#3 雨好きな少女
気がついたら、ベッドに寝ていた。
夜になっていたのか、病室は夜間灯がうっすらと光っているだけだった。
「気がついた?」
目を開けると、そこには高濱がいた。
「私……。」
「階段から転げ落ちたみたいだ。落ちた音に気付いた人がすぐに対応してくれたらしい。」
「そう…ですか。」
「君を助けてくれたのは、この病院の有名ドクターでもある笹原先生だよ。運が良かったね、先生が屋上庭園にいる時間で。優衣に大きな怪我もなかったし、本当に良かったよ。」
そういうと、高濱は嬉しそうに笑った。
笹原という医者は、高濱の上司であり、指導医でもあり、尊敬している医師なのだという。
そういえば、相川も有名な先生だと言っていた。
「どうして、そんな有名な先生が屋上庭園に?忙しい方なんでしょう?」
「あの屋上庭園にはね、笹原先生の花壇が1カ所あるんだよ。先生が出張でいない時とかは、僕が水をやったりすることもあるけどね。先生、花が好きみたいでさ。」
有名な先生と聞いていたから、難しそうな人なのかとイメージしていたけれど、そんな話を聞くと一気にほのぼのした人のイメージになってしまう。
なんて単純な思考回路なんだろう。
しかし、そんなことよりも気になることが1つ。
あの時、確かに……。
確かに、背中に押された感覚があった。
「……勘違いかもしれないけど。あの時、誰かに押されたような気がするんです。」
「え?」
「いや、勘違いかもしれないけど…。でも……。押されて、バランスを崩して……。」
高濱は、信じられないとでも言いたそうな表情だったが、
「医師の立場から言うと、正直リハビリも始めたばかりだ。10日間も寝たきりだったわけだし、筋力も落ちている。ふらつくことも考えられるとは思うよ。でも、優衣がそう言うなら…。おそらく監視カメラもあるだろうし、ちょっと調べてもらうよ。大丈夫、心配しなくていいから。」
そう言うと安心させるように優しく笑うと出ていった。
確かに、高濱の言う通りかもしれない。
起き上がる時は少し眩暈がすることもあるし、ふらついてバランスを崩したというのは、考えられることだ。
押された、というのも私の勘違いなのかもしれない。
でも、背中には確かにその感触があった。
ふらついただけでは、そんな感触が背中にあるのは不自然だ。
ただ、そんな私の言葉を信じてくれる高濱には、感謝しかない。
いや、今回のことだけではない。
高濱には世話になりっぱなしだ。
いくら婚約者だったからといえ、まだ結婚をしているわけでもない。
ましてや記憶をなくしていて、高濱のことを全く覚えていないのに。
ここまでしてもらっていいのだろうか…。
感謝の気持ちと共に、申し訳ない気持ちにもなってしまう。
これだけのことをしてくれる高濱の為にも、早く記憶を取り戻さないと…。
その後、高濱は本当に監視カメラを調べてもらったらしい。
しかし、それから数日たっても、犯人はわからないままだった。
その時間帯に限り、院内の監視カメラが、上手く作動していなかったというのだ。
そんなこと、あるのだろうか?
やっぱり私…誰かに狙われているのかもしれない。
記憶をなくす前の自分がどんな人物だったのかは知らない。
でも、そうとしか考えられない。
それに、こんな大きな病院内の監視カメラを止めることができる人なんて…。
はたしているのだろうか?
普通に考えたら、警備員の人しか思い浮かばないけれど…。
私は、もう一度同じ場所に行ってみた。
もしかしたら、何か思い出すかもしれないし、何か手掛かりがあるかもしれない。
階段を1段ずつ確認しながら上がる。
6Fから9Fまではさすがに長い。
各階の踊り場にある観葉植物の中も確認する。
しかし、綺麗に掃除されていてピカピカと光っている。
そういえば、委託の清掃会社が入っているらしく、毎朝9時を過ぎると機械を使いしっかりと掃除している。
病院の掃除は特殊らしく、掃除をする順番も毎日違うらしい。
そんなことを、部屋の掃除に来る清掃会社の人に世間話ついでに聞いた。
さすがに数日前のことだし、何か証拠を探すのは難しいかもしれない…。
そう諦めかけたとき。
キラっ
と、何かが光った。
8Fから9Fの踊り場。私が転落して気を失った場所だ。
光ったものを手に取る。
「なんだろ、これ?」
何かのピンバッチだった。
ピンバッチには、『国立K病院』
という文字が書いてあり、何かのマークが書かれていた。
おそらく、この病院のマーク。
Kという文字を、橙、緑、水色の3色のリボンで作っている。
ということは、このピンバッチは病院関係者のものなのかもしれない。
なんでこんなところに?
何かの手掛かりになるかもしれない。
私はそのピンバッチをポケットの中に入れた。
更に9F屋上庭園の入り口にあるベンチの下には、『看護師 相川 満里恵』と書かれた名札が落ちていた。
「これ、相川さんの…。なんでこんなところに?」
患者と一緒に来たのだろうか?
でも、相川は集中治療室に勤務している看護師だ。
あそこには、歩けるような患者さんはいなかったように思うのだが…。
もしかして、相川が犯人…?
高濱のことを好きな相川が、私という婚約者がいることを知ったことで、その腹いせに?
そう言えば、あの日屋上庭園に行く前に小児科病棟で相川の姿を見た。
あれは、何かの用事があったからだと思っていたけれど、実は後をつけられてた?
まだこれだけじゃなんとも言えない。
とりあえず、相川の名札もポケットの中に入れた。
屋上庭園に行ってみたが、今日は雨が降っていた。
「雨か……。」
空には一面、重々しい灰色の雲が広がっている。もう少し遠くには更に暗く嵐が近づいているようで、少しずつ風が強くなっているようだった。
さすがに雨の日の屋上庭園には、人はいないか…。
と思ったが、いた。
まだ幼い子供が、1人で濡れたベンチに座っていたのだ。
理解が出来ず、でも、体は自然とその子に駆け寄っていた。
「大丈夫?どうしたのこんなところで?とりあえず、中に入ろう。風邪ひいちゃうよ?」
そう言う私を、少女は大きな瞳で不思議そうに見ている。
どこかで見たことがある気がした。
「とにかく、一緒に行こう。」
私は少女の手を握ると、室内に入った。
「大丈夫?けっこう濡れちゃってるね。お母さんか、お父さんは?一緒なの?」
色々一度に聞いてしまったからだろうか。
少女は驚いた表情を見せたが、何も答えなかった。
それはそうだろう。知らない大人に声をかけられているわけだから、驚くのは当然だ。
よく見ると、その少女の右腕にはリストバンドがされている。
入院している子のようだった。
リストバンドには、『品川 萌咲』と書かれていた。
そう言えば、最初に検査に行ったとき、外来でものすごく泣いている少女がいた。
その子も、「もえちゃん」と母親に呼ばれていた。
思い出し、もう一度少女を見る。
あぁ、そうだ。あの時の少女だ。
あの後、入院することになったのだろう。
「寒く…ないかな?」
と聞くと、コクンと頷いた。
「誰か、待ってたの?」
「……雨。」
「雨?」
「雨、降ってたから。」
「見に来たの?」
コクンと頷く。
「雨、好き?」
「うん。」
そう言った後、ゴホゴホと咳を繰り返した。ヒューヒューという呼吸音も聞こえる。
「お部屋に戻ろう!」
私は萌咲ちゃんの手を握ると、小児科病棟に向かった。
「萌咲!!」
小児科病棟に行くと、母親と思われる女性がすぐに駆け寄ってきた。
「良かった。どこに行ったのか心配したのよ。」
「屋上庭園に1人でいたんです。雨に濡れてしまってて…。咳も出てるし、熱でもあるかもしれないんです。」
「すみません、お世話になってしまって。萌咲、先生に診てもらおうね。」
「うん。」
母親の手をギュッと握った姿が、頭にこびりついた。
「本当にありがとうございました。」
そう言うと、親子は自分の病室へと戻っていった。
部屋に戻り、ポケットの中に入れていたピンバッチと相川の名札を取り出した。
ピンバッチを見てみると、留め具がないことに気付く。
どこかで外れてあの場所に…?
よく見ると、Kというマークの右側に紫紺の3本ラインがある。
なるほど、ここまでが病院のマークなのかもしれない。
だが、それ以上の情報はなかった。
この病院には、多くのスタッフが勤務している。正直病院にどれだけのスタッフがいるかはわからないが、少なくとも1000人以上はいるだろう。
ここは病院内だし、病院のスタッフがたまたま落としていたとしてもおかしなことではない。
それよりも、この名札だ。
これは、私も見たことがある。
相川の名前も顔写真もあるこの名札は、間違いなく相川のものだろう。
それが、なぜあの場所にあったんだろう。
いくら考えても答えは出ない。
証拠になるようなものはなかった。
もしかしたら、名札が無くて相川は困っているかもしれない。
高濱が来たら、相川に渡してもらうようにお願いしよう。
高濱は、大体19時~20時頃にいつも部屋に現れる。
今日も、やはり20時すぎ。
仕事が一段落するのがそのくらいなのだという。
しかし、当直のバイトもしているらしく、そんな日は少しだけ顔を覗いて去っていく。
どんなに忙しくても、1日に1回は来てくれる。
今日は、スマホに保存されている2人の写真を見せてくれた。
大学時代の写真や、一緒に旅行に行った時の写真など。
おそらく、何かのきっかけになればと思ってなんだろう。
1つ1つの写真を見せながら、
この時はこうだった、あーだったと。少し寂しげに、でも出来るだけ楽しく説明してくれた。
これだけしてもらっても、私の記憶は戻らない。
でも、この人が私を大切に想ってくれることは伝わる。
「記憶が戻らなかったとしても、これからの思い出をまたつくっていけばいいから」
と言ってくれたことも、すごく嬉しいことだった。
この人は、信用してもいい人だ。
そう思った。
私は高濱に相川の名札を託すと、今日は早めに眠りについた。
次の日も、雨は降り続いていた。
さすがに今日はいないだろう。まさかそんなことはないだろう。
でも、そうは言っても、これだけザーザーと降り続く雨を見ていると心配になってしまう。
いるはずはない。でも……でも……。
ちょっと、確認するだけならいいだろう。
念のため、バスタオルを持っていく。
もし、あの子が濡れていたとしてもバスタオルがあれば拭いてあげることくらいならできるだろう。
リハビリついでに階段を昇り、屋上庭園の入り口を覗く。
そこには、やはりいた。
萌咲は今日も濡れていた。
あれから熱は出なかったんだろうか?
大丈夫なんだろうか?
それにしても、どうして雨に濡れているんだろう?
好きなのかな?
「こんにちは、萌咲ちゃん。」
声をかけると、萌咲はこちらをチラッと見た。
「こんにちは。」
小さく返事をするが、またプイッと目を逸らす。
「風邪ひいちゃうよ?向こうに行こう?」
その返事はなかったが、取り合えず萌咲の手を握ると嫌がることなくついてきてくれた。
とりあえず屋上庭園の入り口まで移動し、ベンチに座る。
「とりあえず、風邪ひいたらいけないから拭くね。」
そう言い、ワシャワシャと萌咲の濡れた体を拭いていく。
特に抵抗することもなく黙っていた萌咲だったが、拭き終わると
「ありがとう。」
と小さな声で言った。
「今日も、雨を見に来たの?」
「……。雨、好きだから。」
ポツリ、ポツリ、呟くように萌咲は話す。
それでも、昨日よりかは心を開いてくれているように感じた。
「じゃあ、今日も雨降ってよかったね。」
「…うん。」
無言の時間が過ぎていく。
子供は、もっとキャッキャとはしゃぐようなイメージだったけど。
そうじゃない子供もやっぱりいるんだな。
そう言えば、私もどちらかというと後者だったような気がする。
そして、私も。
同じように雨が好きで、雨が降ると嬉しくなっていた気がする。
脳裏に、何かの場面のようなイメージが思い出される。
若い母親、父親、そして、幼い頃の私。
てるてる坊主ではなく、ふれふれぼうずをよく作っていた。
そうだ、そうだった。優しい父と母だった。
でも、不思議とその場面以上の記憶は戻らなかった。
おそらく、死んでしまったからだろう。
私は施設で育ったと、高濱が言っていたはずだ。
「…大丈夫?」
ずっと黙り込んで考え事をしていた私を気遣うように、萌咲が声をかけてくれた。
「あ、ごめんね。大丈夫。」
「……お姉ちゃん、名前は?」
「私は、白岩優衣だよ。」
「……優衣…お姉ちゃん……。」
そう言われ、何とも言えない嬉しさがこみ上げる。
「…あのね、優衣お姉ちゃん。萌咲と、お友達になってくれる?」
「え?」
突然の萌咲の言葉に思わず絶句する。
そんな風に言ってもらえるなんて、すごく嬉しかった。
しかし
「……やっぱり、何でもない。」
返事が返ってこないからか、萌咲はプイッとそっぽを向いてしまった。
「あ、ごめんね。そういう意味じゃないの。嬉しかったの。ありがとう。」
そう言って笑うと、萌咲もまたニコッと笑ってくれた。
それは、本当に可愛らしい笑顔だった。
子供らしい、見ていて心が温かくなる笑顔だった。
萌咲と話をしていると、自然と小さい頃のことを思い出すのかもしれない。
そして何よりも心が癒される気がした。
私は、毎日16時にこの場所で萌咲と会うことを約束しその日は別れた。
「先生、私ちょっとだけ記憶を取り戻したんですよ。」
20時過ぎ。今日も高濱はこの部屋に来てくれていた。
「え?本当に!?」
高濱は嬉しそうに私を見た。
「あ、ごめんなさい。と言っても、小さい頃の記憶の一部みたいな感じだと思うんだけど。」
「あー気にしないでいいよ。僕は、優衣の記憶が少しでも戻ったってことが嬉しいんだから。で、どんな記憶なの?」
その一言に救われる。
「えっと。小さい頃、両親と私がいて。私がふれふれぼうずを作ってて。それを嬉しそうに両親が見つめてるって感じの記憶なんだけどね。」
「ふれふれぼうず?てるてる坊主じゃなく?」
「うん、ふれふれぼうず。多分、雨が好きだったんだと思うな。」
「そうだったんだ。それは知らなかった!」
「両親の顔はハッキリとは思い出せなくて、おぼろげな感じ。でも、ちょっとでも自分の記憶がわかったのは、嬉しいです。」
「僕も嬉しいよ。でも、何かきっかけでもあったの?」
「あー…。小さなお友達が出来まして。」
「小さなお友達?」
「小児科病棟に入院している子なんですけど、屋上庭園で出会って…。その子、雨が好きみたいで。この前、相川さんの名札を拾った日に、屋上庭園で雨に打たれてて。濡れたまま雨を見てたんです。それで、気になって、今日もいるかもって思って。で、行ったら本当にいて。ちょっと話をしてたら、そんなことあったなぁって思いだした感じ…なのかな。」
「そっか。もしかしたら、その子と幼い頃の自分が重なって思い出したのかもしれないね。」
「あ!そうだ…!!先生、我儘言ってもいいですか?」
「僕に出来ることであれば。」
高濱は笑顔で私の我儘を了承してくれた。
次の日も、やはり雨だった。
今週はずっと雨の予報となっていた。
そして、16時がやってくる。
私は、昨日高濱にお願いして買ってきてもらった子供用のレインコートを持って屋上庭園へ向かった。
これがあれば、きっと萌咲も濡れずに済むだろうと思ったのだ。
激しい雨なら濡れてしまうこともあるかもしれないが、それでもないよりはマシなはずだ。
今までより大好きな雨を眺めていられるだろう。
萌咲が喜んでくれたらいいな。
そんな思いで、私は階段を昇った。
息は切れるが、6Fから屋上庭園まで休憩を入れずに歩けるようにはなっていた。
屋上庭園に行くと、やはり萌咲は濡れながら雨を見つめていた。
「萌咲ちゃん。」
私が声をかけると、萌咲は嬉しそうに私の方に振り向いてくれた。
「優衣お姉ちゃん!」
そう言って駆け寄ってくる。
「今日も雨だったね。良かったね、萌咲ちゃん。」
「うん……。」
一瞬、萌咲の表情が暗くなった気がした。
気のせいだろうか?
それは、本当に一瞬で。
次の瞬間には、先程のように嬉しそうな萌咲の表情に戻っていた。
「あ、あのね。今日は萌咲ちゃんにプレゼント持ってきたんだよ。」
「え!?萌咲にプレゼント?」
「うん。あ、濡れたまんまだといけないから、一回拭こうか。」
「うん!」
屋上庭園の入り口のベンチに座り、萌咲をバスタオルで包む。
そして拭き終わると、私はレインコートを取り出した。
萌咲に似合うだろうと、黄色のレインコートにしてもらった。
「わぁー!」
萌咲はニコニコしてレインコートを見ると、喜んで着てくれた。
「可愛い?」
クルクル回ったり、ポーズしてみたりと…。本当に無邪気だ。
人見知りな性格なのかもしれないな。
最初に会った時からは想像できない。
段々と心を許してくれる萌咲が、本当に可愛かった。
「もう一回、見に行こう雨!」
嬉しそうに、萌咲は雨の中に飛び込んでいった。
大人用のレインコートを着た私も萌咲について雨の中に飛び出した。
懐かしいな…。
雨の匂い。雨の音。この冷たさ。
私もきっと、萌咲と同じようにこうしてはしゃいでいたに違いない。
頭の中のモヤモヤが少しずつ晴れてくるような感覚だった。
ある時、両親とは離れ離れになってしまった…。
気がついたら、施設にいた。
それ以前のことはあまり覚えていない。
いつも雨に濡れて庭にいる私を、先生が傘をさして迎えに来てくれていた。
「優衣ちゃん、風邪ひいちゃうから中に入ろう。」
「……。」
「風邪ひいちゃったら、喘息ひどくなっちゃうかもしれないからね。そうなったら苦しくなっちゃうでしょ?」
いつも、施設の先生にそう言われていた。
中学生になるまでの私は、小児喘息を患っていてよく入退院を繰り返していた。
雨は大好きだったけど。
そのうち、雨の日に外に出て雨に濡れることは無くなった。
高校まで色々な支援を受けながら卒業し、大学生になる時に施設を出て一人暮らしを始めた。
正直金銭的な面で大学に行くのは難しいかもしれないと思ったが、私の希望する大学では成績優秀者には返還不要の奨学金制度があり、その狭き門を潜り抜けて私は大学に通うことができた。
それでも、生活費は自分で稼がないといけないし、成績が悪くなると奨学金が打ち切られてしまうため、勉強もしっかりしないといけない。
就職活動が始まったら、バイトもろくにできないことを考えると、1、2年生の間にしっかり貯金をつくれるくらいに働かなければならなかった。
出来るだけ時給の良い仕事を探し、20歳を超えたころから私は小さなスナックで働いた。
小さいけれど、地元の有力者たちが贔屓にしている店だった。
そういえば…。よく国立K病院の医師たちも利用していたな。
次々と色々なことを思い出してきて、私は急に怖くなった。
「優衣お姉ちゃん、大丈夫?寒いの?」
そう言われ、ハッと我に返る。
心配そうに私を見つめる萌咲がそこにいた。
「ごめんね、ちょっとボーっとしちゃってたね。」
「萌咲、もうお部屋に帰らないと。ママが心配してくれるから。」
「うん、帰ろうか。」
「ねぇ、優衣お姉ちゃん。このレインコート、萌咲持って帰ってもいい?ママに見せたい!」
「もちろん!いいに決まってるでしょ。」
嬉しそうに喜ぶ萌咲を小児科病棟に送っていき、私も自分の部屋へ帰った。
部屋へ戻ると、室内が荒らされていた。
服やタオルなど、高濱が買ってくれたもの全てが、刃物で切り刻まれ室内に散乱していた。
そして、テーブルの上には。
『次はお前の番』
と印刷されたメッセージカードが置かれていた。
初めての作品なので拙い点もあるかと思いますが、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。