第4章 品評会
「『出品者』の方ですね、こちらへエントリーコードを入力してください。」
真っ黒の仮面をかぶった案内人に手続きを促される。手元にはリードで繋いだ商品。他にも大きな箱を抱えた人や、同じように生き物を連れている人、みんな思い思いの商品を抱えているようだ。
「やっほー!お、彼ピじゃん、やっほー!」
「あれ商品間に合ったの?」
「へへ、今回は力作だよー!」
待合室に入ると隣のアトリエの住人が嬉しそうに声をかけてくる。真っ白い布がかけられた箱はなんだか骨壷のようだった。
「やっぱり、生きたままの人間は良いよねえ!」
彼女が、箱にかけてあった白い布を軽く持ち上げる。
その中には透き通ったガラスのような箱。その中にあるのは。
首から上の人形の頭。
いや、違う。ここのエリアの住人なら。これは。
「作ってるときサイコーに気持ちよかったなあ!」
これは、本物の人間。
隣でリーンと彼が鳴いた。
私はそれで我に帰り、番号札に視線を投げる。
別れの時間が刻一刻と迫っていた。
「エリアセブン!エリアセブンに確定です!おめでとうございます!!」
会場が騒がしくなる。前の住人の商品が買い取りに決まったらしい。ごくり、と唾を飲み込むのと隣に立つ彼に視線を向けた。彼は不思議そうに舞台の方を見ている。
「続いて、エリア400のエントリーです!どうぞ!」
番号を呼ばれ、リードを引きながら舞台の中央へ向かう。
「愛玩人間か。大したことないな。」
「1芸でもあれば面白いものを。」
観客の声はトーンが下がる。それもそうだ。
人間を愛でるなんて普通なことに、ここの人間は興味がない。
「ええっと、これは・・・。」
司会が困惑する。売れない、と判断したのか処分班が動くのを察して、私は腰からナイフを取り出した。
「さよならだ。」
私は首元にナイフを当てるとそのまま静かに薄く引いた。
「おおっと!?これは!?」
それを見た司会がここぞとばかりに盛り上げる。彼は固まっている。今にも泣きそうな目で。
・・・そんな感情教えたか?
そして、ぽたり。
床に血がこぼれて。
「これは!共食いだぁぁぁぁぁぁ!!」
私は彼に押し倒された。彼の目が赤く血走る。それもそうだ。人間の血に反応するように躾けたんだから。
彼が首を左右に振る。おかしい。ここで噛み切って、食べ尽くして、そしてお前は新しい飼い主のもとへ・・・。
「・・・ダ、ヤダ、食べたら、食べたらいなくなる。」
「お前、しゃべっ・・・!」
大歓声の中、彼が言った。調教初日以来の声だ。
「キミがいなくなったら。オレ、ドウしたらいい?」
「新しい飼い主の元でしっかり働くんだ。それが私の願いだ。」
「キミは寂しくない?」
一瞬躊躇う。
私は死ぬことが寂しいのか。
違う。
「私はお前が生きていてくれればそれでいいよ。」
私はお前の最期を見てやれないのが寂しいのだ。
「ウソツキ。」
彼はニイッとわらうと鋭く尖った爪で。
「最期マデいっしょ。」
己を貫いた。
会場のボルテージが最高潮まで上がる。
彼の目から光が消えかかる。彼は虚ろに私の首元に口を当てるとそのまま引きちぎった。
咀嚼して、嚥下する。
あはは、いま、彼の体の中で私達は一つになってる。
身を預けると彼はくまなく私を堪能した。
騒音も何も聞こえない。
「愛してる。」
どっちが言ったのかもわからない愛の言葉を添えて。
私達は物言わぬオブジェになった。