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雨の日は思い出と共に  作者: 新津 未歩
2/3

#2  記憶を失くした女


いつも通りの帰り道のはずだった。


雨の中、色とりどりの傘が交差していく。


日が長くなったとはいえ、とっくに19時を過ぎ、もうすぐ20時になろうとしている。




今日は頑張ってご飯を作ろう。


そう決めていたけれど、通りの飲食店の匂いについつい釣られてしまいそうになる。


あぁ、そう言えば、ここのパスタが絶品だと同僚が言っていたような気がする。


でも、今日はダメだ。


明日は新規プロジェクトのプレゼンもあるし、下準備は大事だ。


せっかく任されたのだから、この案件をしっかり成功させたい。


美味しそうな匂いに別れを告げ、私は青になった信号を歩き始める。




バシャバシャバシャ


と、車が猛スピードで走り水たまりの水を撥ねている。


車のスピードに、頭も体も追いつかなかった。


段々と、青白いライトが私を照らす。




こっちに来る!!



そう思った時には…




ドンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!





私の体は、宙を舞った。






目をあけると、白い天井が見えた。


ズキンっと頭が痛み、もう一度目を閉じる。


ここは、どこなんだろう?


ピッピッピッ


と、規則的な音や、


ピピピピピッピピピピピッ


という何かのアラームのような音、


カチカチカチカチ


という何かを打つような音。


様々な音が聞こえてくる。


それと同時に、誰かの話す声も聞こえてくる。


今度は触覚に意識をやる。


胸には、何かのコードが3種類ほど付けられてる。


そして、左の中指は何かで覆われている感覚があるし、左腕には何か貼りつけられている感覚がある。


胸から腹部にかけては何か固定されているようだった。


少しの痛みはあるが、耐えられない痛みではない。




もう一度、ゆっくり目を開ける。




「あ、気づかれましたか?」


声がする方に目を向けると、そこには可愛らしい笑顔を浮かべた女性が立っていた。


クリっとしたアーモンドアイに、人形のように長く伸びた上下の睫毛。


スッと通った鼻筋に、ぷっくりとした唇。


間違いなく、美少女だった。




「ここ、病院ですよ。ここに運ばれてきてからずっと意識がなかったから…。本当に良かったです。」


女性の首にかけられた名札には、顔写真と共に『看護師あいかわ 相川満里恵まりえ』と書かれていた。


「私、看護師の相川です。今日は私が担当させていただきます。何かあればすぐにおっしゃってくださいね。」


丁寧に自己紹介をすると、ちょっと点滴を変えますね。と、相川は慣れた手つきでパソコンを操作し、点滴の認証をする。


そして、


「点滴の確認のためにお名前を教えてもらってもいいですか?」


そう言われ考えるが、自分の名前がわからない。


相川は少し戸惑いながら私を見ていた。


「どうしました?あ、どこか痛みます?それとも、苦しいです?」


と心配そうに言われるが、考えれば考えるほど頭がガンガンとしてくる。


最初はガンガンだった痛みは次第に酷くなっていき、頭をコンクリートの壁に打ち付けられているかのような痛みへと変わっていく。


私は思わず、その痛みから頭を庇うように両手で押さえた。




「だ、大丈夫ですか?ちょっと待ってくださいね、先生呼んできますから!」


相川は血相を変えて飛び出していったが、私は次第に激しさを増す頭痛に耐え切れず、頭を抱え蹲ることしかできなかった。




しばらくすると、


「大丈夫ですか?」


と白衣を着た長身の若い男性が急いで飛び込んできた。


首からかけられた名札には、『医師 高濱たかはま 慎太郎しんたろう』と書かれている。


男性は私を見ると、


「良かった…。本当に良かった!!」


と言うと、ギュッと抱きしめた。


男性用のシトラス系の香水の香りがした。


なんでこの人に抱きしめられているのかはわからないが、この香りは何だか懐かしいような気もする。


「先生、どうも自分の名前が言えないみたいで…。頭部の検査をした方が良いと思うのですが。」


おずおずと後ろから相川がそう言うと、高濱は私を放してくれた。


「え…。名前、言えないのか?覚えて、ないのか?」


高濱は、私の顔を明らかに不安そうな表情でのぞき込む。


「思い出そうとすると、頭がガンガンして…。」


申し訳ないが、わからないものはわからない。


名前を見ても、顔を見ても、声を聞いても、全く思い出せないのだ。


誰この人?という状態だ。


「…わかった。もしかすると、事故に逢った時に頭を強く打ってるかもしれないな。頭部MRIを入れよう。」


そう言うと、高濱はポケットからPHSを取り出すと、どこかに電話し始めた。


「とりあえず、点滴変えますね。」


その間に相川は、私の腕につけられたリストバンドに描かれたバーコードを機械で読み取ると、何かを確認し点滴を交換した。


「でも、本当に記憶喪失ってなるんですね。私、初めてですよ、そんな人。」


そういう相川の言動は冷たい。何だか棘があるように感じる。最初の可愛らしい笑顔とは大違いだ。


「でも、本当に記憶喪失だったら…。高濱先生のことも忘れちゃったんですか?」


「あ…はい。」


と私が言うと、


「やっぱり!あーあ、先生かわいそう~」


と言いながらも、相川の表情は嬉々としている。


この人、さっきのお医者さんのこと、好きなんだろうな。


何もわからなくても、そのくらいはわかる。


どうやら、さっきの高濱さんと私は特別な関係だったのかもしれないけれど。


残念だけど、今の私は全く思い出すことができなかった。


「あ、検査に行くので準備しますね。歩くのはまだ危ないので、車椅子準備しますね。」


というと、相川は立ち去った。


私の胸には、心電図のコードと思われるものが取り付けられ、左の中指には何か挟むような機器が取り付けられていたが、決して痛くはない。


その機器のコードは、心電図の機械に取り付けられていた。


何だかよくわからないけど、きっと何かの検査をしているものなんだろう。


そして、左腕に貼りつけられていたのは、点滴の針を固定するためのテープだった。


胸から腹部にかけては、大きめのガーゼが2カ所テープで貼られている。


どこの病院なのかはわからないけれど、きっと大きい病院なんだろうな。


両隣のベッドからも、同じように心電図の音が響いていた。


時折、アラームのような音が鳴っているし、心電図の音も、規則的なこともあれば、すごく不規則なこともある。


また、心電図の音だけでなく、別の機械の音のような音も聞こえてくる。


カーテンがしっかり閉まっているため、断定することはできないが…。


おそらく、集中治療室と呼ばれる場所なんだろうと思った。


記憶がないのに、不思議だ。


どうして、そういうことはわかるんだろう。


記憶喪失って、そういう感じなんだろうか…?




しばらくすると、点滴棒がついた車椅子を押して、相川が入ってきた。


「準備出来ましたよ。行きましょう。」


相川が手助けしてくれ、ゆっくりと起き上がる。


ちょっと眩暈がするが、起き上がれないほどではない。


車椅子に乗ると、相川はMRI室まで連れて行ってくれた。


車椅子で連れて行ってくれなければ、初めてだと迷ってしまいそうなほど大きな病院であると思う。


今が何時なのかはわからないが、大勢の人がいる。


「大きい病院なんですね。」


「まぁ、そうですね。規模的に言うと、8Fまで病棟があって、さらに上に屋上庭園があります。別棟には、精神科の専用の病棟もあるんです。国立K病院っていう病院で、全国的にも有名な病院なんです。だから、全国から色々な方がこの病院に来られているんですよ。いわゆる、スーパードクターって言われている先生もいるんです。副院長の笹原先生なんて、海外からも手術を希望してくる方もいるくらいですからね。私もこの病院で働きたくて、看護大学を卒業して、就職したんです。まぁ、まだ新人なんですけどね。でも、毎日学ぶことが多くて……楽しいです。」


そういう相川の表情は、誇らしげだ。


きっと、この病院に勤めるために並々ならぬ努力をしたんだろうな。


そんなことを感じた。




MRI室の前室で相川から検査技師の方に何か申し送りされ、相川は病棟に戻っていった。


金属類がついていないか最終チェックされ、MRI室専用の車椅子に乗り換え、いざ検査へ。


ひんやりとした室内に、大きな筒状の機械が置かれている。


両耳にヘッドホンを装着され機械のベッドに横になり、筒の中に入ると、何とも言えない圧迫感を感じる。


ヘッドホンからは、音楽が聞こえるが、それ以上にトントンと機械音がして気になってしまう。


多分、このヘッドホンが無かったら、もっと機械音が大きく感じられるし、不安も大きくなっただろうな。


そんなことを考えながら、とにかく検査が終わるのを待った。




検査が終わると、再び相川が迎えに来てくれていた。


「お疲れ様でした。戻りますね。」


乗ってきたものと同じ車椅子に乗り換えると、相川は車椅子を押してくれた。


相も変わらず大勢の人がいるが、来た頃より落ち着いたのだろうか?


先ほどよりも人の数が少ない。


いやむしろ……。


はじめて来た場所だけど、ついさっき通った場所だ。


記憶はなくしても、ついさっきのことをさすがに忘れるわけがない。


「これ、来た道とは違う道ですか?」


「よくわかりますね。来た道だと人が多いのでちょっと違う道にしてみました。」


そう言う相川の言葉は冷たく感じた。


表情が見えないから、ついそう思ってしまうのだろうか?


「まだ、名前わからないんですよね?」


「あ、はい。」


白岩優衣しらいわ ゆい…。」


「え?」


「あなたの名前です。あなたの名前、白岩優衣しらいわ ゆいさんって言うんです。」


そう言われたが、やはりピンとこない。


白岩 優衣と言うのか…。


本当にそうなんだろうか?


そんな疑問すら生まれるが、そんなことを自分の中で自問自答したところで答えはわからないのだ。


考えたって仕方がない。受け入れるしかない。


でも、何で相川は教えてくれたのだろう?


やはり、名前もわからない、というのは困るからだろうか?


「教えてくれて、ありがとうございます。」


「いえ。伝えても大丈夫だって高濱先生に言われたので。」


なるほど。高濱の指示で教えてくれたのか。


その時、


「あ、相川さーん!忙しいところごめんなさい。ちょっとだけ来てもらってもいいかしら?先生が話があるみたいで。」


通りすがりの廊下で、ベテランの看護師が相川を呼んだ。


「わかりました!」


ちょっと待っててくださいね、と言うと、相川は呼ばれたベテラン看護師の方へ小走りで行ってしまった。


「白岩……優衣……。」


ボソッと呟くように声に出してみる。


しっくりこない名前だ…。


でも、記憶をなくしていると案外そんなものなのかもしれない。


突然。


「いやー!ママー!ママ―!!」


という子供の泣き声が聞こえ、考えるのをやめる。


どうやらここは小児科外来のようだった。


診察室に入りたくない子供が、泣きながら抵抗している。


「ママ―!!ママ―!!」


子供の声が、頭に響く。時々ゴホゴホッと咳をしながらも泣き叫ぶことをやめない。


母親が心配そうに子供を見ていて、


「も~え、萌咲もえちゃん。大丈夫だからね。心配ないからね。ママ、待ってるから、頑張って。」


と優しく言葉をかけている。


そして、看護師にお願いしますと何度も頭を下げている。


優しそうな母親だ。本当に子供を心配しているのがわかる。




そういえば、私の親はどうしているんだろう?心配しているんじゃないだろうか?


高濱なら、もしかすると知っているかもしれない。


あとで聞いてみよう。


10分程度、いや、もっと短かったのかもしれない。


それくらいのんびりと待っていると、相川が小走りで戻ってきた。


「すみません、お待たせしちゃって。帰りましょう。」


相川は申し訳なさそうにそう言うと、車椅子を押してくれた。


「ママ―!!ママー!!」


泣き叫ぶ子供の泣き声が、まだ響いていた。








病室に戻り、ベッドに横になる。


すると、何かボソボソと話し声が聞こえてきた。


気になって、思わずその話し声に集中してしまう。


それは、女性同士の話し声だった。声を聞く限り、2人だろうか?


「ねぇ、さっきの見た?相川さん。すんごい不機嫌だったね。」


「見た見た。高濱先生狙いだもんね、相川さん。絶対プライド傷つけられたんだよ。あの子、ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃん。狙った獲物は逃しません、みたいなさ。」


「だよねー。いっつも高濱先生にベタベタしてさ。でも、婚約者がいるんじゃねー。ざまーみろって感じだよね。」


「いや、わからないよーあの子なら。婚約者さんも記憶がないわけだしさ。記憶が戻らなかったらまだ全然可能性あるって思ってるんじゃない?」


「あの子ならあり得るわ。」


クスクスとバカにしたような笑いだった。


まだこの話を続けるつもりなんだろうか。


あまり、聞きたくない話題だ。


いい加減に終わってほしい、と思っていると扉が開き、誰かが入ってきた。


「あ、高濱先生じゃないですか。白岩さん、検査から戻られてますよ。」


「あぁ、ありがとう。」


高濱はそう言うと、私のベッドの方に歩いてきた。


「今、大丈夫かな?さっきの検査の結果なんだけど…。」


「あ、大丈夫です。」


「ありがとう。」


高濱はそう言うと、ベッドの近くの簡易的な椅子に座った。


「検査の結果、脳には特に異常はなかったよ。でも。覚えてないんだよね?何も思い出せない?」


高濱は少し期待したような眼差しでこちらを見ている。


「あ。さっき名前聞きました。白岩優衣っていう名前なんですよね。」


「うん。」


何も思い出せていないことがわかったのか、高濱は残念そうに、呟くように返事をした。


「私、先生に聞きたいんですけど。私について、教えてくれませんか?何か、思い出せるかもしれないし。私の家族とか、私が何をしている人なのか、とか…。」


「……わかった。」


そうは言ったが、高濱はうーんと悩んでいるようだった。


「どこから話したらいいんだろうね。」


迷いながら、色々と考えながら、高濱は説明してくれた。


「…君の名前は、白岩優衣。今年で25歳になる。僕の婚約者だ。君は……家族はいない。隣のS市の施設で育った。働きながら大学に通い、その大学で僕は君と出会った。卒業後はA商社に入社し働いていた。新規のプロジェクトを任されたって張り切ってたよ。でも……。10日前の帰り道に、車に轢かれて救急車でこの病院に運ばれてきたんだ。頭部の打撲と肺、内臓の損傷もあり、搬送されたその日に手術した。手術は無事に成功。術後しばらくは人工呼吸器を使っていたが、状態が落ち着いてきたため、昨日から人工呼吸器を外し、酸素マスクで経過をみていたけど、問題ないから今朝から酸素マスクを外し、鎮静剤も中止したところだ。そして…。今の状況だよ。」


高濱は、何とも言えない表情だった。


悲しそうな、苦しそうな。そんな表情だった。


「そう…なんですね。」


そう答えるのが、精いっぱいだった。


申し訳ない気持ちになった。


私の記憶がないせいで、こんな思いをさせているのだ。


こんな思いをさせているのに…。


私はまだ、この人のことを全く思い出せていないのだ。


ごめんなさい。ごめんなさい。


何度も、心の中で繰り返すことしかできなかった。




他に何か聞きたいことがあればいつでも言って。


と高濱は言うと出ていった。




どうやらまだ午前中の出来事だったらしく、しばらくすると私の目の前には昼食が運ばれてきた。


ごはんに鮭のムニエル、サラダにスープ、そしてリンゴがあった。


しばらくご飯も食べていなかったからか、匂いをかぐと途端におなかがすいてきた。


私は出された昼食をしっかりと完食した。久しぶりのご飯は、美味しかった。


どうやらご飯が食べれるようになったら、集中治療室からは出ていく必要があるらしく、私は6Fにある脳外科病棟にひとまず入院することとなった。


そして、午後からはリハビリも開始されるらしい。






6Fに移り案内された病室は、個室だった。


記憶がまだない内は、静かな環境の方がいいだろうと高濱が個室にしてくれたらしい。


確かに、記憶がないのに色々な人と関わることは疲れてしまうかもしれないし、変に興味を持たれるのも正直困る。


ここは素直に高濱の好意に甘えさせてもらうことにした。


更に、荷物らしい荷物はないと思っていたが、どうやら意識がない間に高濱が色々と準備をしてくれていたらしく、入院生活に困らない程度の荷物があった。




とりあえず紙袋にひとまとめにされた荷物を、タンスの中に入れてもらう。


「これからリハビリ、頑張ってくださいね。」


部屋の移動まで手伝ってくれた相川は、最後に再び可愛らしい笑顔を見せてくれたが、そうそうと付け加えるように、


「でも、リハビリ開始時は転びやすかったりしますからね。気をつけてくださいね。」


と言い残し出ていった。




その後、しばらくしていると浪川なみかわというリハビリ担当の理学療法士が来てくれた。


どうやら10日間寝たきりだったが、その間も浪川がリハビリをしてくれていたらしい。


しかし、寝た状態でのリハビリだったこともあり、筋力は落ちているとのことだった。


浪川に付き添ってもらい、ゆっくりとリハビリ室まで歩いてみた。


最初は、なんだかふわふわし、フラフラするような感覚があったが、歩いているうちに普通に歩けるようになった。


毎日午後からリハビリをするが、空いた時間に病室でできるリハビリを簡単に教えてもらい、さらにプリントを渡された。


病室に戻り、渡されたプリントを見ながらリハビリをしていると、コンコンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「はい。」


と答えると、ドアが開いた。


「どうも、こんにちは。」


そこには、スーツを着た背の高い男性が立っていた。


「あ、決して怪しいものじゃないです。私、こういう者です。」


そう言うと、男は胸ポケットからPOLICEと書かれた金色のマークが付いている手帳を取り出した。


「H警察署の篠崎裕典しのざき ひろのりです。少し、お話しさせていただきたいんですが、よろしいですか?」


「あの、警察の人がなにか?」


「あなたが遭われた事故の件に関してです。10日前に起きたひき逃げ事件についてですが、犯人はまだ捜査中の段階です。」


「ひき逃げ…?」


「覚えてないですよね、当然です。」


頭が混乱した。交通事故に遭ったのはわかった。でも、まさかひき逃げされているとは思わなかった。


篠崎は、自己の内容について説明してくれた。


今回の交通事故は、激しい雨が降る日だったという。


私が青信号で横断している時に、走ってきた車が私を撥ねるとそのまま走り去っていったらしいが、雨だったせいで目撃者は少ないようだった。


「1番気にかかっているのは、ブレーキ痕が一切なかったんですよ。何か他のことに気を取られてぶつかった場合、ぶつかったことに驚いて1度は止まるなり、スピードを緩めたりするものなんです。でも、今回はそういった痕は見られませんでした。ということは、ひき逃げをしようとして起こしている可能性が考えられます。誰でもいいから轢きたいという無差別的なことも考えられますし。最悪の場合、あなたの命を狙っている可能性もあります。何か、命を狙われるような覚えはありませんか?」


そう言われても困る。当然だが、覚えていないのだ。


「あの、篠崎さん。すみません。私、交通事故にあったせいで記憶が…思い出せなくて…。」


「え?」


「頭を強く打ったせいか、記憶喪失になっているみたいです。だから、覚えていないんです。すみません。あ、でも何かのきっかけで思い出すこともあるみたいなので…。」


そう言うと、篠崎は驚いた様子だった。


「そう…でしたか。それは……。色々と一方的に話してしまい申し訳ない。」


「あ、いえ。でも、ひき逃げされたってことは知らなかったので…。1つ、また知ることができて良かったです。」


何かわかれば、また来ます。


そう言い、篠崎は去っていった。




ひき逃げだった…。しかも、もしかしたら…。私は命を狙われていたかもしれない…。


なんでだろう?


考えようと思ったが、再びあの頭痛が襲ってくるかもしれないと思うと怖くなり、私は考えるのをやめ、タンスに入れたままにしていた荷物の整理をすることにした。


紙袋に入れられた荷物を1度出す。


バスタオル、フェイスタオル、歯ブラシ、コップ、シャンプー等の必要な物に加え、服や下着が何着か入っていた。


私は1つ1つ準備してくれた高濱に感謝しつつ、それをタンスや洗面所に置いていく。


全てを片付けて、ふと疑問が浮かぶ。


私は会社から帰る道でひき逃げに遭ったという…。


じゃあ、その時の荷物は?


入院に必要なものは確かにそろっていた。


しかし、ここに運ばれる前の荷物が一切ない、なんてことがあるのだろうか?


もしかすると、事故にあったときにその衝撃でぐちゃぐちゃになってしまったのかもしれない。


でも、財布や貴重品などはぐちゃぐちゃになったとしてもあってもいいのではないだろうか?


それとも、何か必要で警察に預けられているんだろうか?


そうだとすると、さっき篠崎さんが説明してくれているだろうし…。




考えても仕方がない。ないものはない…。受け入れるしかない。


そういえば、屋上庭園があると相川が言っていた。


気分転換に行ってみるのも悪くないかもしれない。




私はナースステーションで看護師さんに屋上庭園に行くことを伝えると、リハビリも兼ねて階段を昇って行った。


6Fから7Fにあがるだけでも、少し息が上がってしまう。


体力が落ちてるせいだろう。


ちょっと休んで、また上がろう。これもリハビリだ。


7Fの階段の近くにある椅子に座り一休み。


すると、どこからか子供の歌う声が聞こえてきた。


『あめあめ ふれふれ かあさんがー  

 じゃのめで おむかえ うれしいなー

 ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪』


元気のいい歌声が響いている。病棟の雰囲気も、随分と可愛らしい作りだ。


小児科病棟の様だった。


キャッキャとしながら、飛び跳ねながら、何人かの子供たちが歌っていた。


この歌は、聞き覚えがある。


私も幼い頃に歌っていたような気がする。


そんな時、スッと見覚えある姿が通り過ぎた気がした。


相川だ。あれだけ容姿が整っている人はそうはいない。間違いない。


なぜ、小児科病棟に…?


思わず気になり、目で追ってしまう。


相川は、小児科病棟の病室の中に入っていった。


何でだろう?と疑問に思ったが、考えても仕方がない。


私は再び階段を上り屋上庭園を目指した。






外は曇り空だったが、うっすらと雲間が赤く染まり、夕方から夜に変わろうとしていることを教えてくれる。


屋上庭園には、手入れされた花が綺麗に咲いていた。


赤く咲き誇るのは、薔薇だろう。


真っ赤な花びらに、雫がキラキラと光っている。


時間が時間だからか、屋上庭園には人が少なかった。


外を眺めても、高層ビルが並んでいるだけ。


気分転換にはなったが、特に思い出すようなこともなかった。


帰ろう。


階段を降りようとしたとき、ドンっと背中を押された。




え?




気がついたときには、体は斜めに、下に、落ちていこうとしている。


まるで、スローモーションのようだった…。


『最悪の場合、あなたの命を狙っている可能性もあります。』


篠崎の言葉が、頭の中に響いた。











初めての作品になります。

拙い部分もあると思いますが、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

よろしくお願いします

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