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5 ロリはさだめ、さだめは死・6


 咄嗟に反応できたのは、ロリ化による健康さのおかげか、訓練の成果か、それとも戦闘用パッケージをなんとか活性する事ができたからか――ともかく僕はこちらに倒れこむ兼田の胴を掴み、引きずりながら素早く後方に下がることができた。キャロルと共に瞬時に玄関にまで下がる。その間にも立て続けに轟音が意識を殴りつけてくる。

 何か、凄まじい火力による外からの射撃らしかった。超大口径の対物ライフルか何かを連射すればこんな感じだろうか。古いマンションとはいえ、その壁面があっさりと穴だらけにされ、衝撃で弾痕の周囲までがぼろぼろと土のように崩れ割れていくのは尋常ではなかった。貫通した弾丸が既に玄関までもぼろぼろにしており、玄関ドアも弾丸を受けて大穴が開きひしゃげ開きかけていた。

 キャロルが隙を見てそのドアを蹴破り、僕らはそこから外に転がり出る。マンション前の通りに駆けながら背後を振り返ると、自分が死んでいないことにたまらない違和感を覚えるような光景が広がっている。穴だらけ、といったような生易しいものではない。ズタボロに何もかもが引き裂かれ砕かれた室内の様子は、どこか腐乱し朽ちかけた動物の屍骸を思わせる。


「兼田は」


 キャロルが訊く。僕は片手で無理矢理抱えていた彼の身体を起こして怪我の具合を確かめる。出血は派手だが、すぐに死ぬというわけでもなさそうではあった。極僅かに肩の辺りを何かが掠めただけらしく、主要な臓器は無事と見えた。

 ただ、それでも左の肩は骨が見えそうな状態で重症であることは間違いない。意識は失われ、呼吸はしているようだが動きはしない。


「逃げるぞ」


 言って、僕は兼田を抱えたまま道路脇に止めておいた車両に駆け寄る。三歩歩いた時点で地面に振動が軽く走り、振り返る。

 六階建てのマンションの屋上部分に、何かが立っていた。暮れつつある夕方の、灰色の空をバックに、二本の足で屹立するものが。

 馬鹿げた事だが、僕もキャロルも僅かな間とはいえこの緊急時に、固まってしまっていた。何せ屋上に見えたそいつは四メートル近くはあろうかという高さの、人影に見えたからだ。

 恐らくマンションの向こう側から飛び上がってきたのだろう――よく見ればそれは、人の形をした装甲であり、関節駆動部であり、フレームとモーターであり人工物の塊だった。流線型のラインが全体的に多用され、厳しいロボットというよりは現代美術か、あるいは古い甲冑の類を思わせる流麗さを感じさせる。装甲部分は過半が鈍く深い銀で塗装されており、スポーツカーのようなスタイリッシュさと轟然とした威圧感を同時に放っている。

 手足の長さのバランスは多少人とは異なっているが、腕の先には五指がきちんと生えており、機械的なラインと有機的なラインが融合していた。右腕には馬鹿馬鹿しいサイズのライフルらしきものを把持している。本体が人間を巨大化させたようなフォルムであるのと同じく、ライフルもまた人間サイズのそれをスケールを間違って作ったようなものに見えた。

 コンマ数秒を挟んで僕らが我に返った時にはその銃口が既にこちらに向けられていた。人と同じようにそいつは右手のライフルの銃身に左手を添えて安定させ、引き金に指をかける。

 肺の底を冷えた金串で突かれる様な恐怖感と共に横っ飛びにその場を離れる。それと同時に、歩兵戦闘車の機関砲か何かのような、硬く重々しく鋭い発砲音が立て続けに響く。がつがつと鋼板を叩きつけるような射撃音に、着弾の更に騒々しい破砕音が続き、重なっていく。

 十発も撃ってはいない。もっともそれで十分だった。駆け込もうとしていた、僕がここまで乗ってきた車両はひしゃげ、タイヤが弾け跳び、エンジンが叩き潰され、一息にゴミに成り果てていた。

 止まらずに走り続ける。キャロルもまた駆け、マンションとは反対側の建物の群の中へと飛び込んでいく。銃声と地面や壁を掘削するように打ち抜きかち割る音が背後を通り抜ける。路地に入り込み、崩れかけのビルの影へと走りこんで合流し、更に走りながらキャロルが声を上げた。


「なんであんなもんが出てくる!」


 冗談じみた事態に対する罵声に僕は「さあね」とヤケクソ気味に答え、それと共に先の鉄巨人の正体について、補助機械脳をネットとWLOの情報に繋いで検索と問い合わせを走らせる。

 すぐにいくつかの結果が返ってくる。


「延長強化ロリ化身体」


 僕と情報を共有したキャロルがその名を口に出した。

 主にロリ化推進する先進各国において採用が考えられている兵器の一種だった。

 美しく健康ではあるロリ化身体だが、その一方で荒事にはあまり向いていない。リーチの短い手足、細く薄く筋力にも体力にも劣る体格、華奢な骨……ロリ化は世界にある程度の平和をもたらしたが、戦争も紛争もなくなっていない現状これらロリ化身体の特徴は国内テロ組織や非ロリ国家との戦闘において無視できないウィークポイントとなりえる。

 ロリ化以前から考え生み出されてきたパワード・スーツやパワードウェア・クロージングなどの身体動作支援・強化装備、それにLPDWなどのロリ化身体用銃器はロリを戦闘で活躍させるのに役立ってはいるが、それとて十分ではない。

 次世代無人兵器の大規模な利用がそうした問題に対する一つの回答として掲げられている一方で、前線に立つ生身のロリのための新たな装備もまた日々研究開発が進んでいた。

 その一つが、延長強化ロリ身体――旧来の補助的なパワードスーツの発展形として、ロリ化身体全身を包み小さく華奢なロリが厚い装甲と力強い人工筋に包まれた存在となるための兵器だった。四メートル弱の機械スーツを小さなロリが着こんで(というより搭乗して)『強く逞しい身体』として戦うというわけだ。

 調べながら、いくつか建物の脇をすり抜け、別の道路を移動する。兼田が重荷になってしまっているために、それほどの速さでは移動できない。追いつかれるのも時間の問題だった。

 息を切らしかけたキャロルが厳しい顔を僕の抱えた兼田に向ける。


「どこから出てきたの、あんなトンデモ装備」

「いくつかの国で試験中の型のものと外形が一致する。製造元は――ハンバート・エレクトリック」


 またなの? と心底呆れた声をキャロルが零す。


「捉えたあの二人のロリの情報もあわせて、今現在強制調査中なのに」


 今この時点で更に動くなんて、自殺行為じゃない、という彼女の言葉にそうだな、と同意し、


「こいつを狙ってきたのかもしれない。非公式の雇われごろつきのロリ二人以上に、情報要員として動いていた人間はハンバートにとって致命的な急所になりやすい」


 兼田を示しながら言う。そして、そのぐったりとした身体をキャロルに差し出す。


「すぐ近くに炉プリカントが乗ってきた車両がある。乗せて、この場を離れろ」

「私だけが?」

「二人で行っても後ろから蜂の巣にされるだけだろ。こっちは炉プリカントとあれを牽制して引きつける」

「引きつけるって……正気?」


 かなり本気でこちらの精神状態を疑う視線を向けられる。まったくもって、正当な反応だ。

 僕の装備は腰に下げた拳銃と、LPDWを装備した炉プリカントたちのみ。敵は戦車ほどとはいかないもののそれなり以上に厚く硬い複合装甲に守られた最新兵器だ。まともに相手をするならそれこそ戦車か、そうでなくとも対装甲用ロケットや大型の徹甲弾辺りが必要になる。そんなものは完全に軍隊の領域だ。ニンフォレプトの装備ではない。

 現在の僕はロケットランチャーどころか、対物ライフルすら持ってはいない。持っていたとしてもそんなものの訓練は受けた事がないからあまり意味のない仮定ではあるが。なんにしろ、絶望的という言葉がなんともしっくりくる状況だ。

 絶望的――ではあるものの、頭を抱えてむせび泣いてもいられない。自らを鼓舞するように一つ短く息を吐き、僕はキャロルに言葉をかける。


「一人だが一人じゃない。なんとかやるさ」


 重い荷物を相棒に預けて軽くなった肩を軽くほぐしながら、僕は自身の分身たちを意識する。三人の人工のロリたち、炉プリカントたちを。アナベル・モニーク・ヴァレリアの三体は既に散会し移動し続けていた。


「あれがハンバートの手の者だとして、これだけ立て続けに無茶なことをやってのけるんだ。他の証拠や証人がどうなってるかも分からない」


 僕は呻くようにそうキャロルに告げる。頭の中に思い浮かぶのはロリコン現象を起こしてフローリングの床に倒れこんだナナサだ。医療機関による治療とWLOによる保護・拘束のための連絡はしてある。だがハンバートが今兼田を狙っているとすれば、同じように事の真相について情報を持つ彼女がどうなるか分からない。


「そいつを死なせるわけにはいかない。出来るだけ早くWLOの支援や地元警察と合流しろ」


 命じて、答えを聞くより早く僕はその場から駆け出す。腰からハンドガンを引き抜きスライドを引いて射撃準備を行う。敵はすぐ近くまでこちらを追って駆けていた。巨体ではあるがその動作は滑らかで、人体と同程度には細かな動作に対応しているらしかった。廃墟であるが故にあちこち通路は狭くなっていたり突き出した鉄骨が邪魔になっていたり廃車が転がっていたりするのだが、それらをさして苦にする様子も無く身を屈め、跳躍し、疾駆している。

 そんな様子を何故知っているかといえばビルの一つの三階辺り(崩れかけているせいで正確な階数は分からないのだが)、非常階段に身を潜めさせた炉プリカント・アナベルの目を通して視ていたからだ。僕に向かって突き進むその巨体に僕はアナベルとしてLPDWの銃口を向ける。

 後方から膝裏辺りを狙ってフルオートで弾丸を叩き込む。連射速度の早いLPDWが硬質で粒の揃ったやや甲高い射撃音を響かせる。足元が階段であるためやや不安定だが上手く集弾し、狙い通りに強化ロリ身体の膝関節へと弾丸が殺到する。

 そしていくらかの火花と耳障りな音だけを残す。膝裏の関節カバーと装甲にやや傷がついただろうか。それだけだ。さしたるダメージは確認できず、瞬時に相手は上半身を旋回させる。

 咄嗟に手すりを乗り越え飛び降りると同時にそれまでアナベルが立っていたあたりが立て続けに小さく破裂する。金属製の手すりやステップが千切れはじけ飛び、コンクリート片がばらばらと舞い落ちる。

 大型ライフルをアナベルに向ける巨体に、僕は続けてもう一人の炉プリカントの銃口を向ける。路地からモニークの身体を僅かに覗かせて同じようにLPDWで射撃を加える。今度は敵の側面に命中するが、銀色をした装甲には全く歯が立たない。着弾の衝撃はそれなりのものとなるはずだが、足元をふらつかせる事も無く強化ロリ身体は横合いからの弾丸の雨を受け流す。

 飛び降りたアナベルは落下の最中に一度階段に手を触れ減速し、着地してすぐにビルの壁面に沿って走り出す。強化ロリ身体を視界の端に入れて、その四肢の動作、ライフルの向き、銃口の僅かな揺れを戦闘用クオリア・パッケージによって最適化された感覚の中で意識する。

 更に二度、三度と短く敵の大型ライフルが吼え、アナベルを仕留めようとするが間一髪ですぐ近くの瓦礫の山の向こうへと逃げ込む。弾切れを待ち、その間に腰のポーチから弾倉を取り出し交換し、今度は相手の頭部を狙って瓦礫の隙間から射撃する。カメラやセンサーの類をどうにか損壊できないかと狙った攻撃だったが、これも装甲面に弾かれるだけで大した成果は上げなかった。お返しとばかりに相手も弾倉を交換し銃口をアナベルに向け直す。一抱えほどもある巨大なマガジンが強化ロリ身体の足元に転がり、くぐもった大きな音を響かせて既にヒビだらけの路面に更に亀裂を入れた。

 瓦礫ごとアナベルを打ち抜こうとするその大型ライフルの銃身をモニークで狙う。弾丸をなるべく銃身の先のほうに集中させると、破壊とまではいかないが何とかその銃口をそらすことに成功する。狙いを曲げられた大口径弾が付近の廃ビルたちに当たり古いコンクリートを砕き雨のように降らせる。

 炉プリカント二機による攻撃はかろうじて敵の足を止めていた。本気で突破しようと思えばできるのだろうが、相手はこちらの装備も知らない。確実に仕留めてから僕とキャロルを追うべきと考えたのか、アナベルとモニークを潰す気で動いているようだった。だが別々の方向から息を合わせて見事に連携する(どちらも中身は僕なのだから当たり前だ)二人に手間取っている。

 紙一重だ。力に任せて突っ切られれば対処のしようもない。相手が恐れて、あるいは舐めているうちに、僕は誘導を開始する。

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