5話 転移魔法の代償
その日の夜。
家族とテレビを見ていると、ふと母さんが立ち上がった。
「そろそろお風呂沸かすわよ」
「あ、ちょっと待って」
「雪那、どうしたの?」
「体は俺の洗浄魔法で綺麗にすればいいよ。あと、洗濯物もね」
洗浄魔法は人や物の表面に付着した汚れなどをマナに分解する魔法だ。この魔法さえあれば一瞬で体が綺麗になるので、風呂や洗濯は手間になる。
異世界では俺もこの魔法を覚えてからは水浴びをしなくなったし、服もずっと同じローブを着ていた。
今日からこの家に居候させてもらう分、このくらいでは役に立ちたい。俺は戸籍上では死んだことになっているし、働くのも難しいだろうからね。
「まあ、魔法ってそんなこともできるのね」
「うん。風呂、洗濯、歯磨き、食器洗い、掃除は、これから俺に任せてよ」
「まあまあ、家事がだいぶ楽になっちゃうわ」
それに、俺は洗浄魔法だけでなく解毒魔法や回復魔法も使える。病気や怪我は一瞬で直せるから、家族の健康は約束されたようなものだ。
というわけで、さっそく家族と洗濯物に洗浄魔法を使ってみた。
「おぉ〜、いい匂い!」
服の匂いをかいで喜ぶ妹。
いい匂いがするのは、洗浄魔法が汚れだけを選んで分解しているからだ。本当にチートな魔法だな。
といっても、柔軟剤の成分は時間が経てば薄まるだろうし、たまには普通に洗濯をした方がいいかもな。
ところで、今魔法を使ったことである重大な問題が発覚した。
「血の減りが速いな」
吸血鬼は魔力がない代わりに体内にある他人の血液を魔力に変えて魔法を使う。
その変換を行うとなんとなく体の中の血液が減った感じがするのだが、その減りが今までに比べて異常に速いのだ。
血のおいしさや魔力変換の効率は、吸血する際のお互いへの好意に依存する。ユーリアの血はめちゃくちゃおいしかったし、ユーリア以外のかわいい子たちの高効率な血も体にたくさん溜まっていたはずなのだが、それが今にも尽きてしまいそうだ。
思い当たる原因は1つある。
この世界に来る際に使った転移魔法。
この魔法は『自分の体を分解して、転移場所に構築する魔法』とユーリアは言っていた。
つまり、今俺の体内にある血は魔法で作ったものだ。そして、転移魔法を使う際はそんなに多くの血を消費してはいなかった。
もし少ない血の消費で作った血を変換した魔力が、作ったときの魔力消費量より多ければ、魔法で魔力を無限に作り出せるということになってしまうし、それはおかしいことだ。
ということは、直接吸った血には魔法では作れない何かがあって、その何かの影響で変換効率が高いのではないだろうか?
この理論なら、今体内にある血の変換効率が低いことに説明がつく。おそらく、今血を変換して作れる魔力量は、血を作ったときに使用した魔力量と同じかそれ以下だ。
まあ仮説の域を出ないけどね。
それよりも、この状況をどうするかの方が重要だ。
どちらにせよ、毎日洗浄魔法を使うならいつか血は無くなるし誰かに血を頂かなければならなかったが......
俺はできることなら、妹の血を飲みたい。
言った。
「妹よ、血を吸わせてくれないか?」
「え?いいけど」
うおおおお!まさかの即OK!
絶対に妹の血はおいしい。なんせかわいいからな!
肩に髪が届くくらいのボブカットで、活発そうな見た目。性格も明るく人当たりがいいため、学校でもモテていることを俺は知っている。
俺もそんな妹を生前から可愛がっていた。まあ、妹には嫌われていたがな!おかしいな、抱き締めることで普段から愛情を表現していたんだけどな。
しかしどうだろう。俺が地球に帰ってからは、明らかに俺への当たりがマイルドになっている。女の子になったからかな?一度トラックにも轢かれてみるものだな。
「いいのか?」
「うん、魔法を使うのに必要なんでしょ。あ、私も吸血鬼になるとかはないよね?」
「いや、吸血鬼になることはないし俺の眷属になるなんてこともないよ」
「なら、いいよ。どうぞ」
妹は首を傾けて襟を引っ張り、首筋を晒した。
そのポーズは吸血鬼に効果抜群だ。
例えるなら、くぱぁ......だ。
俺の理性はログアウトし、すぐさま首筋に噛み付いた。
「ひっ!?」
おぉー!うまい!これが妹の血か。
異世界人のとはまた違った風味がする。
それになんだろう?血を通じて伝わる妹の感情はすごく穏やかだ。安堵?嬉しさ?俺に向けられる感情が、とても好意的なことが伝わってくる。
今までは吸血鬼に対するマイナスの感情の味しか知らなかったから、初めての感覚。こんなに心地いいのは初めてだ。これは今までで一番美味しい。
......ところで、妹の体がびくんびくん言ってるけど大丈夫だろうか?
「ぷはぁ」
美味しかった!最高だ!
これならかなりの変換効率なんじゃないかな?毎日洗浄魔法を使うにしても、結構長持ちするだろう。よってしばらく血は必要ないが、毎日でも頂きたいほどの美味だった。
「大丈夫か、妹よ」
どうやら妹は腰を抜かしているようで、腕を離すとびちゃっと尻もちをついた。
......ん?びちゃっ?
「うわっ!?」
床が水浸しになっていた。
◇
「ひっぐ、もうお嫁にいけないぃぃ」
我に返った妹は泣いていた。泣いているところもかわいいよ。
「大丈夫。異世界でもちょっとちびっちゃう子はいたから。それに洗浄魔法ですぐキレイにできるし」
「そこじゃないよぉ」
「え?じゃあなんで?」
「うるさい、バカ!」
??
よくわからないけど謝った方がいいのかな?
「ご、ごめん?」
「うぅぅ、この変態!バカ!変態バカお兄!」
「えぇ?」
血液の魔力変換効率についての詳しい設定。
物語に関係ないので読まなくてもいいです。
直接吸った血には魂的なものがついてきて、それがないと魔力変換効率が低いです。
ついてくる条件は、吸血鬼が直接口をつけて吸うこと。
吸血する・される時に生じる快感はこの辺りに関係があります。
魂は、あらゆる生物が持っている器官で、その役割の一部に魔力を生成することと、生成した魔力を体に留めることがあります。
吸血鬼の魂にはこの留める機能がなく、代わりに他人の血液を魔力に変換する機能があります。
で、その変換の工程で他人の魂が干渉すると変換効率が高くなり、その度合いは吸血する時のお互いへの思いにより高まります。
魔法で直接魂に干渉するのは不可能で、転移魔法を使えば魂は置き去りになるけど、すぐに持ち主の元まで飛んでいきます。
雪那の体内の血液に留まっていたユーリアの魂も、ユーリアの元に帰っていったので、変換効率が低かったのです。
自分を分解して転移場所に構築するなら、それって別人じゃないかと思った方もいるかもしれませんが、魂が同一なので、同一人物足り得るのです。