遥ちゃんが少し話しにくい様子で言った。
「千春ちゃんのお母さん、ってさ。少し、身勝手なところがあるじゃん。」
「はい…。そう、ですねぇ…」
遥ちゃんの言う通り、母には少し身勝手なところがあった。
私の勉強のことや、進路のこと、友達付き合いや、お金の使い方。全部母が勝手に決めてきて、それに逆らえない自分がいた。
でもそれは、母と私の問題で、お姉ちゃんには関係ないんじゃ―?
「その、お母さんの身勝手を、いつも翠が止めてたみたいなの。」
「え―…」
そんなこと。お姉ちゃんからもお母さんからも、聞いたことがなかった。
「千春ちゃんが自由に生きられるように、翠、お母さんをなんとか説得しようと頑張ってたみたい。」
確かに、お姉ちゃんにお母さんとのこともよく相談していた。
自分では何一つ言い返せないくせに、お姉ちゃんにお母さんの愚痴ばかりこぼしていた。
お姉ちゃんは、私のために、お母さんを止めてくれてたの―?
「そのせいか、翠とお母さんとの仲が、だんだん悪くなってたみたい。」
「そんな、こと。お姉ちゃんは何も言ってなかった……」
コップ内の氷が、「カラン」と音を立てて、動いた。
遥ちゃんが目を逸らして、私に言う。
「………私ね。一度、お見舞いに行ったときに、翠とお母さんが話してるのを、聞いちゃったことがあって…………そこで、お母さんが翠に、「あんたなんか早く死ねばいいのに」って言ってたの…。」
「え—―」
嘘―だよね…?
お母さんがお姉ちゃんに「死ねばいいのに」なんて、言うはずが……
だってお母さん。お姉ちゃんが死んだ時、あんなに悲しんでたのに。
夜に、こっそり一人で号泣してたのに。
お母さんがそんなこと、言うはずが、ない、よね…?
「まあ、私の聞き間違いだった、ってこともあるし。冗談だった、ってこともあるし。そんなに気にしない方がいいかも…。」
「そう、ですかねぇ…」
胸に残る違和感に、私はある出来事を思い出した。




