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第四章 角兎の論/ホーンラビットについて part1

わたくしに武器の扱い方を教えてください」


 次の同行依頼の前に、キャンディスはそう頼んできた。


 その表情に、ゴブリンと対峙した時のような恐怖心は滲んでいなかった。いや、恐怖心を乗り越えようという克己心が滲んでいると言うべきだろうか。


『何か用意するものはありますか? 剣? それとも槍の方がいいでしょうか?』


『必要ない。下手に武器を持つと、戦う気になってかえって危険だからな』


 スライム退治に同行しようとするキャンディスに対して、ザルツはそんな忠告をしたことがあった。『どんなモンスターも倒してやるとは言わんが、時間稼ぎくらいなら俺がしてやる。だから、嬢ちゃんは逃げることを優先してくれればいい』とも。


 あの時のやりとりは、キャンディスも覚えていたようだった。


「モンスターについて書くのなら、戦闘の知識や経験も必要かと思いまして。それに、今のままですと、強いモンスターの討伐にはご一緒できそうにありませんし」


「それもそうだな……」


 常に誰かを守りながら戦うというのは、ベテランの冒険者でも難しい。特にモンスターの群れと戦う場合、注意を向けるべき相手が増え過ぎて、すべてに意識が行き届かないことがある。先日のゴブリン退治でも、前方の群れと戦っている間に、見回りから戻ってきた個体に背後を取られてしまっていた。


 かといって、キャンディスの場合、戦闘になったら離脱するというわけにもいかない。冒険者のために博物誌を編纂するのが目的なのに、戦闘の様子を観察しないというのでは一番肝心な部分を欠くことになってしまう。


 スライム退治を頼まれた時、逃げるのを優先するように指示したのは、キャンディスがごっこ遊びで冒険に同行したがっていると誤解していたからである。博物誌を書くのなら、彼女の言う通り武器の扱いを覚えた方がいいに違いなかった。


「鍛冶屋に行くか」


「はい!」


 キャンディスは顔をほころばせてそう答えた。


 集合場所の管理局前から、二人は鍛冶屋へと向けて歩き出す。その道中の話題は、当然武器に関するものになった。


「ザルツ様はナイフをご愛用なさってますよね?」


「そうだな。近距離の敵にはそのまま振り回せばいいし、投げれば中距離の敵にも対応できるからな」


 話を聞いて、キャンディスは早速メモを取り始める。


「あとは剣ですよね」


「ああ。正確にはマチェーテだが」


 モンスターの性質に合わせて使い分けるため、保管袋の中には他の武器も入っている。だが、腰に下げて主に使用しているのは、あくまでナイフとマチェーテの二つだった。


「剣ではないのですか?」


「マチェーテは本来は木の枝を払ったり、草を刈ったりするための道具だ。同じように、ナイフも料理やら何やらに使える」


「荷物を減らすためってことですか?」


「それもある」


 保管袋の中には亜空間が広がっていて、見た目以上に物を収納できるが、それでも上限が存在する。だから、なんでもかんでも自由に持ち運ぶというわけにはいかなかった。


「もう一つは普段から使えるってことだな。だから、特別なことをしなくても、日常が戦闘の訓練になる」


「あ、なるほど」


 さらに言えば、ザルツは日常的に冒険に出かけて、モンスターの討伐を行っている。実戦で武器や魔法を使うことが習慣化しているのである。そのため、意識して戦闘の訓練をするのは稀なことだった。


「ときどき食い詰めた農夫が冒険者になることがあるが、そういう場合は斧だの鎌だのを武器にすることが多い。これも使い慣れているからだな」


「冒険譚では、斧は大男の武器になっていることが多い印象ですが…… 過去に農夫だったというような背景がないと、おかしな描写なのでしょうか?」


「そうとも言い切れないな。向き不向きってものがあるから」


 たとえば斧の場合、剣に比べて重心が先端に偏っている。そのため、重量と遠心力で強烈な攻撃を繰り出せる反面、攻撃後の隙が大きくなりがちである。


 よって、斧の最も効果的な使い方は、奇襲や先制攻撃を仕掛けることだとされている。初撃でいきなり相手に重傷・致命傷を負わせて、相手に反撃の機会を与えないようにするのだ。


 言い換えれば、斧は奇襲や先制攻撃が得意な人間向け、つまり向こうに気づかれずに獲物を発見できる人間や獲物を恐れずに攻撃を仕掛けられる人間向けの武器だということになる。


 また、斧は筋力や強化魔法に長けた人間――あるいはキャンディスが言うような大男――にも向いている。これは当然、重量や遠心力に負けないくらい腕力があれば、攻撃後の隙を減らすことができるからである。


「それに、冒険者なら名前を売るのも仕事みたいなものだ。そうすれば、貴族なんかの支援を受けやすくなるからな。

 だから、特徴的な装備にこだわるやつも結構いる。剣の鍔をフェニックスをかたどったものにしたり、パーティで服に揃いの紋章を入れたりとかな」


 もちろん、杖やローブなどのように、一見無意味そうに見えて、実は属性魔法の効果を高めるためのまじないの意味を持つものを装備しているというケースもある。しかし、その一方で、実用性とはまったく無関係な例も多々あった。


 筋肉質な体をアピールするために上半身は肩当てだけを装備したり、豊満な体をアピールするために水着のような鎧を装備したり、なかには――


「なかには、身の丈ほどの大剣を背負いつつ、短剣で戦うやつがいたなんて話もある」


「へー」


 笑い話のつもりだったが、キャンディスには感心されてしまったようだった。



          ◇◇◇



 二人が鍛冶屋に入った時、店主の親父は工房ではなく店の方にいた。


 しかし、彼は単に店の番をしているわけではなかった。カウンターの中で、木彫り細工を作っていたのだ。


 太い腕や指に似合わず、木材から丁寧に小さな羊を彫り出していく。その上、顔に似合わず、簡略化デフォルメの効いた可愛らしいデザインを目指しているようだった。


「研ぎ直しを頼む」


「あいよ」


 馴染みの客だからだろう。ザルツの依頼に対して、店主のディルはろくに顔も上げずにそう答えた。


「それと、待ってる間、武器を見せてもらっていいか」


「ああ」


 研ぎ直しを依頼する程度で、主兵装のマチェーテもナイフも無事なのに、新しい武器が必要なのか。そう訝しがったように、ディルはようやく彫刻を中断して顔を上げる。


 そして、キャンディスの姿を見て、ますます訝しがるのだった。


「そっちのお嬢ちゃんは?」


「お姫様だ」


「へー、お前さんもやっとその気になったのか」


 ディルは何故か驚いたような安心したような顔をする。


 かと思えば、今度は不躾にもじろじろとキャンディスの目利きを始めるのだった。


「しかし、ちょっと若過ぎやしないか」


 最初の反応といい、ディルはどうも何か誤解しているらしかった。


「お嬢ちゃん、こんな年中モンスターのケツを追っかけ回してるようなやつのどこがよかったんだ?」


「え、えーと……」


 キャンディスはおそらくどこから説明すべきか迷っただけだろう。だが、これを照れているのだと解釈したようで、ディルはからかい混じりの質問を続けるのだった。


「モンスターの習性には詳しくても、女心なんか分かりゃしないだろ?」


「ディル」


「なんとかいう蜘蛛のオスは、求愛のために糸でラッピングした餌をメスに贈る、とかなんとか蘊蓄うんちく垂れるくらいなら、ちょっとは見習って――」


「ディル」


「なんだよ?」


「俺が気取ったこと言うような柄か?」


 恋人なら恋人だと、婚約者なら婚約者だと、そのままの通りに紹介するだろう。そういうやつだと、『年中モンスターのケツを追っかけ回してるようなやつ』だと評したのは、他ならぬディルのはずである。


「……まさか本当にお姫様で?」


「第四王女の、キャンディス・ファイエルラースと申します」


「こ、これは大変な失礼を」


 ディルは鍛冶師という職人でもあるが、鍛冶屋の店主という商売人でもある。政財界――王侯貴族と無関係ではいられない。そのせいか、今更改まった態度を取るのだった。


 どうして一介の冒険者と一国の王女が連れ立っているのか。その事情をザルツは簡単に説明する。ディルはこれに、「お前さんがそんな大層なことをねえ」だとか、「そういうのは先に言えよな」だとか、「早くいい相手を見つけろよ」だとか相槌を打つのだった。


 説明が済むと、ザルツとキャンディスはようやく店内を見て回る。


 最初に向かったのは剣のコーナーだった。


 長短太細さまざまな種類が揃っていて、キャンディスは目移りしているようだったが、ザルツは即決で最も小さい剣――ナイフを一本手に取る。


 しかし、彼女に渡すことはしなかった。


「刃物を扱ったことは?」


「ありません」


「まぁ、そうだろうな」


 キャンディスは今まで自分で髪を結んだことすらなかったのだ。料理のような危険な仕事(・・・・・)をしたことがあるとは思えなかった。それどころか、食事用のナイフさえ使用人任せにしていたとしても驚かない。


 二人がそうして武器の相談をしていると、研ぎ直しをしていたはずのディルが工房から顔を出す。


「そもそも始めから近距離で戦うなんて、お姫様じゃなくても難しいだろ」


「それもそうか」


 リーチが短い武器は、その分だけ相手に接近しなければいけない。特にナイフを使用する際は、モンスターの角や腕に競り負けて、先制攻撃を受けることも多い。そのため、新人の場合、恐怖心から戦いどころではなくなってしまうこともあるのだ。


 言い換えれば、リーチが長い武器には、使用者の恐怖心を薄れさせる効果があるとも言える。


 冒険譚を読んだことで、そういう知識だけは身についているらしい。キャンディスは一丁前に口を挟んできた。


「では、槍ですか?」


「……持ってみろ」


 論より証拠と、ザルツは手近にあった槍を渡す。


 その瞬間にも、キャンディスは最初に剣ではなくナイフを勧められた理由を理解したようだった。


「お、おも……」


 槍はリーチが長い。そして、それゆえに重い。キャンディスの細腕では、持ち歩いたり振り回したりするのは到底無理だろう、とザルツは判断したのである。


「それに、長物は扱いが難しいからな。敵に近づかれたり、狭い場所で戦ったりすると、リーチの長さが仇になりやすい。特に今は森で活動してるしな」


 木の枝が邪魔になって、森の中ではどうしても槍の動きが制限されてしまう。熟練者なら枝をよけるように槍を振ったり、突きだけで敵に対処したりできるが、キャンディスのようなド素人には難しいだろう。


「というか、お姫様には中距離だってまだ厳しいんじゃねえか」


 二人のやりとりを聞きつけて、ディルが再び工房から顔を出す。


「前衛にはお前さんがいるんだし、遠距離用の武器の方がいいだろ」


 今回もディルの言う通りだった。武器の選択には、パーティ内での兼ね合いも重要になってくる。


 たとえば、斧は与えるダメージが大きい分、攻撃後の隙も大きい。そのため、一般的には隙を小さくできるような、腕力に長けた人間向けの武器とされている。


 しかし、パーティを組んでいるなら話は変わってくる。攻撃後の隙をフォローしてくれる仲間がいるのなら、むしろ腕力に劣った人間が攻撃力を上げるために斧を使用するというのもありだろう。


 だから、「戦闘に不慣れなキャンディスには遠距離攻撃を担当してもらって、近中距離での戦いはマチェーテとナイフが主兵装のザルツがカバーするべき」という、ディルの意見は至極もっともなものなのだが――


「……さっきから何舞い上がってるんだ?」


「別にそんなんじゃねえけどよ」


 ディルは「お前さんだけじゃあ、分からんこともあるかと思って」「長いことソロだったわけだしな」などと、ぶつくさ言い訳しながら工房に引っ込む。常連客からの紹介とはいえ、王女が店に来たことが――王族に作った武器を認めてもらえたことが嬉しいのだろう。


 ただ舞い上がっているとしても、ディルの助言は的確で参考になった。


「やっぱり、これかな」


 キャンディスを連れて、ザルツはある遠距離用武器の前まで来ていた。


 その武器は、投げ槍や投げ斧、投石以上に遠くの相手を攻撃できる武器だった。しかも、投げ槍などとは違って、腕を振ったり助走をつけたりするような大きな予備動作を必要としない。そのため、投げ槍から進化した武器だと言われているくらいだった。


「金がかかるのが欠点だが」


「そうなのですか?」


「消耗品だからな。戦場跡でこいつを拾って金を稼ぐのは珍しいことじゃないらしい」


「そういえば、『囮に出した船をこれで攻撃させて、あとで回収して自軍の武器として再利用した』というエピソードを本で読んだことがあります」


 冒険者であって騎士ではないので、戦争についてはあまり詳しくない。だから、ザルツはキャンディスの話を否定も肯定もしなかった。


 ただそういうエピソードが成立してもおかしくないくらい、この武器の調達に金がかかるのは事実だった。


「でも、それならわたくしに向いていますね」


「そうだな」


「そうだな?」


 どうやらキャンディスは否定してほしかったらしい。確かに、親の七光り扱いされたようなものだから、気分のいいものではないだろう。


「ただこの武器もモンスターに近づかれたら困るような気がいたしますが」


「そういう時はさっさと逃げることだな。慣れてきたら、剣か何かの使い方も覚えて、併用していけばいいだろう」


 そう話し合う二人の前に飾られていたのは――


 弓と矢だった。

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