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第一章 死はいつも足下に/サンドワームについて part2

 メレットは捨て子だった。


 両親の最後の愛情だったのだろうか。冬の明けた暖かい日に、孤児院の前に揺りかごが置かれていたそうである。


 他の多くの孤児たちと違って、メレットは特に両親に会いたいと思ったことはなかった。物心つく前に捨てられたので、親への愛着が薄かったせいかもしれない。


 あるいは、他に親と見なせるような人物がいたからかもしれない。自分たちの面倒を見てくれる孤児院の職員、税や寄付で院の運営費を収めてくれる街の人々…… 子供を育てる人間を親と定義するのなら、彼らも親だと言っていいはずである。


 大きくなった子供は、いずれ親孝行を考えるようになる。それと同じように、メレットは自然と孤児院や街の人々に対しての孝行を考えるようになった。そこで彼女は冒険者稼業に目をつけた。


 冒険者になって大金を稼げば、孤児院の運営費を賄える。モンスターを討伐すれば、街の治安を維持できる。そう思ったのだ。


 幸運なことに、メレットには属性魔法の才能があるようだった。院内の畑仕事を手伝っていた影響か、特に土属性の魔法については非凡なものがあった。


 だから、才能ある人間に生んでくれた実の親にも孝行したいと、会ってみたいと、最近はよくそう考えるようになっていた。



          ◇◇◇



 リューラは酒場の娘だった。


 家業のある家の子供の常で、幼い頃から仕事を手伝わされた。皿洗いから始まって、その内に調理や接客も覚えた。酔っ払いの相手をする関係で喧嘩のやり方も。


 地元の顔馴染みが客層の中心という小さな店だったが、ときどきは外から客が来ることもあった。こういう場合、彼らの職業は大抵が冒険者だった。なんでも街の南の大平原にはモンスターがたくさんいて、出稼ぎにちょうどいいのだそうである。


 刺激に飢えているせいか、冒険者の語る武勇伝や噂話は、顔馴染みたちからの人気が高かった。中には酒をおごる代わりに、話を聞かせるようせがむ者もいた。リューラもよく仕事をサボって聞き耳を立てて、そのせいで父親に怒られたものである。


 凶悪なモンスターを討伐して、莫大な金を手に入れた冒険者の話。新しいダンジョンを発見して、後世に名前を残した冒険者の話。モンスターから馬車を守って、貴族の娘に求婚された冒険者の話……


 彼らの語る話にはどれもロマンがあって、いつしかリューラも冒険者を志すようになった――というのが表向きの理由だった。


 ただ一番の理由は、アイエルが冒険者を目指していると聞いたからだった。あの真面目だがお人よし過ぎる幼馴染には、自分がついていないと駄目だと思ったのだ。



          ◇◇◇



 アイエルは――


「アイエルさんはどうして冒険者に?」


 道中、メレットにそう尋ねられていた。


 全員十四歳と同い年で、性格的にもウマが合ったらしい。森でセーフリームニルを探す間に、三人はすっかり打ち解けた雰囲気になっていた。


 そのため、話題も「冒険者になった動機」という、個人的なものにまで及んでいたのである。


 話の流れからいって、いずれ自分も動機を尋ねられることは予想できた。にもかかわらず、アイエルは口ごもってしまっていた。


「それは……」


「こいつ、おじさんが冒険者なのよ。ヒューナーさんっていうんだけど」


「知ってます!」


 リューラの返答を聞いて、メレットは目を輝かせる。お世辞で話を合わせているようには見えなかった。


「本当に?」


「孤児院によく寄付をしてくださってましたから」


「ああ、父さんも孤児だったみたいだからね」


 世間的にはそれほど有名な冒険者ではないだろう。それでも名前を知ってくれている人がいるのだと思うと、嬉しいような誇らしいような気持ちになった。


 そんなアイエルとは反対に、メレットは顔をこわばらせる。


「でも、ヒューナーさんは行方不明になったと聞いていますが」


「そうなんだ。霊峰に行ったきりね……」


 アイエルが言葉に詰まると、今度もリューラが話の先を引き取った。


「だからアイエルは、自分も冒険者になって、おじさんの代わりを果たそうとしてるってわけ」


「そうだったんですか」


 メレットが再び目を輝かせる。随分と感心されてしまったらしい。あるいは、篤志家だった父の姿を、息子の自分に重ね合わせているのかもしれない。


「そんな立派なものじゃないよ」


 そう訂正したのは、単に謙遜からだけではなかった。


「僕は信じてるんだ。あの父さんがそう簡単に死ぬはずがないって。だから、一人前の冒険者になって、父さんのことを探しに行きたいんだ」


 そのため、決して父のように立派な志から冒険者になったわけではない。


 だが、二人はそのことを笑ったりはしなかった。


 それどころか、メレットはますます目を煌めかせ、リューラも考え深げにただ頷くのだった。



          ◇◇◇



 三人でそんな話をしたのが、つい一、二時間ほど前のことである。


 だというのに、あの頃のパーティの姿は、今はもう影も形も残っていなかった。


 サンドワームに丸飲みにされて、メレットは死んでしまった。


 リューラも脇腹を喰われて、死を待つばかりだった。


 五体無事で生き残っているのは、ただ自分一人のみである。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 怒号のような悲鳴のような叫び声を上げて、アイエルはサンドワームに斬りかかる。


 手応えはあった。しかし、実際に斬れたのは皮一枚だけだった。


 ミミズのように鱗を持たないサンドワームだが、その皮膚は想像以上に厚く、また硬かったのだ。


 巨体ということもあり、多少のダメージなどものともしないらしい。地上に上半身だけ体を出したサンドワームは、鎌首をもたげる蛇のような姿勢を取ると、今にも喰らいつかんばかりに大きく口を開く。


 そうして開かれた口からは、びっしりと並ぶ細かく鋭い牙が覗いていた。あれで喰いつかれたら、自分もひとたまりもないだろう。


 しかし、そんなサンドワームの臨戦態勢が、かえってアイエルを冷静にしていた。


 相手は頭に血が上った状態で倒せるようなモンスターではない。落ち着いて対処しなければ、リューラを助けられないし、メレットの仇も討てない。そう思えるようになったのだ。


 安易に攻撃するような真似はせず、アイエルは剣を構えて相手の出方を窺う。すると、相手も攻撃してこなかったので、目のないサンドワームと睨み合う形になった。


 この時、アイエルの脳裏にあったのは、最前のブラックドッグとの戦闘のことだった。


 ブラックドッグと戦った時には、睨み合いの末に、相手が飛び掛かってきたところを風魔法で牽制して、ひるんだ隙にさらに剣による斬撃を叩き込んだ。同じ手がサンドワームにも使えないだろうか。


 最初に繰り出した一撃は、確かに皮一枚斬るのが精いっぱいだったかもしれない。だが、あの時は冷静さを欠いていたし、斬ったのも腹部だった。落ち着いて、強化魔法でしっかりと腕力を高め、頭をきちんと狙って斬れば、自分にも勝機はあるはずである。


 そう考えて、アイエルはサンドワームが仕掛けてくるのをじっと待つ。


 だが、その瞬間はついぞ訪れなかった。


 地上に出た上半身をずるずると後退させて、サンドワームは地中へと戻っていってしまったのである。



          ◇◇◇



 一方、その頃、冒険者管理局では――


 持ち込まれたフンの様子から、ザルツがモンスターの正体を看破していた。


「サンドワーム……ですか」


 にわかには信じがたかったらしい。フンを発見した新人冒険者――ロージェというらしい――は、驚いたように目を尖らせる。


「知ってるか?」


「名前くらいでしたら。要は巨大なミミズの化け物ですよね?」


「ああ、そうだ。そのせいか、サンドワームはミミズに似て、球状のフンを大量に排泄する」


 テーブルの上のフン(の一部)は、まさにそういう形をしていた。ミミズのそれに比べて、サイズははるかに大きかったが。


「ただ通常の場合、ここまではっきりとした球状になることはない。これはおそらく食性が変わったせいだろう。

 本来サンドワームは肉食だが、森に来たことでトレントやマタンゴのような植物系のモンスターも食べるようになった。だから、フンに繊維質が混じって、形がしっかりしたものになったんだ」


 ザルツは先程割ったフンをロージェに示す。


 フンの断面からは、糸状の何かが飛び出していた。これが未消化の植物繊維である。


「草食動物のフンの特徴として、他にはにおいが薄いことが挙げられる。元が植物だからな。また、消化器官が発達しているため、小さく細切れになりやすい。

 肉食動物の場合は反対で、においは強く、フンは長いものになることが多い。また、消化しきれなかった毛や骨が残っていることもある。

 そして、雑食はその中間だ」


 だから、本来肉食であるサンドワームのフンは、球体を長く伸ばした楕円体に近い形を取る。また繊維質を含まないのでフンが柔らかく、フンとフン同士がもっとくっつくことになる。


 ただロージェが驚いていたのは、食性によるフンの変化ではないようだった。彼女はもっと根本的な部分を疑問視していたのだ。


「シュピナートの森にサンドワームが出現するのですか? 砂漠に生息するモンスターのはずでは?」


「おそらくタイク大平原での縄張り争いに負けた個体が、森に逃げ込んできたんだろう。大平原というと草原のイメージが強いが、砂漠地帯も存在していて、少数だがサンドワームが生息しているからな。

 砂漠地帯を追い出されても大抵は大平原内に留まるから、森の方まで来るの珍しいことだ。だが、前例がまったくないってわけじゃない」


 以前に、管理局の資料でそういう報告を読んだことがあった。


「確か、六十年くらい前だったか」


「六十二年前だな。よく知ってたな」


 局長は――ムスカートは資料を手にそう頷いた。


 相手の正体がサンドワームだとやっと納得したらしい。ロージェは今になって顔をこわばらせる。


「サンドワームは非常に危険なモンスターだと聞きますが……」


「ワームというと、今でこそミミズやイモムシのことだが、昔は蛇という意味だったんだそうだ。さらに言えば、もっと昔は手足や翼のないドラゴンを指す言葉だったらしい。

 そして、サンドワームという名前は、その頃に名づけられたものだそうだ。つまり、サンドワームはドラゴンに比するようなモンスターだと考えられていたわけだな」


 思慮深そうな顔立ちをしていても、まだまだ新人ということだろう。話を聞いて、ロージェはとうとう青くなってしまった。


 彼女の代わりをするように、ムスカートが事情の説明を始める。


「フンを見つけて、すぐに引き返してきたそうだ」


「賢明だな。あれは普通の新人の手に負えるモンスターじゃない」


 フンに気づかない人間は注意力が足りない。気づいたのに突き進むような人間は警戒心が足りない。どちらも冒険者としては致命的な欠点である。


 付け加えて言うなら、フンから正体を察せない人間は知識が足りない。もっとも、ロージェのような駆け出しに、そこまで求めるのは酷な話だろうが。


 ただ彼女にはやはり冒険者としての資質があるらしい。知識はなくとも、知識欲は備えているようだった。


「サンドワームは地中に隠れて獲物を狙うんですよね? もしかして、フンのそばに潜んでいたのでしょうか?」


「その可能性は高い。フンには栄養があるから、植物が生い茂りやすく、さらにそれを餌にしようと動物が寄ってきやすい。だから、サンドワームは自分がフンをした場所を覚えておいて、そのそばで獲物を待ち構えることが多いんだ」


 思った通り、知識欲は十分なようだ。ロージェは重ねて質問してきた。


「地中にいるのに、どうやって地上の獲物を感知するんですか?」


「ああ、それは――」



          ◇◇◇



 剣を構えたまま、アイエルは身じろぎもせずにその場に佇んでいた。


 地中に戻ったサンドワームは、あれから一度も姿を現していなかった。


 逃げたのか。いや、そうではないだろう。メレットを丸飲みしたあとも、貪欲にリューラを襲ったのである。今でも足下で、自分を喰らうチャンスを見計らっているに違いない。


 だから、サンドワームがいつどこから現れてもいいように、アイエルはひたすら警戒を続けるのだった。


 風が吹き、雲が流れ、時間が静かに過ぎていく。


 しかし、いつまで経っても、サンドワームはやはり姿を見せない。


 そのことが、アイエルに閃きをもたらした。


(音だ!)


 メレットはセーフリームニルを追いかけて移動する最中に襲われた。


 リューラは消えたメレットを探そうと走り出したところを襲われた。


 反対に、今この場で身構えている自分は襲われていない。


 また、睨み合いのような状態になった時も、カウンター狙いでその場を動かないでいたら、サンドワームは地中に戻っていった。


 つまり、サンドワームは――


(足音で僕たちの位置を感知しているんだ!)

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