葬式
「ボーン…ボーン…ボーン…南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」
「お気の毒にね。お姉さん、病気がちだった、って言っても、突然だったんでしょ?」
「そうそう…。丁度、病状が良くなってき始めてた時に、突然…!」
「…うぅ…あぁ…みどりぃ…」
「大丈夫かい?…母さん。」
お経の音も、親戚の騒ぐ声も、母の嗚咽も、父の母を慰める声も。
全部が、うるさい。
お姉ちゃんの最後くらい、もっと静かにさせてあげたいのに。
「では皆さん。お焼香をお願い致します。」
私は、父と母が席を立った後、お焼香をあげに、姉の棺の前に立った。
色とりどりの花たちに囲まれた、姉の笑顔の写真が、目の前に飾ってある。
姉の翠が、一昨日の夜、息を引き取った。
もともと姉には持病があって、ずっと入院生活を送っていた。
学校にもろくに通えてなくて、普通の生活すらままならないけれど、姉はいつも誰よりも楽しそうに笑った。
毎日、私が姉のお見舞いに行くと、「また来たのぉ~?」と憎まれ口を叩くけど、まんざらでもなく嬉しそうで。私が学校の愚痴の漏らすと、いつも誰よりも真剣に相談に乗ってくれて…。
暇な時は、病室で一緒に映画やアニメを見たり、夏祭りに行けない姉と一緒に、病室から遠くの花火を見て、「見えにくい~!」と文句を言ってみたり。
死んだ日の夕方だって、普段と何も変わりがなくて、むしろ元気なくらいで。
私が今日一日起きたことを、一つ一つ話していくと、「なにそれっ!いいなぁ~。私もいつか、出来るかなぁ~?」って笑ってて。
まさかあの日が最後になるなんて、思わなくって…。
あんなに楽しそうに笑ってたお姉ちゃんが、もういないなんて。本当にまだ―信じることが、出来ないんだよね。
「南無阿弥陀仏南無妙法蓮華経…」
喪服の大人たちが、並んで外へ出た。
雨がバケツをひっくり返したみたいに降っていて、外に出るとその音がより一層大きく聞こえた。
灰色の重たい雲に覆われた空を見上げて、思う。
うるさいけど、でもなんだか。雲一つない晴天じゃなくて、良かった、って。
お姉ちゃんが、言っていた。
「私何だか…。雨って、好きなんだよねぇ~…。」
「なんで?濡れるし、じめじめして嫌じゃん。」
「なんかさ、雨って。悲しい気分になれるじゃん。少し悲しくて泣きたいとき。雨が降ってたら、一緒に泣いてくれてるみたいで…、いい、気がする。」
「ふ~ン…。よく分かんないわ…。でも―その、悲しくて泣きたくなる時?私がお姉ちゃんの傍にいてあげるから。」
「えっ、なにそれっ!…たまには可愛いことも言うじゃない!」
「うるさいよ!もう忘れて!」
「アハハ!忘れないっ!」
「忘れてよ!」
私は恥ずかしくて、拗ねたようにそっぽを向いた。
「……忘れないよ。千春や家族との大切な思い出。忘れられるわけないじゃん。」
「そりゃそうだ!私だって、お姉ちゃんとの大切な思い出、忘れられるわけない。」
「…ねえ、千春。」
「うん?」
姉の声が、少し寂し気に聞こえた。
「ありがとね。」
「…当たり前じゃん。憎たらしい、妹、なんだから。」
あの時はよく分からなかったけど、今ならわかる気がする。
なんか、雨だからこそ。お姉ちゃんとの楽しかったことだけ思い出せて、いいんだよね。
まだ泣けてない私の代わりに、雨が泣いてくれてるみたい。
「千春。いくよ。」
「うん。」
私は、雨の溜まった道の上を、バスに向けて駆けていった。