宮本さんの証言
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「それで……なんの話だっけ…?」
「ああ、はい。」
私と宮本さんが、会った途端に泣き始めて、薄井は少し戸惑っていた。
でも、私たちが泣き止むまで静かに待ってくれて、しばらくして泣き止むと、早速本題に入ることになった。
「あの…。薄井先生に会って、聞いたんですが…。宮本さんは、お姉ちゃんが死ぬ前の晩。……お姉ちゃんと、誰かが、話す声を聞いたんですか…?」
薄井が、氷の入った冷たい麦茶を淹れ、私と宮本さんの前に置いてくれる。
「……うん。そうだね…。」
宮本さんが、歯切れ悪そうに答えた。
「その時のことを、詳しく聞かせてもらえませんか…?」
「………」
宮本さんは、長細いコップに入った麦茶を、「カラン」と音を立てて、一口飲んだ。
「どう、して…?」
空気をたくさん含んだ、擦れた声で宮本さんが言った。
私も、水蒸気で白くなっているコップを手に取り、麦茶を一口、口に含む。
そして、真っすぐに、真正面から宮本さんを見た。
「…お姉ちゃんの、死因の不可解な点についても、薄井先生から聞きました。……知りたいんです。…私は、知らなきゃいけないような、気がするんです。」
「………責任を転換させたいわけじゃない、なんて……、ただの言い訳なんだろうけど…。私も薄井先生も…。翠ちゃんの死の原因は、病気の他にあったんじゃないか、って思ってる。…ずるい、のかもしれない。でも私は確かに―聞いた。あの日、翠ちゃんの病室で、話す声を…。千春ちゃんは…、信じて、くれるの―?」
「信じる」なんて、都合のいい言葉は、簡単には言えないかもしれない。
責任転換のために、病院側が誰かのせいにしたくて、嘘をついている、っていう可能性だって、ないわけじゃない。
ただ―…
私は、知りたいんだ。
もしもお姉ちゃんが、誰かに殺されたのだとして…。その憎しみや怒りに、耐えられるかなんて、分からない。
ただ—―大切な人の死を。間違ったままにしておきたくない―って思うから。
「私は―、知りたいんです。お姉ちゃんの最期を…。信じる、なんて言葉は、言えないかもしれないけど…、ただ、知りたいだけなんです。」
宮本さんが、俯いていた顔を上げ、話を始めた。
「……あれは、翠ちゃんが死ぬ前の晩。22時くらいだったと思う。私はその日が丁度夜勤で、他の看護師さんは2人くらいしか残ってなかった。そうそう。確か、看護師長もいたと思う。丁度、患者さんみんなが眠り始めて、私たちも暇になってきた頃。私、当番だったから。夜の見回りに行き始めたの。そしたら、翠ちゃんの病室に小さく明かりが見えてね。近づいて行ったら、翠ちゃんと誰かが話す声が聞こえたの。」
「ちなみに、その…お姉ちゃんと誰かが話す声って、誰だったかまでは…、分かりせんか…?」
誰だったか分かっていたら、こんなに苦労はしないはずだし、警察にも言っていないくらいなら、確か、ではないのだろう。
でも…、もし分かったら…―
そんな微かな期待にかけて、聞いてみた。
「うーん…。それが誰だか分かったら、こんなに苦労してないよ…。」
「そう、ですよね…。」
「あぁ、でも…!女の人、っていうのは確かかも。男の人みたいな、低い声じゃなかったし、翠ちゃんと親しい人で、男の人なんてあんまりいないでしょ。」
「その『誰か』は、お姉ちゃんと親し気だったんですか?」
「うん。…なんだか、言い合ってるようにも聞こえたから。」
「そう、ですか…。ちなみに、他にその人のことで分かること、って…?」
「残念ながら、ないわ…。女の人で、親しい人物、ってことくらいしか…。ごめんね、力になれなくて…。」
「いえ…。お話聞かせて頂いて、ありがとうございました。」
私が軽く頭を下げると、宮本さんの声が、頭の上から降ってきた。
「…千春ちゃん。」
顔を、上げる。
「私も薄井先生も、千春ちゃんと同じで、翠ちゃんの死の真相を知りたいと思ってる。…いつでもなんでも、私たちにできることがあったら言ってね!」
そう言って、宮本さんと薄井がにっこりと笑った。
「はい、ありがとうございます!」
話を聞き終えると、薄井も宮本さんも仕事があるから、と言って、部屋から出て行った。
私は、一人になった部屋の中で、麦茶の残っていない透明なコップを、見つめていた。




