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⒉飴玉の秘密

飴玉のひ・み・つが明らかに。


「おにーさん!飴玉三つお願いしまーす!」

「いらっしゃい。元気いいねえ、青年。君もテスト用に?」

「そーそー。俺元々弱めだからさ、検査無い時はできるだけ補っときたくて。

あ、三つともいちご味でお願いします!」

「了解しましたよっと♪」


この子が数十人どっさりとやってきた学生の最後の一人。制服がとても似合う笑顔が素敵なイケメンのお兄さんだ。

肌に煌めく汗がなんとも青春らしかった。

ズボンのポケットから取り出した水色の巾着袋はしわくちゃだったけど、愛らしく感じる。

まだ数回目の来店だけど、確実にこの店を好きになってくれているのを感じて凄く嬉しい。


俺はささっといちご味の飴玉を三つ巾着に入れる。この子も急ぎだろうしね。

青い紐をキュッと紐を結び、青年の手にのせた。


「はいどうぞ。テスト頑張ってな。

…………俺のパワー、存分に活用してね」

「ははっ、頑張らないとなあ…………。

ありがとうございました!行ってきます!」


青年は猛烈なスピードでダッシュしていった。

確かにもう一限まで10分もないからね。

彼の背中を見送りながら、自分の青春時代を少しだけ思い出した。


なんにもやる気が起きなくて、無愛想で。

幼なじみに引っ張ってもらわなければ、学校にだって行っていなかったかもしれない。

あんなキラキラした青春は、ある一瞬を除いてどこにもなかった。

その一瞬だって、結末は良いものではなかったし。


…………心が湿気てくるのでもうやめよう。

俺は静かに首を振って、店内に入り扉を閉めた。


大半の客は学生なので、朝のラッシュが終わった今の時間は基本暇だ。

だから足りなくなった飴の補充をすることにしている。

今日一番売れたのは確かレモン味だったかな。

在庫を確認すると、やはり黄色の飴玉の数が大きく減っていた。

昼夜の客の為にも、早速作り足さないと。

爽やかな味がみんな好きなのかな。ライム味も取り入れてみようか……。


俺はキッチンがある二階の自分の部屋に上がる。

少しボロい小屋なので、一段上がる度に階段がミシミシと音を立てて粉を吹いている。

少しカビ臭い木の匂いが鼻をついた。


ドアを開け部屋に入ると、中はぼんやりとした白い光に照らされており、しんとした静けさが心の中に広がった。

入ってすぐ右には小さなキッチンがあり、左にはトイレ。家具なんて買う金はないので、中央奥に敷布団に布団と枕、小さな机、一番奥には小型テレビ。

キッチンの上には小さなベルがぶら下がっており、店の入口のドアと紐で繋がっていて、ドアが開くとベルが鳴る仕組みになっている。

客が来たら、その音が知らせてくれるってわけだ。


…………確か、今日はニュースに……。

いや、やっぱいいや。

俺は一度握ったキッチンにおいてあったテレビのリモコンをぽいっと投げ、早速飴玉作りに取り掛かることにした。


シンクの下にある引き出しから透明なボウルを、冷蔵庫からは黄色いレモン味のシロップ、砂糖を取り出して、オーブンシートを用意すれば準備OK。


…………そしてまず、初めにやることがある。

この工程を踏まなければ、というか、これを入れないと、俺の飴玉は飴玉たるものではないからだ。ただの飴ちゃんになってしまう。


そう、この僕にとって唯一と言える「魔法」を使ってね。

俺はボウルの方に向けた手に力を込めて、一言。


“シャルメ・ヴァントワ”


そう唱える。


すると、手の周りが淡白く光り、コロン、コロンコロンと無色透明の錠剤ほどの大きさの丸い塊が飛び出して、ボウルの中に落ちていった。


さて、これが俺の飴玉の秘密だ。


話せば長くなるので手短にするとして、簡潔に言うと、これは俺の魔力そのものだ。

まあ、正確に言うとそのものではなく、「俺の魔力を塊状にして出力したもの」って感じ。

だから正確に言うと魔法じゃない。

呪文みたいに唱えたものはいわば合図みたいなもので、「せーのっせーで」みたいな掛け声と同じやつだ。


俺は名家の生まれってのもあって生まれつき莫大な魔力があるんだけど、それを体内で変換して“魔法”として出力する能力を持ち合わせていなかった。

わかりやすく言うと、めちゃくちゃでっかい発電所はあって電気は作り出せるんだけど、コンセントを差してもドライヤーからは熱風が出ず、エアコンからは風が出ず、電子レンジからはマイクロ波が出ないって感じ。電気は通ってるのにさ。

そう、つまり恐ろしい宝の持ち腐れだった。

それをなんとか打破したくて、悔しくて、俺は血の滲むような練習を重ねた。

そして高校三年の時、魔力そのものを小さな塊として具現化することに成功したんだ。


そんなに、すごくないって思うかな。


だけど、俺にとっては、これが全てになった。

これが、俺の生きる術になったんだ。


なぜかというと、それは、魔力という概念が分かればおのずと解ると思う。


魔力は体内にある個々人の魔力回路が作り出すもので、その魔力回路が作り出せる魔力量は人によって違い、生まれつき一回に作り出せる最大量は決まっている。努力でどうにかなるものじゃないんだ。


魔法が使える人っていうのは、その魔力回路を持ち、その魔力を魔法という呪文により変化させて出力できる能力を持つ人のこと。

魔力回路を持つ人は原則的に魔力を魔法として出力する能力も持っている。俺は例外。

ただ、魔力回路からほとんど魔力が作られない体質で魔法が使えないって人はたまにいるんだ。


そういう人はまず自分に魔法が使えるなんて思ってもみないし、誰も気づけない。

だって、魔法の元になる魔力が作れないんじゃあ、変換するものがないからだ。


そしたら、魔力を分け与えればいいじゃないかって考えると思う。

よく物語とかでは強い魔法使いが味方に魔力を分け与える、みたいなシーンがあるよね。

でも、現実的にそんなことは出来ないんだ。

体内の魔力は魔法に変換し出力することでしか体外には出せないから、自分の魔力そのものを他人に分け与える術は普通存在しない。


人間由来の魔力の他に、空気中には自然由来の魔力が漂ってはいるんだ。魔力を多く含みやすい鉱物とかがぶつかり合って空気中に混ざったりとか、その他諸々でね。

ただものすごく微量だから、ほとんどの土地じゃあ普通に深呼吸したくらいでは魔法に影響はない。

鉱山とかは別で、あそこで魔法を使うと威力が強くはなるし、さっき言ったような人たちは鉱山ではすごく弱い威力だけど魔法が使えたりするから、それで自分の素質に気付いたりすることもある。まあすごく稀なケースだよ。

商売する人ってのは目ざとくて、これを利用して、鉱山の空気を大量に集めて圧縮してボンベに詰めて売っていたりはするんだ。

だけれどそれでもそこまで量が多いわけじゃないし、吸っている瞬間しか魔法が使えない。おまけにすごく値段が高いんだ。

魔力値が高い空気がたくさんある山は限られているし、その山の多くが宗教的に立ち入りを禁じられてる聖地になっているのも理由だ。


鉱物を使えばいいって考えるとも思うけど、あれを人工的に割るのは難しいから、商品にするのは現実的じゃない。

魔力を含めば含むほど、鉱物はすごく硬くなるからね。それに割りたての鉱物の粉を吸うのは身体に良くないもん。


つまり魔力はほとんどの場合、生まれつきの量に全てが委ねられることになるんだ。

魔法に関しては呪文の唱え方やイメージの仕方の練習、単純に回数をこなしていくことで変換や出力の精度が上がっていくけれど、魔力量に関してはさっきも言ったように、努力じゃどうにもならない。


主に、親からの遺伝が大体を決める。


例えば、この国を建設するときに王の力になった家臣たちの子孫の家、いわゆる「名家」出身の人たちは基本的に優秀な魔力回路を持っていることが多い。彼らの先祖達が大魔法使いたちで、その力で王を助けたってことがよくわかる。

だから家柄で色々差別されることは昔からの事だし、学校の入学資格の中に保有魔力量の最低ラインの値が示されているのは当たり前。

保有魔力量は生まれた時に病院の機械で測られて、数字で母子手帳に記録してあるからね。


話が長くなったけれど、つまりだ。

俺のこの“魔力そのものを凝縮して塊として出力する”能力はとても価値があるってこと。

これを飴として、しかも子供でも買える低価格で販売してるって分かれば、俺の店が人気な理由も一目瞭然ってわけだ。


おっと、まだ飴作りの序盤だったことをすっかり忘れてた。


今長々と説明した“魔力”の塊を23個ほど手元に出したところで、次の工程だ。


鍋に砂糖とレモンシロップを入れて、強火で煮つめる。

綺麗なビビットイエローが気持ちを明るくような気がする。舐めてる人の気持ちも明るくなるといいな。


この工程がやけに楽しい感覚、つまりカラフルな液体に何かをするのが好きなこの感じは、アニメとかでよく見る科学部の実験が好きな人なら分かると思う。

緑と水色の液体を混ぜて爆発する、みたいな。少し違うかな?

でも俺は大好きだった。実際あんな実験はほとんどしないけれど、憧れるんだよね。


泡がぼこぼことしてきてとろみが出てきたら、オーブンシートの上に広げる。熱いから気をつけないとね。何度かボケっとしてて火傷したんだ。


ヘラで混ぜつつ冷ましていって、手で触れるくらいになったら手で伸ばしていく。

ここまできたら、次の工程。


先程作った水飴を、最初の工程、つまり“魔法”で取り出した魔力の塊を中心に包み込むようにして丸めていく。大きさは決まってるから、手の感覚を頼りに慎重にね。

丸めていく工程は、昔泥団子を作っている時のことを思い出させる時があるかな。

兄貴……二人目の兄がよく付き合ってくれて、どっちが綺麗な泥団子を作れるかなんて競った記憶がある。

よく勝ってたけど、今考えてみれば兄貴が負けてくれてたんだろうな。

……そういえば、一人目の兄とは、遊んだ記憶なんてこれっぽっちもないかも。

確か、英才教育みたいなのを受けさせられていたからだと思う。

大変そうな勉強でもニコニコ笑って部屋から出てきた兄さんを見て、凄いと言うよりかは少し不気味に思っていたなあ。


おっと、もう最後の一個だ。

全て丸め終えたら、冷蔵庫にいれて冷やし固めた後、取り出して常温の場所に置いて様子を見る。

時間を置くと、真ん中に入ってる魔力の塊から魔力が少しずつ滲み出てきて、飴玉全体にいきわたるんだ。

細かい魔力の粒はラメみたいにキラキラしてるからすぐに分かる。

全体に魔力が行き渡ったのを確認できたら完成。

これで、飴玉の仕込みは終わり。


こうすることで舐めた時に濃い魔力をゆっくりと身体に供給できるから、舐め終わって10分くらいから魔力が増えるのが実感できて、そこから誤差はあるけど1時間くらいは一定の魔力量が増えた状態が実現できるようになったんだ!

ここまで調整するのに苦労したんだよ〜。

でも、理想の飴玉ができた時の感動は今でも忘れない。


これはみんなの希望になり得るものだから。


魔力が少ない人でも強い魔法を使えるようになるし、もしかしたら魔力がないだけで魔法が使える素質があるかも……っていう人が気軽にチャンスを掴める機会を作れる。

魔法が使えない人にとって魔力は身体に入れても水蒸気と変わらない何も害のない存在だから、誰でも舐められるしね。


これが、俺の最高傑作、“飴玉”だ。


父によると、この魔力の塊を出す能力を手に入れているのは世界で俺だけらしい。

というのも、魔力回路を持っている人で魔法に変換出力できないという人はまずいないから。

俺は突然変異とも言える体質なんだって。

それに俺が魔力そのものを出力できるようになったのは、その才能があったというよりかは練習を積み重ねたからなんだ。


使えないのに魔法の真似事をしていた中学生の時、手から何か力が抜けていく感覚があって、密かに調べたら魔力そのものが少量出ていることに気がついてね。

そこからは毎日毎日それを繰り返した。やりすぎて倒れたこともあった気がするな。

甲斐あって無色透明の気体がちょろちょろしか出なかったのが、どんどん凝縮して塊の固体として出せるようになっていったんだ。

天才型の兄さんや兄貴とは違って、俺は努力しないとできるようにならないタイプだからね。


そういえば、兄達はどうしてるんだろう。

18で父に勘当されてからもう8年も経ってしまった。

時の流れっていうのは誰しもが言うように、早いよね。すごく。

今日は確か、当主になった兄さんが何かを発表する為に会見をする日だったはず。

テレビでもきっと、お昼のニュース番組が中継しているはずなんだよね。


さっきはやめちゃったけど、テレビ、つけてみようかな。

久々に兄さんの顔も見てみたいし。

父さんなんかもちらっと映ったりしないかな。


というか、投げたリモコンどこだっけ……?

テレビの裏にでも飛んでいったかな?


そのまま探そうと思ったけれど、その時チリンチリンとキッチンの上にぶら下がっているベルが鳴り響いた。


どうやらお客さんのようだね。


俺は部屋のドアを閉めると、急ぎ足でバタバタと階段を駆け下りた。


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