2お姫様の入学
二人の騎士をそばに控えさせた高く大きな城門の前に私は立っています。
しかも、眼帯と顔を隠すように大きな瓶底メガネに腰まである白銀色の髪は茶色に姿を変え二つに三つ編みされているというガリ勉な見た目。
だが着ている服は名門も名門の学園の中等部の制服、国立ウイスティリア学園の制服である。
なにぶん学園に通う者は優秀なものばかりで英才教育を受けた高位貴族が多いからか制服の質も良く、デザインは芋女には着こなせない黒い膝丈のワンピースに赤のネクタイである。胸元の四つのボタンには校章が描かれてある。
そもそもなぜ私が避けるべき王城に校内があるウイスティリア学園に通うことになったかというとですね…えぇ、まぁ、あの隔離された世界から出てからの話をしようと思います。
まずあのあと、師匠は国外に出る予定だったみたいですけど、私がこの国の外に出たくなかったんです。
本能的に主人のそばにいたいと思ってしまうんです。仕方ないですね。
結局私が経営している会社が王都にあることもあり王都の社員寮で暮らす事になりました。
特に街でこれと言って何か王家のことで噂が流れることなく、王妃と王女は田舎で療養という設定が変わる事は有りませんでした。
ですが師匠曰く王城の暗殺部隊に王女捜索の命が出ている事は聞きました。外に出てからはずっとヴェールと茶髪に瓶底メガネでしたし、まさか消えた王女が王都にいるとは思わなかったのか見つかる事は有りませんでした。
仕事をしている時以外は図書館にいることが多かった私。基本的な知識は塔の地下にある書物や、仕事で外に出たときとかに少しずつ図書館で本を借りて学んでいましたが、私は子供が皆十一歳から義務で通う学園にどこにも通っていませんでしたので、ずっと図書館で勉強していました。
勉強といっても本に眼を通すだけですけどね。一度見れば覚えちゃうというチートな脳ですので(キリッ
そんなある時にダンディーな老年の男性に声をかけられたんです。
『その本の意味が分かりますか?』
と。
私が読んでいた本は様々な地方で使われていたいろいろな種類の古代文字があべこべ混ぜられて書かれた魔導書だったので、あれやこれやと懇切丁寧に解説してみせましたら(塔の地下にある色々な地方から集められた書物はほとんど古代文字で書かれているので、昔精霊やマリエールナ様に古代文字を沢山教えてもらった)、えらく感動されまして気づくと学園の中等部に入学させられていました。そう、このおじい様学園の学園長でした。
最初は仕事を理由にお断りしていたんですが、仕事の話をするとなおさら入ったほうが格がついていいとはんば無理やり説得されました。
そして現在に至る。いやぁ、ちょっと浮かれてましたよね、外の世界に。
寮もあるのですが私は自分の社員寮から通います。学費は学園長からの推薦なので全額学園が負担してくれました。ありがたやです。平民でも優秀なものなら入れるようにか払えない額ではなかったですが出来るだけお金は貯めたいですからね。
そして現在に至ります。
私は一つため息を吐き、出来るだけ目立たないようにしようと決心して歩き出しました。
門番の方に学生証を見せ入場。門の方から学生は全然いないのは皆様馬車できているからですね。
私は無心で歩きます。
学園は王城の敷地の南西にありますからそちら目掛けて歩きます。
美しい庭園を横に広い廊下を少し進むと学園の制服が増えてゆきます。
そしてまるで教会のような大きな建物が一つ。
これが国立ウイスティリア学園。
入学生はまず講堂へ向かいます。
学園の入り口の前には在学生と思われる方々が立っておられるのでその方々に行き方を伺います。と言ってもほとんどの入学生は小等部からの繰り上がりなので特にドキドキワクワクって感じはなさそうですね。
小等部三年、中等部二年、高等部二年で全て同じ校舎で学ぶのですが人数はそう多くはありません。
なぜなら一学年三十人というとてつもなく狭き門だからです。相当学力が高いかららしいです。
なぁんてことを考えていたら近くで黄色い悲鳴が上がりました。そぉっとそちらへ目線を流しますと女の子の山が。中心はどうやら男子生徒であるらしく中心で頭二つ高い金髪とくすんだ金髪が二つ並んでいます。
一人は学園の生徒ではないようです。あ、女の子の山もうちの制服の子はいないですね。
「中等部入学おめでとうごまします」
まぁ、気にしません。新入生の胸に花の飾りをつける仕事をしているおねぇさんに声をかけられます。腕に生徒会と書いてあるから生徒会の方のようです。
「すみません入学式のある講堂の場所を伺いたいのですが。」
「あら、貴方が噂の学園長が推薦された新入生!平民の方で入学は六十年ぶりだそうよ。快挙ね!」
おねぇさんは美しい藍色の髪を揺らし優雅に微笑まれた。素敵な女性です。
私もつられるように微笑み小さく、ありがとうございますと軽く頭を下げる。
おねぇさんはじっと瓶底眼鏡を見つめ、不思議そうに首を傾げました。
「分厚い眼鏡ですのね。全然奥が見えないですわ、前見えますの?っと、じゃなくて講堂の場所ですわね。このプリントをどうぞ現在地がここで講堂はここですわ。大丈夫そうかしら?案内いたしましょうか?」
「いえ、十分です。ありがとうございます。」
ペコリと頭をさげ地図の書いてあるプリント片手に廊下を歩き出す。
そして聞こえてきた会話に身を固くする。
「今外でスレムメースのご兄弟が揃っているそうですわ!」
「まぁ、次代六大英雄のエドワード様がいらっしゃっているの!弟君であらせられるケイレブ様が高等部入学ですものね!女好きではあるけれど弟想いなのは素敵よね!」
しまった…次代六大英雄は全員学園を卒業済みだからって安心してたけどきょうだいかぁ!!
変装してる事がバレないことを願いますわ。特に目立った事はしない予定だから大丈夫だと思うけど。
なんて心を荒らして講堂まで行きましたよ。えぇ、何も有りませんでしたが?
入学式は滞りなく終わり、クラス分けは2クラスに分かれて私は一組でした。
友達はできない覚悟で行ったのですが入学式で隣の席に座ったエレナ・アグリッパ侯爵令状が仲良くして下さっています。
彼女はローズブラウンの髪を縦巻きロールにした一目で貴族令嬢とわかる見た目の深い海色の瞳が吊り上がったの長身の綺麗な少女です。私が平均より低身長で細身だから心配で守ってあげたくたってしまったらしいです。
はい、近づいてきた理由をしっかりと最初に仰られて会話のボールが独特だなと思いましたねぇ。
一日目は滞りなく終わり教材などを配られ授業は終了。午後は一人で校内を見て回ろうと思っていたらなんとエレナ様が校内を案内してくださるというのでこの好意に甘えました。
「ここが第一音楽室に、隣が音楽準備室ですわね。第二音楽室はあちらですわ。」
「まぁ、音楽室は広いのですね。ヴァイオリンの授業があるのかしら?」
「えぇ、音楽の授業は歌かヴァイオリンですわ。そう言えば音楽の授業で使う楽曲は難しいものが多いけど大丈夫かしら?」
「自信はないですがおそらく。」
音楽は前世でも嗜んでいましたが今世にもヴァイオリンやピアノと西洋の楽器が塔の中にもあったのでよく弾いていました。なにぶん時間が沢山あったものでね。小さい頃は大きかったヴァイオリンも今ではちょうど良い大きさになったと思えば自分も成長したなと感じるものです。
「校舎内に図書館はなく、王城の図書館を使用して良いのですよ。王城の蔵書数は世界一ですのよ。帰道にお教えいたしますわ。体育の授業は女子はダンスなど立ち居振る舞いの授業が多いので先ほど紹介したダンスルームへ集まります。殿方は剣術などなので騎士団の棟の訓練場の一部を使いますの。現役の騎士を見て学ぶためですわ。
魔法の授業は魔法師団の棟へ行きますの。
多くの結界が張ってある訓練場を使いますわ。手の空いているの魔法士の方達が時折先生に混じって教えにきてくださいます。そちらも帰りに寄りますわね。さて、学園内での説明はこれで終了です。これからどうします?」
エレナ様がこちらを見て小首を傾げました。今日は入学式ということもあり、仕事もなく暇なので家に帰ってもする事がなく王都の図書館に行くのがオチです。王城の図書館にも興味はありますが。王城は危険なのです。
…帰りましょうかしら。
黙って考えていたら迷っていると思われたのかエレナ様がスッと私の手を取り第一音楽室に入りました。
中には眼鏡をかけたすらりと背の高い深緑の髪にヘーゼルの瞳を持った初老の女性がヴァイオリンの手入れをしています。
私たちに気づくとゆるりと視線をむけ、にこりと微笑みます。安心できる、なぜか懐かしい優しい微笑みです。なぜ懐かしいなんて思うのかしら…
「あら、お客様ね。何か弾いて行きます?」
エレナへチラリと視線を投げるとエレナは意志の強そうな吊り上がった眦を下げ頷いた。
「ヴィンレン夫人ご機嫌よう。ヴァイオリンを一挺貸してくださいな。ピアノもお借りしてよろしいですか?」
ヴィンレン夫人と呼ばれた女性はニコリと微笑み並んであったヴァイオリンを一挺エレナに差し出し、エレナがそれを私に構えさせた。
当のエレナはピアノの方に腰掛け私をそばまで手招いた。
「ちょっと弾いていきましょう。私ピアノ得意なのよ。いきなり合わせるのは難しいでしょうし一人ずつ好きな曲を弾きましょう。」
そう言って彼女が弾き始めたのは、私の耳によくなじんだ祝福の曲だった。
それはお母様が好きだった曲。
お母様はピアノの曲であるこの曲をピアノは苦手なのっと笑ってヴァイオリンで奏でていた。
お腹の中でもよく聞いた。
私の大好きな曲。
風が音楽室内に吹き込んできてエレナの髪が揺れる。
この曲は初代王妃マリエールナ様が自分の子へ送った曲として代々語り継がれてきた。
貴方が生まれてきてよかった、幸せになってね、という愛の曲だ。
腕を動かした。
かつてお母様がヴァイオリンで弾いたこの曲を私も、この腕で。
まるで美しいものなった気分で。
血で汚れた自分を隠して、綺麗なところだけを見つめて。微笑んだ。
ありがとうございました