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1 ロリへの扉・5


 炉プリカントは、僕にとっての代理身体であり戦闘用の複製自己身体だった。発展途上のサイボーグ関連技術はサイボーグもアンドロイドもまだ十分に生み出すことはできていないが、僕には一つの兵器を授けることとなったのだ。

 四体の炉プリカント……見た目にはロリ少女そのものでしかない彼女たちの感じる全てを、同時に僕は感じ取っていた。

 僕自身は、身を低くして疾駆していた。輝きに満ちた石材の地面を無駄なく蹴りつけてエントランス正面のガラスの大扉へと真っ直ぐに向かう。背後の警官隊もまた全力で走り始めていたが、装備の重さと、そして根本的な足の速さの違いのせいで大きくこちらより遅れていた。

 その間にも炉プリカントたちは占拠犯たちと戦闘を続けていた。自動で動く出来の悪いAI制御ではありえない滑らかさと正確さ、そして意表をつく奇抜さと優れた思考に支えられ、正面から迫るこちらの迎撃に向かおうとする者たちを押し留めている。


(戦闘用クオリア・パッケージ)


 荒事の只中にあって加速する知覚と思考の中で僕は声に出さず呟いた。現在の全ての感覚は――つまり「クオリア」は、通常の人間ののものではありえなかった。四人の炉プリカントの感覚を共有しそして彼女らの身体を操作し、さらに僕自身の感覚自体もまた、平時のものとは異なるものとなっていた。

 動体がはっきりと見える。物の境目のエッジが際立って視認される。一つ一つの音の質の違いと位置の違いがまるで頭の中の地図に色違いの点でプロットされるようにありありと分かる。風が肌を撫でるその感触がぞっとするほど細かく感じられる。

 僕は頭の中、補助機械脳とそれに繋がった大脳前頭葉ロリ野において、特殊な「クオリア・パッケージ」を活性化させていた。それは特殊なクオリア操作技術の一つであり、僕がWLOにおいてニンフォレプトの調査官の一人として活動するための武器であり、自衛のための盾でもあった。

 目や耳の感覚器そのものが質的に変化しているわけではない。ただ、脳内で特定の状態にセットされた電気信号や神経伝達物質の分泌のバランスがものの感じ方を変え、僕の意識・感覚を戦いの場に最適化していた。

 あと数メートルまで入り口に迫ったところで、ガラス扉の左右から小銃を手にしたロリが身を表した。一瞬でその二人を視認し、両者とも犯行グループの人間であることを確認し、同時に手に提げたLPDWを構えた。

 走る速度を全く落とさず、三発ずつ叩き込む。リズミカルな発砲音が響き渡り、射出されたショック弾――射出式テーザー弾――がガラスを突き破りその向こうの人影に突き刺さる。

 崩れ落ちる二人と砕け飛び散るガラスの群の中に、僕はそのまま突っ込んだ。それを待ち構えていたように、三人目の敵が眼前に現われる。大振りな振動切断ナイフを手にしたロリが、倒れていく先の二人のうち一方の背後から飛び出し、その刃を振るう。

 喉元を狙って突き出された刃は、前進する僕自身の速度と合わさって通常であれば視認も困難なほどの勢いで迫ってくる。が、僕の視界にはその刃の切っ先、煌く金属の頂点の動きがはっきりと見えていた。ある種の才能の持ち主や訓練を経た音楽家が、雑音も人の声も全て正確に音階として聞こえるというように、今の僕には素早く迫る刃の動きや形状が特別はっきりと、ありありと感じられていた。

 瞬きするよりも素早く僕はLPDWから左手を離し、開いたその手の平を伸ばして敵の手首を掴んでいた。

 そして次瞬には、駆ける勢いそのままに跳躍した。硬い音を立てて爪先で地面を蹴り飛ばし、腕を掴んだ相手の頭上を前方宙返りして一回転するように飛び越える。

 着地と共に鈍い音と感触が生じる。背中までねじられ折れた手から振動ナイフが落ちて耳障りな音を立てる。

 掴んだ手を離し、うめき声を上げる相手にショック弾を撃ち込み悶絶させて振り返った。


「拘束しろ!」


 後続の警官隊へと叫びを飛ばし、更にエントランスホール内部へと進む。脳内で四体の炉プリカントを自分の身体として操り、同時にそれぞれの知覚から情報を取りまとめホール内部の状況をリアルタイムで把握して更新し続ける。

 走りこみながら射撃し人質近くの敵を薙ぎ倒す。炉プリカントが場を乱したことで敵は既に碌な連携も取れてはいなかった。人質たちの悲鳴を無視して、僕は手近な敵に駆け寄った。


「舐めるな!」


 相手は叫び、飛び掛るようにして足を蹴り上げた。こちらが構えるより早く、僕の持つLPDWの銃身に爪先が激突する。

 予想外の衝撃の重さと正確さに、微かに目を見開いく。体勢を立て直そうとするが、それより先に二撃目が打ち込まれる。手に持った大型のライフルをコンパクトに振り、こちらのLPDWを弾き飛ばしてくる。

 勢いに逆らわず、一歩二歩と踵を打ちつけるようにして退がり、フェイントを入れて腕を伸ばし、相手の腕の関節を狙って拳を突きこむ。絶妙なタイミングの一撃だと確信し、しかし微妙に当たり所をずらされて逆に腕をとられそうになる。


(なんだ……?)


 腕を引っ込め、牽制に腰から小型のナイフを引き抜き振り払いながら、思考する。最適化された知覚に支えられたこちらに肉迫しその技量で拮抗しようとする眼前の敵に違和感を覚え、同時に、先のシーリン統括官の言葉を思い出す。不自然な最適化。戦闘用のクオリア・パッケージ使用の疑い。

 ひゅぅ、と細く強い呼気の音が敵の口から漏れる。僅かな隙を突いて、銃口をこちらに向け、引き金を絞ろうと指に力を込めていた。

 即座に僕はナイフを投擲していた。銃身に刃がぶつかり、僅かに揺らす。そして発砲音が轟き銃口がマズルフラッシュに輝いたときには、銃身はあさっての方向を向いていた。

 側面から炉プリカントの放ったショック弾が敵の肩口に突き刺さっていた。


「奇妙だ」


 言い残して、僕は次の敵に向かう。既に場は制圧に成功しかかっていた。警官隊も本格的にホールへと侵入し、倒れた犯行グループの構成員たちを次々に手際よく拘束していく。

 射撃が交錯し、炉プリカントが飛び回り、僕が炉プリカントの対処の外にいる敵を打ち倒していく。警官隊がそのバックアップを務め、一人、また一人と無力化されていく。

 突入開始から僅か数分で、戦闘は止むこととなった。




「二十三名。よく集めたもんだ」


 僕はホール中央に集められ拘束されている人質たちのすぐ傍に立って、辺りを見回しそう呟いていた。あちこちに倒れ付し、ショック弾の電撃で悶絶し、あるいは体の自由を奪われ、警官隊に拘束された犯行グループの面々を見つめて、短く息を吐く。犯行グループは全員で二十三名、事前の情報通りの数が拘束されていた。

 銃声と悲鳴が止み、せわしない警官たちの靴音と人質たちの緊張から解放されたことを喜ぶような小さな声や息遣いが、ホール全体に奇妙に弛緩した空気を醸し出していた。


『状況は』


 短くシーリン統括官の声が頭に響いた。


「現場を制圧……データを転送中です」


 小さく呟き返答し、言葉通り制圧から現在の現場の情報をシーリンの元へ、WLOの元へ送信し共有する。


『何か気づいたことは?』


 ひどく抽象的な言葉が投げられる。その物言いに一瞬間を空けてから、かぶりを振って告げる。


「今のところは。コンフリクトらしい兆候は無し、特殊な国際法違反の改造ロリ化身体も見当たりません」


 言って、一つ落ち着いてから、付け加える。


「ただ、相手をした犯行グループの何人かの動作や反射に、違和感はあります」

『どういった?』

「ひどく鋭い。知覚も動作も、こちらに真正面から拮抗できそうな者が何人も」

『それは、お前のクオリア・パッケージを通した「眼」で見て、か?』


 シーリンの言葉の意味を僕は即座に理解し、「ええ」と返した。


『敵の動作に戦闘用パッケージの痕跡があるかどうか、正確に見抜けるのか?』

「いいえ……ですが、手合わせした感触もあわせてかなり――」


 言いながら、苦いものを感じて僕は僅かに顔をしかめた。拘束された犯人グループの何人かをちらと見やって、心中で首を捻る。犯人たちは反ロリ化を唱えるグループの一つであるが、その格好はこうした荒事に慣れているようには見えない。ジーンズやパーカー、動きやすいだけのラフな服装ばかりが目に入る。はっきりいって、ただのロリ市民の集まりにしか見えない。

 だが、そんな彼女らは警官隊の突入を一度あっさりと防ぎ、僕と炉プリカントによる奇襲の最中でもそれなりに戦って見せたのだ。


『ではやはり――』


 と、そこまで言いかけたシーリンの言葉が突然に途切れた。



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