side girl
あー腹が立つ。
私は机の上に伏せるようにして考え込む
中学校になって四年ぶりに会って同じ学校で同じクラスになったのに、挨拶もしない。
どうしてだろうか。私のことが嫌いになったのだろうか?
だとしたら何で?
私は嫌われるようなことをしただろうか。それとも、私の存在を忘れたのだろうか?
むー。
それはそれでありえそうだ。
アイツは幼稚園ぶりに再会したらしい旧友に対して「覚えていない」と真顔で答えたらしい。
何でも、小学校生活が濃厚過ぎて幼稚園のことはこれっぽちも覚えていないのだとか。
その旧友は激怒してそれっきりアイツと話していないとかなんとか。
まあ、それは登校時間の話らしく、私はまだ教室に到着していなかったためにその真意は知らない。入学してニ、三日経った頃だったらしい。といっても、まだ入学して一ヶ月も経っていないため、つい最近の話なのだけど。
しかし、その話が本当だとしたら私の事も忘れているのだろうか?
ハァー。という溜息しかつかない。
でも、彼の言う小学校生活に私と出会った最初の二年間に含まれているのだろうか?
アイツと出会ったのは背の順の二列並びのときに隣同士になったとき。
見た目は普通の男の子だし、性格も程よくやんちゃで、程よく優しいだけのコレっといって良いところはない。むしろ足が遅く、運動が超ダメの運動音痴でモテないタイプの男。性悪女が陰口で馬鹿にされているのを現在でも耳に入るくらいに……。
正直、その陰口、偏見が入ってて拳一発ぶん殴ってやりたいくらいだ。特に今日みたいにアイツが来てない日とかに聞いているとイラついて仕方がない。それでも、あの日を境に私は無闇に人に注意をすることをなるべく控えるようにした。そう、私が彼に初めて惚れた日だ。
あの日はアイツが何らかの事件を起こして説教されために帰りが私より遅かった。小学校一年の寒い季節の時だった。
私はその日。近くにあるコンビニで駄菓子を買い会計を済まして店を出た時、ガムを路上に吐き捨てる男子中学生の人を見かけた。
「あー。ゴミをポイ捨てしちゃ駄目だよ。ちゃんと拾って捨てなさいよ」
そう言った瞬間。男子中学生は舌打ちをする。
「うるせえな。いいだろう。どうせ、毎朝掃除してくれるジジイババアがいるだろう。そいつらが拾ってくれるからいいの。分かったか?」
身長が低い私を見下しながら答える。そこから見える人相が怖くて、身体が少しだけ震えるのが分かった。
「ん? コイツ、夏輝の妹じゃね?」
となりにいた友達であろう中学生が兄の名前を出す。どうやら、夏兄の同級生らしい。
「マジ? あいつムカつくんだよな。正義感無駄に高くて空手やっているから手を出しても負けるし……。そうだ、コイツをボコボコにしねぇ?」
最後に放った一言に私は背筋が凍り逃げ出したかったが、怖くて逃げ出せなかった。
「それはやりすぎじゃね? 流石に捕まるって。せめてカツアゲでしょ」
「んー。じゃあそうするか。ってことで、有り金だせや」
私に近寄りながら恐喝する。
「な、何で知らない人にお金なんかあげないといけないの。だ、大体男なのに弱い者イジメするとか格好悪――――」
すると、その人が持っていた鞄を地面に叩きつける。
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ。さっさと金だせや」
剣幕になって怒鳴る。
親に怒られることはあったが、おどけるような程の大声で怒られたことはなく、瞳から少量の涙が滲むのが分かった。
生憎、ここは人通りがそんなに多くないため、周囲に私達以外の人はいない。こんな人達にお金なんか渡したくない。
「ねぇ。どうしたの。ちーちゃん」
その声をした方向を向くと、そこに二年間背の順で隣であるアイツがやって来た。
バカ。お前なんかが勝てる相手じゃない。とっとと逃げてよ。
「あん? 友達かよ。ちょうどいい。てめぇもお金だせや」
男はアイツに強請ろうとする。
断ったら多分。男の子だからボコボコにされるかもしれない。そんなの見たくないのに……。
「お金持ってないよ。行こう。ちーちゃん」
そう言って、私の手を引っ張ってこの場を去ろうとするが、中学生はアイツの行く先を通せんぼする。
「逃げんじゃねえよ。あん。舐めてr――――」
「すみませーん。お兄さん達が僕達をイジメてくるので助けてください」
アイツは中学生の言葉を遮り、コンビニの自動ドアに入って叫ぶ。
すると、一人の若いコンビニ店員が私達の方に向かう。
「えっと、この制服は第三中だっけ? 小学生をイジメてる感じ? イジメ足りないのなら私が相手になってもいいけど、一応中高柔道やってたから君達みたいな弱い者しか相手にしない奴に負ける気はしないけどさ」
「何もしてねぇよ。行こうぜ」
そう言って、中学生二人組は逃げるように去って行った。
彼等が視界から消えると、緊張が切れて、恐怖と涙を堪えていた私は、アイツの胸の中に入ってしまって大泣きしてしまった。
「何で、何で助けたのよ。内海君がボコボコにされると思ったし、私一人で怖かったし、何かもう死んじゃうかと思ったし、もう、ワケが分からないよう」
「何でって。ちーちゃんは友達だからだよ」
涙声で言う私に対して、アイツは優しい天使のように囁いたのであった。
それから、彼のことを意識し始め、好きになっていた。
まさか、その半月後に親の都合で引っ越すことになろうとは思ってはいなかったが。
それはそれで、良かったのかもしれない。
私が彼を幻滅するような出来事があったのなら、それを見過ごせたのだから。
まあ、それはないと思う。
だって再会してから性格とか変わっていなさそうだったから。
あ……。
ふと、起き上がって周りを見回すと教室に誰一人としていないのである。
そういえば、次の授業は移動教室だったけ?
今日はいつも行動を共にしている千尋ちゃんが風邪でお休みなため、私を誘ってくれる人はいない。
それもそうだろう。私自身、基本的に話が合わない人は必要以上に話したくないから、その人達から見れば私は彼女達を避けている風に思われているだろう。
私は必要以上に群れるのは苦手だからそれでいい。私は私。他人は他人。人が自分と違っていて当たり前なのだから。
理科室は隣の校舎に繋ぐ渡り廊下を渡れば良いのだから時間はそんなにかからないが、始業のベルまで四分もない。
私は教科書などを持って教室からすぐに出て早足で移動すると、曲がり角で知らない男子とぶつかってしまう。
「ごめんなさい」
そう言って、去ろうとするが、腕を掴まれる。
「待ってよ」
振り解こうとするが、相手はやや強い握力で私を握るためそれが出来なかった。
「君、二組の阿南千秋だろ? 間近で見ると本当にかわいいよね。流石、学年上位の顔面偏差値だ。ところで、彼氏いるのかな? ここで会ったのも何かの縁だ。連絡先教えてよ」
チャラそうな言動をする男の顔を良く見ると、学年で要注意人物である中野である。
中学校生活が始まって初めての月が変わろうとしているのに、すでにそのような噂が広まっている時点で関わっては駄目なのは明白である。
顔がイケていたら、引っかかる女は大勢いるのだろうが、コイツの面はその真逆である。
見た目が全てとは限らないのは分かっているが、流石にこの顔でこの性格だと関わりたくないのである。
「あともう少ししたら授業が始まるから。またね」
営業スマイルをしながら去ろうとするが、コイツの握力は弱らない。
「オレの方は自習だから大丈夫だからさ。気にしないで交換してよ」
自己中野郎か。
私のチャラ男のイメージは女に対して優しいと思っていたが、そうではないらしい。そもそも彼がチャラ男かどうかすら怪しくなってきた。噂に尾ひれはひれがついて大きくなったのではないだろうか?
「ん? 何やってんの?」
その声を聞いた私は咄嗟に振り向くと、そこにアイツがいた。
「えっと……誰?」
チャラ男は表情を引きつりながらアイツを見て問いかける。
「さあ? 初対面で個人情報を与えるほどオレは寛容じゃないが、オレはお前のことを知っているよ。確か、この前本屋でエロ本買おうとしたら、西浦先生に見つかって説教されてた四組の人だろ」
その一言でチャラ男の顔は火がついたように真っ赤に染まって、私を掴んでいた手を振り解く。
「う、うるさい。他の人にしゃべってたら許さないからな」
そう言い残してチャラ男は去って行った。
「あ、ありがとう」
私は頬が少し暖かくなっていたのが分かったため、多分赤くなっているだろう。
「気にするな。それはそうとさっきのこと他の奴に言わない方がいいぜ。あいつイジメられるだろうし、エスカレートして自殺したら面倒臭い事になるだろうしな」
「分かってるよ。それくらい。……そこまで性格悪くないし」
そんな風に言うのは、私がそう見えるのかな……?
だとしたらもう少し周りに人懐っこくした方がいいのだろうか?
「ならいいや」
そう言って、アイツは理科室に向かっていく。
「ま、待ってよ」
私の声に応えてアイツは立ち止まって振り返る。
「あのさ……。私のこと覚えてる?」
覚えていない。という返事が来るかもしれないが、この際に聞いてみることにする。
「阿南……千秋。だろ? 小ニまで一緒で、背の順で隣だったオレのs――――」
二時間目の始業のベルが鳴り響く。
だんだん声が小さくなっていって、ベルの鐘で何を言っていたかは分からないけど、覚えていたらしくて良かった。
「やべえ。また、千葉センに怒られる。ちーty――。阿南さんも早く行かねぇと、あいつウザくて有名だから急ごうぜ」
そう言いながら駆けるので私も後について行く。
さっき“ちーちゃん”って呼びそうになったのは気のせいだろうか?
それはそうと、アイツの走り方のフォームが以前と違うことに気付いた。
もしかしたら、私が知らないところで鍛錬しているのかもしれない。だとしたらもっと好きになりそうだし、妄想が捗りそうなのである。
「遅れてすみません」
そう言って教室に入るアイツの後ろに近付いた私は、彼と私の身長は未だに一緒くらいであった。
いつか追い抜かれるかもしれないけど、ずっと同じ身長だったらいいなと少しだけ思ったのであった。
「今日の実験は手間かかるからとっとと二人とも席につけ。説教は昼休みだ。逃げるなよ」
「「はい」」
アイツと返事が被った。
以心伝心というやつだろうか?
何となく意味が違う気がするが、私の未熟な語彙力では相応しい四字熟語がすぐに思い浮かばいのである。
それはそうと、昼休みアイツと一緒にいられるので、前みたいに話しながら職員室に向かおうと思った。