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第17話:人は人に、何を見る

「おう、休みはどうだ? ちゃんと休めているか?」


 斎藤さんからの第一声は、こちらを気遣うようなものだった。


「斎藤さん」


 オレはその言葉に対して返さず、彼の名を呼んだ。

 失礼と言われてしまうような態度だったが、斎藤さんは真剣なオレの雰囲気に気付いたのか、ひとつ咳ばらいをし、言葉を続けた。


「あれから二週間……まあ、お前の中で整理がついたのか……休んでいる状況に苦しくなったのか。どっちかはわからん」


 落ち着いた口ぶりでそう話す彼は、オレに選択を促す。


「もう一度、聞くぞ」


 これがオレの、この会社で働く人間としてのオレが選ぶ、最後の選択だった。


「――お前は、どうしたい?」


 それは『これから』を決めるための分かれ道。

 自分で決め、自分を決めるためのもの。


 社会人としての生活。

 これに馴染み辛かったオレは、ただでさえ困難なノルマを体と心を犠牲にしながら追い求め、辿り着いた先は記憶を失う破滅の道だった。

 自分を助けるため。あの日のカオルの言葉を頼りに進んでみたが、結局失敗してしまった。


 ――いや、全てが失敗ではない。


 例えば両親。

 二人の存在は、社会人になる前と後では天と地の差と言えるだろう。実家を出る直前まで冷たく、ただの重責でしかなかったその存在が、今では暖かく、共に悲しみや苦しみを分かち合えるかもしれないと、そう思えるようになった。


 初めての上司や先輩。

 彼らは最初からオレを包み込み、何もかもが足りないオレを導いてくれた。褒めるべきところは褒め、叱るべきところは叱る。素晴らしく人間性の整った人達であり、オレが今後目指すべき先輩、上司とはこういうものなのだと、その姿を以って示し続けている。


 そして、友達。

 お互いがお互いのことを知らない、現代的な人間関係。だがそれでも友達の力になれることを証明し、人が一人では生きていけないことを感じられた。誰かの言葉によって立ち上がる力。己を鼓舞し、己の膝を叩き、笑って泣きながら幸せを目指す。その大事さを教えてくれた。


 この歩いてきた道には、無駄がある。オレが躓き、転び、傷を作り、涙を流させた石ころが沢山落ちている。

 だがその石ころの中には、宝石みたいに輝く石がある。他人から見たら無価値で、ただ少し周りより綺麗なだけかもしれない石ころが、オレにとってはどんな宝石よりも温かく輝き、オレの瞳に焼き付いている。

 正直に言えば、今いる道を進み続けるのは、恐怖以外の何物でもない。

 拾い集めた大事なものを、記憶を、ばら撒きながら進むのだから。


 だが、それでも。


 オレは拾ったものを眺めながら、思う。


 ――この先には、どんな綺麗なものが落ちているのだろうか。


 オレはこれまで、一人で頑張ってきた。その途中で、色んな人に助けてもらった。

 だから今度は、オレは求めて良いのだと思う。

 この人なら助けてくれる、この人なら一緒に悩んでくれる。こんな打算的な考えでも構わない。そうして零れ落ちたものを拾いながら、先に進むのだろう。


 ――『期待』しても良いのだ。


 期待に応えたいから頑張っている自分が、他人に対して期待をしてしまうのが許せないから。

 だからいつも一人で考えて、悩んで、泣いて、気付いたら周りに人が居る。そんな状況になるのだ。

 甘えることと、期待することを履き違えていたのかもしれない。


 期待してみよう。

 オレがオレのまま、頑張り続けられるような環境を用意してくれることを。

 悩んでも泣いても、助けてくれる人達に囲まれて良いと言ってくれることを。

 

「――斎藤さん」


 ひとつ呼吸を整え、もう一度言葉を紡ぎ出す。


「病気、治したいんです」

「…………」


 電話の向こう側で、斎藤さんが息を呑む音が聞こえた。

 もしかしたら、勘違いさせたかもしれない。治したいのであればストレスの元を断つべきだと、医師からそう言われたと彼には伝えてある。だから、治したいという言葉だけを先行させれば、きっと彼にとってあまり望んでいた答えじゃないのかもしれない。

 だからオレは、訂正の意味も込めて、真意を語るために言葉を続ける。


「だって治さないと、皆さんに迷惑をかけるだけですからね」

「……お前……」


 これが、オレの選択だ。

 期待しているから、もっと期待していて欲しい。それに、応えたいから。


「オレ、病気治して、この会社で頑張りたいです」


 伝えたいことは伝えた。いたたまれない感情は、既に無い。

 これが真意だ。


「――よし」


 斎藤さんがひとつ、力強く呟いた。その言葉は彼自身に対してのものなのか、オレに対するものなのかはわからないが、マイナスな感情は一切ないものだった。


「わかった」


 電話の向こうで頷いている姿が目に浮かぶ。きっといつも以上に、見惚れてしまうような表情だろう。


「任せろ」


 そして次の言葉は、実の父親以上に父らしい頼り甲斐と、強さが秘められていた。


 期待して良かった、と。

 心の底から思った。






 ――だが時に現実とは、事実を以って人を跪かせるものなのだと。


 ――オレは、思い知らされた。



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