理想の恋文 【月夜譚No.195】
手紙を書こうと思うのに、何を書いたら良いのか判らない。ペンを手にしてから実に三十分、一文字も書けないまま無為な時間が過ぎた。
彼は真っ新な便箋を前に一度ペンを置き、椅子の背凭れに身体を預けて天井を仰ぐ。
今彼が書こうとしているのは、〝ラブレター〟というやつだ。
高校に入学し、仮入部した文芸部で彼はその人に出会った。
落ち着いた所作の美しい彼女は、先輩として新一年生に対して優しく部活動の内容を教えてくれた。丸眼鏡が知的で、背筋の伸びた立ち姿は〝可憐〟という言葉がよく似合う。
彼は一日で入部を決意し、今まであまり触れてこなかった文芸の勉強を必死でした。
彼女は部活動の一環で製作する部誌に載せる分も含めて、自身で何本もの小説を執筆していた。読ませてもらったことがあるが、文芸に不慣れな彼にもイメージができるような美しい文章で、内容も面白かった。
いつか賞を取りたいと笑顔で言った彼女は眩しくて、一段と綺麗に見えた。
今の彼に、あんな素敵な文章を綴ることはできない。どんなに言葉を紡いでも、彼女の美しい文章には敵わない。
だから、どうしても彼女に送る手紙が書けない。
彼は頭を抱え、けれど意欲に瞳を煌めかせる。
まずは、読むだけでなく書くことを磨いていこう。そうすればきっと、いつか彼女に見合う言葉を書くことができるようになるだろうから――。
彼は腕捲りをして、抽斗の底に仕舞ってあった原稿用紙を引っ張り出した。