1鳥籠の中の鳥は大空へ羽ばたくのでした
ブックマークありがとうございます!!
白い白い塔の最上階、大きく開いた窓からは温かな光が差し込んでいる。まるで朝日のような光だがこの結界の中には太陽の光も届かない。つまり、創り出された偽物の光である。
偽物だけどとても安心する部屋の中には一人のオリーブブラウンの髪の女性が横たわっている。その女性はこの国の王妃であるオリビア・サンチェス・ウイスティリア。そこに彼女の手を取り今は閉じられたヘーゼルの瞳が開くことを祈っている少女と、その少女に眉を下げ困り顔で見つめる一人の男が一人。男は何の変哲もない印象に残りにくい顔をした中年の男だ。
少女と言うのはまぁ、この国の王女殿下であり、男は彼女に身を守る術を教えてきた師匠である。この男、暗殺者ギルドのギルド長だが、ちまたでは腕のいい医師として有名だと言う話は置いておくとしよう。
「セツカ、行こう。」
何時間と祈り続ける少女に師匠である男は偽物の名前で少女を呼んだ。
「…あと…少しだけ。」
王妃は十二年前、初めて暗殺者がこの塔に足を踏み入れた日から目を醒さない。男があの場に行くまでに何があったか、何度もセツカに聞いたが一度も教えてくれたことはない。
あの日からずっとセツカは時間があればずっとこうやって王妃の手を握り目覚めることを祈り続ける。
「約束しただろ十年待った。出た方がセツカのためなんだよ。」
十年前セツカが四歳の頃だった。なぜここにセツカと王妃が閉じ込められているかを知った男が二人を連れ出そうとした事があった。
だけどその時セツカは言ったんだ。
「お母様は陛下と一緒がいいんだよ。だから、お母様とここで陛下を待つの。」
と。
セツカと王妃を閉じ込めた彼女の父である国王陛下を待つと言っていた。
その時のセツカの顔は珍しく何の表情も写していなかった。
いつも人間らしい表情を上手く作っているのに、まるで人形のように思ったのをよく覚えている。
セツカは陛下を嫌っている。
セツカの父親であるのに“お父様”と決して呼ばないし、陛下の話を聞いてもこない。
セツカと王妃がこの隔離された世界に閉じ込められている理由は王妃が浮気をしたと思われたからだそうだ。
元々セツカがお腹にできた頃から王妃と陛下の中は少し拗れていた。
理由は王妃が陛下が浮気をしているかもと仲の良かった侍女長から言われていたことからだった。
王妃はこのことを陛下に確認する事ができなかったそうだ。好きすぎるが故にと言うやつらしい。その不審な空気が少しずつ陛下との間に広がってゆきセツカが生まれた時陛下もその不審な空気に侵されてしまった。
セツカが銀髪にアメジストの瞳だったからだ。陛下は黒髪、王妃はオリーブブラウンの髪色をしている。親族にも珍しい銀髪の者はいなかった。
陛下は浮気だと思い王妃がその浮気相手と会えないように王妃と不義の証である赤子と共に強固な檻の中に閉じ込めた。
これもまた好きすぎるが故である。そうセツカは説明したが男はおかしいと思った。会いに来ないのになぜ陛下は王妃を愛していると確信できるのか。『精霊が言っているから』と返されたから真実だとは思うがなにぶんは男は所詮凡人である。本当に精霊が言っているかは分からない。セツカのように選ばれた人間ではない。セツカは英雄で王女様だ。
閉じ込められている理由がバカらしくて、セツカはあきらかに二の舞を喰らっただけにしか思えなくて、ならばセツカだけでも、と思ったのだ。
王妃だけ残してこの檻を抜け出そうと言った。だけどセツカは断ったお母様が一人きりなんてかわいそうでしょ、と。
だから約束を漕ぎ着けた。
十年後。
十年陛下が迎えに来なかったら王妃は陛下に迎えに来てくれるようするからセツカはここを出て行こう。と。
セツカはそれにゆっくりではあったが頷いた。
セツカも王城に戻るように提案しなかったのはちょっとした意地悪だ。
セツカが男に見せてくれた王妃の日記には浮気などしていないこととこの子は本当に陛下と王妃の子である事を真実だと証明する魔法陣が血で描かれていた。真実を知った陛下はセツカを手に入れようとするだろう。だけど都合が良すぎる。
どれだけセツカが苦労したか知らないんだ。セツカの黒い手袋に包まれた右の手の甲にはナイフで付けられた傷が未だしっかりと残っている。
それにこの間なんて数日来るなと言われていたから利口に行かなかったら右眼の視力を奪われていた。彼女曰く自分からした事らしい。黒い眼帯をしていた時は本当に驚いた。
彼女の肩にそっと触れた。
「行こう。午後になるとおそらく陛下が来られるだろう。」
「…そうだろうね。日記を陛下の書類の中に紛れ込ませるんでしょ?やり手の暗殺者を忍ばせた事だねぇ。」
「暗殺者ギルドは陛下の駒だからね。了承を得て入れてあるんだ。」
セツカは一つ息を吸い眼帯で隠れていない左眼の美しいアメジストの瞳で王妃を見つめた。
そして優しく目を細めた。その少しの笑顔は男が今までに見た中で初めて本当の笑顔だったように思った。
「幸せになれるといいですね。お母様。」
窓から入った光にセツカが付けているアメジストの宝石が付いたイヤリングがキラリと反射する。
セツカは本当に美しい少女である。その美しさは眼帯がついて片目が覆われていたとしても変わらない事であった。
セツカは立ち上がり何もない空間から黒いリボンの髪飾りがついた黒いヴェールと、またもや黒色のローブを取り出した。
セツカは下ろしていた髪を後ろの高い位置で一つに束ねヴェールのリボンを結んだ位置につけヴェールをかぶる。そしてローブを着て男の方を向いた。
全身真っ黒なのに品が漂うその姿に王女の何たるかを感じるものである。
男はヴェールに付与された魔法の効果で見えないが目があるであろう位置を見つめた。
「行きましょう。待ってくれてありがとう。」
「お気になさらず。王女殿下。」
男はわざとらしく紳士の礼をとる。
セツカはクスクスと人間らしく笑うと歩き出した。
「今まで起こした事業の拡大を図ろうかしら?」
「これ以上儲けてどうすんだよ。」
いつも通りの会話を交わしながらセツカは前へ、進んだのだった。
***
あ、皆さんもしかしてマリエールナ様に一言言ってから出た方がいいんじゃない?とか思ってます?安心してください事前に言っておりますしマリエールナ様に隠し事なんてできませんわよ。精霊づてに聞けますからね。
今回のこと本当なら陛下からお母様を迎えにきて欲しかったです。
だってお母様はずっと陛下に会いたがっていた。
死ぬ時は陛下に看取られてがいいと言っていました。お母様はいつも私ごしにお父様の面影を探していた。お母様は私が生まれた頃からお父様に顔が似ているとよく言っていた。儚い雰囲気の顔立ちがそっくりなんだそうです。
お母様は閉じ込められた頃からずっと信じていた。お父様なら迎えにきてくれると、たった一人で美しかった白い手を荒れさせながら頑張って生きていた。お母様は毎日かなり協力な結界をあの石のような結界の中から更にかけていた。だがその結界の力も日に日に落ちてゆきお母様もやつれていった。
十二年前お母様は心を病んでしまっていた。
その時暗殺者が来た。非常に魔法に優れた暗殺者でお母様を一瞬で氷の矢で貫いた。
お母様から飛び出る命の紫吹に息が止まって。
心臓が大きく脈打って、気付いたら右の手の甲が大きく切られていて、私は魔力暴走を起こした。
気づいた時にはお母様は何事もなかったように静かに眠り私は暗殺者を殺していて、前世の記憶も思い出していた。
お母様は、一度死んだ。
だけど生き返らせた。目は覚めないけれどお母様は私が魔力を送り続ける限り生きる事ができる。今私がつけているアメジストのイヤリングは私から魔力を吸いお母様に送る魔道具。
私は常に魔力の九割は吸われている状態で初めの頃は息苦しかったけど慣れたらなんてことなくなっていた。
なんてことはどうでも良くって陛下はお母様を看取らないといけないのです。まぁ、魔力を送ることをやめたりはしないけど。お母様とずっと一緒にいてあげてくださいね。
私は、私の初めて母という存在になってくれて、愛してくれたお母様を寂しい思いをさせた貴方を、まだ許すことは出来そうにないですので。王女という身分と、王女としての名前を、お母様と一緒に置いて行かせていただきます。
私に王女なんて無理なのですよ。
だってこんなに私の手は赤いんだもの。
あ、そうだ陛下、感謝してくださいよ。
貴方の愛しいリネルの後継者である我が主人クリストファー・リネル・ウイスティリア殿下。
最近戦争仕掛けてきてそろそろ潰したいから陛下自ら出向いた戦争の時クリストファー殿下が毒殺されたでしょ。
あの時医師十五人が死亡と診断したのに目覚めたのは私が蘇生の魔法で生き返らせたからだよ。蘇生には代償が必要。
なぜそこまでして助けたのかとか野暮なことは聞かないでくださいませ。
魂の主ですの。
もはや本能ですわ。
お亡くなりになった時よくわからない喪失感に明け暮れていて何故かしらと呟いたら、かの君が亡くなったからと精霊に聞いた時気付けば主人のもとへ変装もせず駆け付けていました。結界が張っていましたが精霊が上手くしてくれたみたいです。ひっそりと忍び込めましたとも。クリストファー殿下が目覚めた時顔を見られましたがそこは仕方ありません。安心して泣いちゃったとか無いですから。
まぁその頃は安心もありましたが閉じた右目が痛すぎたのもあります。
代償は私の右眼。利き目です。
視力は無くなり右眼は血のような紅色になりましたが魔力が見えるようになりました。
呪文が“マリエールナ様に捧げます”だったからか、マリエールナ様が全然知らない人に自分の目を捧げるなんて忌々しいだろうからせめてとマリエールナ様のものになった目を改造してスキルとして私に魔眼を与えたのです。
お陰で相手の魔力量も、使える魔法属性も、感情も大体分かるようになりましたね。魔力が揺れるのでね。
眼を閉じれば大体見えなくなるので眼帯をつけて見ないようにしてます。
それに血の様な紅色の目っていかにも人々が禁忌しそうじゃない?
血は恐るべき物ってさ。
ありがとうございました