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婚約破棄された幼馴染みと、召喚された救世主を元の世界に戻します

作者: 如月霞

10/26 題名変更しました(長過ぎてリストになった時自分が分かりにくいので)

内容は一切変わりません。

「婚約破棄されちゃった」


目の前で幼馴染みがしょんぼりと頭を下げた。でっかい生き物に目の前で凹まれると邪魔なので厨房から押し出し、カフェコーナーの一番奥の席に座らせる。

勝手に来て、勝手にしょんぼりするやつに出すお茶もケーキも無いけれど、お金を払ってくれる客なら大歓迎だ。勝手に幼馴染みが好きな、ミルクティとチョコレートケーキを目の前に置いて、当然ケーキ皿の下に伝票も忍ばせる。


「仕事終わったら話聞くから、追加注文はスタッフに言ってね。大歓迎だから、うちが儲かるから」


凹んでいる幼馴染みが状況を話したがる程度に浮上したのは、私の仕事が終わりかけるちょっと前、テーブルから私の仕事場である厨房をチラチラ見ている。ウザい。仕事終わったら話を聞いてあげるって言っただろうが、すっとこどっこいめ。

厨房はお客さんの購買意欲と食欲増進する様に、安全安心な製菓作業を見て貰うためにガラス張りになっている。その為、奴の視線はガラス越しに私の動きをターゲット。何と言うワガママジュリエット。


「ゾフィー、もう上がって良いぞ。アロイス君の話を聞いてやれ」

「父さんはアロイスに甘いのよ」

「婚約破棄とか可哀想だろ」

「可哀想だろうが何だろうが、仕事を中断する程でも無いでしょ」

「今日の分はもうオーブンに入ってるだろ」

「うーん、仕方ないなあ」


着ていた白衣を脱いで父さんに渡す。

厨房で水分補給に使っているマグカップに紅茶をたっぷり注いだ物と、売り物にならないちょっと焦げた焼き菓子をトレーに載せた物を持って、アロイスの前に座る。


「で?」

「でって、酷いよゾフィー、僕は傷ついてるんだよ」

「だからどうしろって言うのよ。アロイスの婚約者、じゃなくて、元婚約者は第7王女殿下でしょ?平民の私が出来る事なんて話を聞くだけよ?大体23にもなって僕って言うな」

「ううううう」


幼馴染みのアロイス・ヨハン・トリーベルグの家は代々近衛騎士として我が国オルターラントの王族に仕えている。騎士団長では無く、騎士団員。代々目覚ましい功績も無いけれど、誠実で平均以上の剣の腕を持ち、平均よりもかなり整った容姿をしているので、一代限りの準貴族である騎士爵を叙任された父親のコネで息子が騎士団の見習い学校に入り、優秀な成績を取って騎士に叙任されると言う事を続ける一族だ。


アロイスも10歳で見習い学校に入り、15歳で騎士団員、そして16歳の時に第7王女に気に入られて王女の近衛騎士に取り立てられ、イケメン大好き王女のゴリ押しワガママが炸裂、上に6人も王女いるから1人くらい騎士に降嫁しても良いよね、寧ろワガママで煩い第7王女を押し付けちゃえ的な感じで婚約と相成ったらしい。

それから7年、婚約時11歳だったが王女18歳アロイス23歳となった今年、異世界からの聖者召喚があった。その聖者が王女のハートを掴んでしまった。ガッツリと。


「王女、凄いね、ギリギリだったね、今年貴族学園卒業だから卒業後に結婚する筈だったのにね」

「タカノハラ様は断っているけど、陛下が王女殿下と結婚させるって説得してるんだ」


御歳26歳の聖者はタカノハラリョウヤ様。召喚後の歓迎パーティーで第7王女の近衛騎士としてアロイスが護衛中、王女と共に紹介されたのは良いけれど、そこで王女がアロイスよりもタカノハラ様の方が素敵!とロックオン。次の日には王女の近衛騎士の任を解かれ、タカノハラ様の護衛に配置換えになった。護衛中にタカノハラ様が甘い物が好きと聞いて、私の作ったスイーツ類を納めた所気に入って貰えて『聖者様御用達』として我が家も儲かっている。ありがたい。

こっそりお店に来てくれる事もあるけれど、黒髪黒目でシュッとした輪郭に涼しげな目元が印象的な実年齢よりも若く見えるイケメンさん。アロイスはプラチナブロンドに紺の垂れ目、イケメンの方向が全然違う。クールイケメンに負けた甘ったれ風イケメンな幼馴染み、生きろ。

スタイルも、タカノハラ様が色白で高身長の線の細い美青年風なのに対して、騎士であるアロイスは大柄で陽に焼けたマッチョだから対照的だ。タカノハラ様タイプの顔はオルターラントであまり見ない。

芸術やマナーや魔術を学ぶ貴族学園に通っている王女の本当の好みが、頼りになるガッチリ騎士より繊細な美青年というだけで、決してアロイスがブサイクになった訳ではない。王女の好きなタイプど真ん中が今まで周りにいなくて、ちょっと中心から外れているけれど一番好みのアロイスと婚約していたけれど、完全ど真ん中が現れたから乗り換えた。ワガママな王女なら当然の行為だし、解放されて良かったと思うけどな。


「話は聞いてやったから帰れ」

「酷いよ、慰めてよ」

「やだよ、めんどい」

「幼馴染みじゃないか」

「家が隣なだけだよね?しかも私の方が4歳も年下だよね?」

「小さい時に可愛がってあげたよね?」

「うちの家族がパティスリーの仕事で忙しくて、適当に1人で遊んでいる私を確保して、シッターとしてのお小遣いと売り物にならないお菓子を手に入れる手段だったよね?」

「可愛かったゾフィーはどこに行ってしまったんだ」

「うっさい」


ウザいイケメンは悪だ。


「アロイスなら直ぐ新しい婚約者も見つかるから大丈夫だってば」

「でももう23歳だし、ゾフィー、お婿さんにしてくれない?」

「はぁ?王女がダメだから私って事?」

「違うよ、僕はゾフィーがずっと好きだったんだよ。だけど王女との婚約を断れないだろ、破棄されたのはショックだったけど、もう自由なんだから素直に告白してるんだよ」

「僕言うな、それと涙目で人の手を触るな、手や髪にキスするな、流れる様にアプローチするな」

「ゾフィーは僕の事嫌い?」


うーん、嫌いでは無いな、ウザいけど。私が12歳の時にアロイスが婚約したから、恋愛対象という枠に入って無かったし、その頃にはもうパティシエールとしての修行をしていたから、恋愛自体に縁も無かったし。そして気がつけば現在19歳、20過ぎて結婚しておらず婚約者すら居ない女性は馬鹿にされるのが我が国オルターラントだったりするのです、ああ、行き遅れリーチな私。

でも仕事があって儲かれば私は幸せ。いやっふー。


「ゾフィー、アロイスの坊ちゃんと結婚したら良いじゃないかー。うちは大繁盛してるし、トリーベルグのやつはいい奴だから、義理の娘が平民でも気にしないよ」

「父さん、トリーベルグ様は騎士だから、やつとか言うな」

「でもさっき、トリーベルグんとこの執事さんが来て『坊ちゃんとゾフィーちゃんの結婚をご主人様一家、侍従一同楽しみにしております』って言いながら、焼き菓子大量に買ってったぞ」

「堀からガッチリ埋めるな、お前ら」

「言葉遣いは悪いけれど、優しくて気風が良くて男前なゾフィーが大好きだよ」

「褒められてる感じが一切しない。後、抵抗しないからって頬をくっつけんな」


私の手を包んでにぎにぎしていた手を離し、アロイスが隠しポケットから緑色の石みたいな材質の大きな指輪を出して来た。


「これね、タカノハラ様から預かった物なんだけど」


アロイスがぐっと小さな声になり、顔を近づけ耳元に口を寄せて話だした。一瞬、反射的に殴りかけたけど、タカノハラ様の名前が出たので振り上げた手を止めた。

その手をアロイスがそっと握りしめ、指輪を私の手の中に入れて包んでくる。確かに、タカノハラ様関係の物なら貴重な物だけど、何で私に?


「ゾフィーにお願いがあるんだって。ちゃんとお礼するから明後日のお昼に指輪を握って『転移』って念じて欲しいんだって。そうすると、フォアーベルの滝の裏にある洞窟に着くから待っててって。やってくれたらタカノハラ様の知っているお菓子のイラストを複数くれるって」

「やる」


タカノハラ様は元の世界でグウジという神官をしていたので、スイーツは好きだけれどレシピそのものは知らない。けれど、異世界のお菓子をイラストと文字で説明した物を持って来て「こんな感じのお菓子を作って欲しい」と言って出来上がったものにちゃんと材料費と手数料をたっぷりくれる上に店での販売も許してくれる良い人だ。

珍しい異世界のお菓子は売れる、儲かる。そんなお菓子のイラストを複数、確実に儲かる。知らないデザートを作れるのはパティシエールとして楽しい、そして儲かる。

しょんぼりアロイスの本気か冗談かわからないプロポーズみたいなものは取り敢えず保留という事にして、第7王女に狙われている聖者タカノハラ様の為に、我が家の儲けの為に、私は指輪をガッツリ握ったのだった。


ーーーーーー


寒いし煩い。

ズドドドドド、ズドドドドド、ズドドドドド。

滝はドウドウと鳴り響く。煩い。そして滝の裏の洞窟は、ひんやりとしていて寒いし、湿気も凄い。早く出たい。持って来た非常食のクッキーが湿気ってる気がする。持って来た温かーい紅茶もあっさり飲み切った。帰りたい。

約束通り、お昼に指輪を握って『転移』と念じてやって来た滝の裏は、平凡な人間が待ち合わせに使うには大変不適格な場所だった。しかし、異世界のお菓子の為なら頑張れる。何とか座れる飛び出した岩に腰掛けて、寒さをごまかす為にバタバタと足を振っていたら白い光に包まれてタカノハラ様が出現した。


「こんにちは、エッシェンさん。今日は私のお願いを聞いてくれてありがとうございます」

「どういたしまして、お菓子のイラスト下さい」


私が笑顔で差し出した手に、柔らかな微笑みを浮かべつつ、ノートを載せてくれるタカノハラ様。良い人だ。先渡し、万歳。


「では帰ります」

「お待ち下さい、もう一つお願いがあるのです。叶えて下さったら私がこちらで手に入れた財産を差し上げます。それとこの世界に召喚された時に持っていた物も差し上げます。必要なら更にお菓子のイラストを」

「取り敢えず検討します」


タカノハラ様の表情が一気に明るくなった。聖者タカノハラ様のイメージはいつも微笑んでいる人だけれど、今は本当に嬉しいといった顔。私も本当に嬉しい顔をしていると思うけどね。


タカノハラ様はオルターラントの豊穣の祈りの為に召喚された。オルターラントはここ3年凶作が続き、国が備蓄していた穀類も残り少なくなり、パティスリーである我が家も材料として買い付けた倉庫の在庫が心許なくなっていた。

召喚された聖者が大地に祈れば豊穣の祈りになり、天に祈れば安定した天気の祈りになり、山に祈れば火山噴火を防ぐ祈りになる。因みに正式には救世主召喚で、男性が召喚されたら聖者、女性が召喚されたら聖女と呼ばれる。


でもね、私個人は救世主召喚は好きじゃない。だって、凶作だったら国が他国と交渉して食料を輸入すれば良いし、天災はどうしても起きるものだからそれはそれで仕方が無いと思う。もしもの時の備えをしておくしかない。聖者の祈りは自然を曲げる気がするんだよね。豊穣の祈りを毎年行うと、祈りが捧げられなかった年は大凶作になるし。聖者召喚にかかる魔力は大量らしいから、凶作程度だったら普段私達から徴収している税金や、貴族の領地から上がる収入で対応すれば良いと思う。

まあ、単なる平民の考えなので思うだけだけど。


そんなこっちの勝手な理由で召喚されたタカノハラ様からすれば、それこそ人災誘拐なのに、それでもグウジとして祈ってくれている。祈らなかったら何をされるかわからない状況だけど。

今まで召喚された聖者と聖女が、すんなり祈ってくれたと言う実績があるのも良くない。異世界から誘拐されているのに、国の危機なんですぅ、と言われて助けてくれる人が選ばれて召喚される強制力でも働いているのだろうか?それとも、初めは拒否したけど脅されて祈った人の事は国民に発表されていないだけだろうか。何それ怖い。


「エッシェンさんは裏表が無いですよね。納得がいって益になるのならやる、気に入らないならやらない。だから私は信用している貴方にお願いしています」

「でも私や家族の命が危ないなら出来ませんよ。聞いた話は漏らしませんが」

「私は元の世界に帰りたいのです」

「帰ったら良いじゃ無いですか、と言いたい所ですが、帰れない理由があるんですよね。そしてそれは私が協力して解決出来るかも知れないと言う事ですね」

「そうです。私が召喚された時、守護神から帰還魔法も授けられました。オルターラントの守護神から語り掛けられ、国の願いをいくつか叶えると守護神から授けられた指輪の色が黒から緑に変化するので、そうなれば付与された帰還魔法を発動させられると。でも全く発動しないのです。原因を探った所、規模は分かりませんが帰還妨害の結界が張られていることがわかりました」

「酷え」

「ですので、エッシェンさんにどんな理由でも結構ですので国外に出て、指輪で私を召喚していただきたいのです。そうすれば私はそこから元の世界に帰還出来ます」

「指輪でって、これ?」


私は預かっていた指輪を見せた。


「それです。それで私を召喚できます」

「もしかしてこの指輪が守護神様から授けられた指輪?」

「そうです」

「ぎゃー!」


なんてもんを渡して来やがるんですか!貴重品どころか、神器じゃないですかーっ!


「無くしたらどうするんですかっ?」

「今は私の意思でエッシェンさんに紐付けされているので大丈夫です」

「ぎゃー!何で勝手な事してくれてるんですかーっ!」

「他に頼める人がいないからです」

「行きつけのパティスリーのパティシェール以外で、もっとこう付き合いがあって信用出来る人はいないんですか?」

「いないからお願いしているのです」


涼やかな目元を飾る長い睫毛を伏せ、小さくため息をつくタカノハラ様。いないのか。いないんだな。

アロイスは王女の近衛騎士だったし、王族の命令は絶対だから直接頼む訳にはいかないよね。私なら、平民だし、店の材料の仕入れと他国のお菓子を勉強しにいくといえば疑われずに他国に行ける。


「仕方が無いですね。タカノハラ様には国を守ってもらいましたし、ちゃんとお礼してくださる方ですから協力します。二週間待っていただけますか?二週間後に召喚します。もし二週間後無理だったら諦めて下さい」

「少なくとも移動中に危険な事は無い筈です。指輪に守護の力が付随されていますから」


そうですなー。そうですよねー。神器ですものねー。


「私は困っている方を助ける事に異存はありませんが、好きでも無い方と結婚するつもりはありません。お互い不幸になりますし、私には婚約者がおります。祈りを捧げたら帰っても良いと言う約束を違えるのであれば、それに合わせた対応をするまでです」

「それは、ええと、オルターラントの国民としてごめんなさいです」

「エッシェンさんが謝罪される必要はありませんよ。不誠実なのは王とその周囲ですからね。お願いを聞いていただいて感謝致します」


頼んでも無いのに召喚されて、関係無い世界の為に祈りを捧げて戻ろうとしたら、邪魔をされた上に許嫁がいるのに好きでも無い王女に迫られるとか、地獄だ。王様は馬鹿なのかな。

タカノハラ様からお礼の品を先に渡され「エッシェンさんが危ない目に遭うくらいなら中断して下さっていいですからね」と優しく微笑まれたら、ちょっと頑張っちゃおうかなという気分になった。優しいタカノハラ様と幼馴染みを酷い目に合わせた事、ちょっと許せないもんね。


ーーーーーー


「ねえ、仕事はどうしたのよ?」


ゴトゴトとオルターラントの隣の友好国ファシュタームに向かう馬車の馭者台に、何故か私と並んで馬を駆るアロイス。


「無理やり休暇を取らされた。1ヶ月もだよ。王女殿下に婚約破棄されてリョウヤ様の護衛で味方になった僕が邪魔みたい。殿下が陛下にリョウヤ様との婚約を願い出て、陛下から話をされたリョウヤ様は自分は異世界人だから王命に従う必要は無いって揉めてる。殿下はリョウヤ様を諦めていないし」

「ふーん。空いてる方の手で私の手を握らないでね」

「だからね、ゾフィー僕と結婚して下さい」

「何がだからかわからないんだけど、腰に手を回すのは止めて、くすぐったいから」

「だってさ、リョウヤ様が元の世界に戻れたら、王女殿下が大人しくしてると思う?絶対僕が悪いって言われるよ?婚約破棄が破棄されたらもっと嫌だよ。僕はもう王女殿下と結婚したく無いんだから」

「破棄が破棄って何よ?それと髪にキスするの止めてね」

「リョウヤ様が帰る前に僕と結婚して下さい。そしたら離婚させてまで殿下と結婚という事は無いから」

「あのさ、王女と結婚したく無いから私と結婚するの?」

「違うよ!僕はゾフィーが!」

「危ない!危ないから!手綱から手を離さないでっ!」


慌ててアロイスが離した手綱を掴むと、両手が空いたアロイスに抱きしめられた。ぎゅー。と思ったら、頬や目元にキスをしてくる。邪魔。こっちが動けないからって、やりたい放題だ。

結局移動中、ずっと愛を囁きつつ直接攻撃された。今はそういう場合じゃ無いのに。移動12日目、いい加減面倒になったので朝の出発から「眠い」と手綱を押し付けてキャビンの座席に転がっていたら本当に眠くなって気がついたら昼でファシュタームに入国していた。アロイスのマントが体に掛けてある。こういう所は紳士的なのに未婚の娘である私に対する距離感がおかしいのは何でなのか?


ファシュタームのちょっと大きな街に到着して、町外れの大きな宿に馬と馬車を預ける。チェックイン時に部屋を二つにするか一つにするかで揉めたけれど、アロイスの「リョウヤ様の大切なお願いを受けた私を護衛する」という主張に納得がいったので、同室で我慢する事にした。

パティスリーに必要な物を食品商会で買い付けて、宿に届けて貰う様に頼んでから、アロイスと綺麗な川と森があると聞いた町外れに向かってぶらぶらと歩く。


「誰もつけて来たりしてない?」

「大丈夫だと思う」


しばらく歩くとピクニックに良さそうな綺麗な川についた。街から川を挟んで反対側が小さな森になっている。ここならタカノハラ様を召喚しても目立たないと思う。

川の見える原っぱに座ろうとするとアロイスがマントを脱いで敷いてくれた。


「私の服はちょっと位汚れても大丈夫よ」

「僕が嫌なんだよ。ねえ、ゾフィー、僕はこの街に来るまでの間、ずっと君にプロポーズして来たけど本気に思われてない?」


さらさらしたプラチナブロンドが、紺色の垂れ目に流れてかかる。私の前に両膝をつき、私の左掌にキスを落としてから私を見上げて視線を合わせて来た。小さな頃から同じ、困った時に浮かべる大型犬がしょんぼりしている様な表情。


「僕はずっとゾフィーが好きだったよ。王命で王女殿下と婚約をしてもずっと特別なのはゾフィーだった。ゾフィーが恋愛に興味が無いのは知ってる。だって、ずっと幼馴染みとして側にいたんだから。だけど、僕にはもう婚約者はいないし、ゾフィーも19歳で多くの求婚を受けているだろ。他のやつにとられるのは嫌だ」

「へ?何それ?」

「何って、他の男と結婚しないで欲しい」

「そうじゃなくて」


私が眉間にシワを寄せて首を傾げると、釣られたのかアロイスも首を傾げた。


「私誰にも求婚されてないわよ?」

「あれ?知らないの?エッシェンさんから聞いてないの?」

「何を?」


アロイスは大きなため息をつくと、私の髪を頬を腕を撫でてから、ギュッと手を握った後、また掌にキスをした。


「パティスリーエッシェンの可愛らしいパティシエールは、街の若い男達にとても人気があるんだよ。本人である君は気がついてないけどね。今は僕がエッシェンさんにお願いして求婚を断ってもらってる。僕がまだ王女殿下と婚約していた時は、エッシェンさんから君に話があった筈だけど?」


んー?

あ、そういえば、父さんが花屋の何とかやら肉屋の何とかやら雑貨屋の何とかやらとにかく何とかやらをどう思う?とか聞いて来たりしてたっけ。どうも何も、街の仲間だよねって答えてたわ。

それかー。父さんも母さんも呑気だから、娘が行き遅れになっても気にしないタイプだから、単なる質問で終わってたのね。


「そういう内容だと思ってなかったわ」

「ゾフィーはそういう人だよね。僕は仕事に一生懸命で、優しいソフィーを愛している」

「ふえっ?ええと、騎士のアロイスと平民の」

「それは関係無いって言ったよね」

「私は髪もアッシュグレイで」

「光があたるとキラキラ反射して綺麗だよね」

「目も暗い緑で」

「吸い込まれる様な魅力的な泉の色だよね」

「手もガザガサで」

「働き者の手だよね。でも気になるなら僕が毎日マッサージしてクリームを塗るよ。可愛い君の大切な手を触れるから僕ばかり得をするね」

「うううううう」

「ねえ、その可愛らしい唇にキスをしても良い?」

「うううううう」


私の幼馴染みは、私よりずっと大きかったけれど、人懐っこい大型犬みたいな感じで、好きとか愛してるとか、そういう風に考えた事が無くて、だから、ええと。


「距離感!」


ごす。

私の正拳突きが膝をついているアロイスの胸元に突き刺さった。


「ねえ、ゾフィー、僕は騎士なんだよ。君の可愛い攻撃は全部受け止められるよ」

「ぎゃあああああ」

「わかったよ、キスは我慢するから結婚して下さい」

「何でだ!」

「愛してるから」

「うきいいいいい」


ええと、婚約破棄されたから結婚したいんじゃなくて、アロイスはずっと私が好きで、今は愛していると言っていて、結婚で、キスで、アッシュグレイで、騎士で、距離感で……。


「一つ聞かせて、アロイスが騎士団で立場が悪くなったら、今まで苦労して騎士になったけど騎士爵を返上してパティスリーに婿入りする事は出来る?」

「ゾフィーがそれを望むのなら」

「わかった!今すぐ聖堂で婚姻届を出す!」

「えっ?ちょっと待ってゾフィー、何で急に?」

「アロイスは私が好きで愛しているのよね?」

「う、うん」

「私と結婚したいのは王女の代わりでも無いし、いい歳なのに婚約者がいないからでも無いし、タカノハラ様が帰ったら王女と結婚させられるのが嫌だからじゃ無いわよね?」

「ええと、そう、ゾフィーだけを愛してる」

「よし!問題無いから婚姻届を出しに行くわよ!後で問題があったら離婚すればいい話だし、婚約破棄の破棄なんてさせない。私と先に結婚しちゃえば、アロイスはもう結婚出来ないものね」

「待って、ゾフィーはそれで良いの?僕の為に犠牲になる必要は無いんだよ?」


だーかーらー。何でこう最後まで押し切れないのかな、私の幼馴染みは。

プロポーズをして来たのは自分なのに、私の事を心配しだすなんて。でも、そんな幼馴染みだから、ウザいし、大きくて邪魔だし、単純でお人好しだけど。

私は紺色の瞳とキラキラ光を帯びた長い睫毛の上、アロイスのまぶたに素早くキスをした。


「ねえ、知ってた?私、アロイスにこんな風にキスを出来る位、アロイスの事を大切に思っているのよ?」


アロイスの顔が真っ赤になった次の瞬間、両手で顔を覆って、崩れ落ちた。全く、自分が私に何をして来たか、ちゃんとわかっていたのかしらね。プラチナブロンドの隙間から覗く耳まで真っ赤になっている。


ーーーーーー


約束の日に無事タカノハラ様を召喚する事が出来た。それまで宿に泊まっていたけれど、大切な約束を守る為にアロイスはちゃんと距離感を守って、ソファで寝てた。騎士って野宿も出来るもんね。


「リョウヤ様、気をつけてお帰り下さい」

「ありがとう。アロイス君もエッシェンさんも元気でね。これあの後描いたイラストとか残りのお金とか」

「わざわざ追加のお礼まで、ありがとうございます」


タカノハラ様が指輪を掲げると、空間に大きな歪みが生まれた。アロイスが私の肩をぎゅっと引き寄せる。歪みの向こうには、綺麗で不思議な形の建物と、黒髪の女性の後ろ姿が見える。タカノハラ様の優しい笑顔が破顔して嬉しい気持ちが溢れている。

そうか、あの方がタカノハラ様の大切な方で、そして、タカノハラ様の帰りを待っている。


「お幸せにタカノハラ様」

「君達もね。エッシェンさん、アロイス君が私と一緒にいる時にね、ずっと可愛くて面白くて素敵な幼馴染みの話をしてくれていたよ。自分は王命で大切な幼馴染みを見守る事しか出来ないけれど、タカノハラ様は必ず大切な人の所に戻れる様にしますってね」


アロイスを見上げると、また真っ赤になっている。


「私達、タカノハラ様を待っている間にこの街の聖堂で婚姻届を出したんですよ」

「え?そうなのかい。では戻ったら君達に神の祝福がある様に祈るよ。私の大切な人とね」


タカノハラ様は空間の歪みに消えていった。歪みがゆっくりと消えていく中、タカノハラ様が大切な人と抱き合う姿を見て、私とアロイスは幸せな気持ちになった。本当に、良かった。


その後、また12日かけて家に戻った。

アロイスの家で結婚の報告しようとしたら、ファシュタームの聖堂から先に婚姻締結の届が来たそうで、トリーベルグのおじさん、じゃなくて義父さんがアロイスに「ゾフィーちゃんの両親の許可を後回しにするなああああ!」と激しいパンチをかました。アロイスが吹っ飛んだ。義父さん強い。義母さんや使用人の皆さんにも大喜びされて、執事さんが私の家にダッシュして両親を呼び、パーティーに突入した。


「可愛いドレスも作りましょうね」

「商売人仲間にもお披露目しないとね」

「結婚式なんて何回やっても良いんだから」

「そうよ私達が楽しむ為の式なんだから」


義母さんと母さんに可愛がられまくる私と、義父さんと父さんに拳で可愛がられるアロイス。勝手に婚姻届を出すのをゴリ押ししたのは私の方なんだけどな。

アロイスがちょっと可哀想だったので、2人きりになってからたくさんキスをした。倍以上返されたけど。


休暇が終わって騎士団に戻ったアロイスは、王太子の第1王子に呼び出され近侍になった。

国王陛下は聖者を第7王女と結婚させて帰還させない積りで魔術師に結界を張らせたけれど、その事を知った王太子は守護神と聖者の約束を裏切る様な事は絶対してはならないと考えていて、王太子の権限でタカノハラ様を帰還させる方法を考えていた。

その時、タカノハラ様がアロイス経由で私に接触したので私に監視を付け、休暇をとったアロイスが私とファシュタームに向かった事も全部把握した上で、タカノハラ様が帰還した報告を部下から受けて心から安堵したらしい。

私達が監視に気がつかなかった事について、とても優秀な魔道士が物凄く遠くから複数の魔法を使って行った事だから気が付かれたらそれはそれで困る、とおっしゃってアロイスに罰は無かった。


国王は王太子によって守護神と聖者の約束を邪魔した事を大臣達に知らされ、二度と勝手な事をしないと全面降伏。タカノハラ様が帰還してしまった事を知った第7王女は、大暴れして侍女達に怪我を負わせ、父親より年上の他国の王の愛妾として送り出された。出発前に、アロイスに向かって「真実の愛に気がついた」「一度離れたからわかる」「運命の相手と結婚出来ないなら死ぬ」と絶叫したけれど、王太子に「お前の運命の相手は他国の王だし、アロイスは既婚だ」と馬車に押し込められて出発した。

部下をちゃんと守ってくれる主人にアロイスが仕えられる様になったのは本当に良かった。


そんなアロイスが「ゾフィーが僕を幸せにしてくれたんだよ。一生君を大切にするから僕を支えてね」と言うので「自力で立て」と正拳突きをした。やっぱり全く効いて無かったけど、甘える大型犬の様なへらりとした笑顔を見られる生活はとても幸せだと思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。応援してます。
[一言] 召喚された救世主が元の世界に帰還できた、珍しいタイプの物語ですよね。 安心して読めました。
[一言] 王太子がなかなかいい性格してそうで出番をもっと増やして欲しかったですね。 一応失恋して傷心の妹への容赦の無さが気に入りましたね(笑)
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