4 ロリはロボット・2
イデアから聞いたコンフリクト原因についての炉学研究所の推測は、イデアの名を伏せて統括官に簡単な文書と口頭で報告するに留まっていた。確かな事実と分かったわけでもないただの研究途中の推測だとイデアの話ではそう言っていたし、何より炉学研究所もまた調査対象の一つとしてこれから手を入れるのだ。その過程でそうした情報もよりきちんとした形で明らかになるだろう。
ハンバートの各施設には既に大規模な立ち入り調査が行われているが、炉学研究所をはじめとしたいくつかの組織はまだ手をつけ始めた程度だ。人手と優先順位の関係で、ハンバートとほかいくつかの組織には最初に手をつけることになったが、どこも手が足りていない。
今は兼田のような人員によってひっそり調べられている炉学研究所だが、大っぴらに正面から深く調査が入ったときどうなるのか、僕は想像する。兼田によれば炉学研究所は外部に秘密の多い組織だ。反発はあるだろうか。今回の事件に関係なくとも国際規則に反する研究はないだろうか。イデアは、大丈夫だろうか。
そこまで考えて、僕はイデアに細かく所属部署や与えられた役職を聞いておくべきだったな、と今更思う。末端の一研究員だと彼女は言っていたが……。
そうして考えに耽る僕に、すぐ隣からキャロルの声が飛んでくる。
「カリカリしてたね、ハンバートの人」
あっけらかんとした声。僕はそりゃそうだろ、と返す。
僕らはコンパクトな二人乗りの自動運転車の中にいた。WLOの管理する車両で、交通管制ネットと車体内部のソフトで自動運転される至極一般的なスマートカーだ。
僕は運転席(といっても緊急時以外は何も操作することはないのだが)に、キャロルは助手席のシートに身を預けていた。運転席と助手席、といっても慣例的な呼び名以上の意味はなく、どちらも同じつくりになっている。手動運転用のハンドルは目の前のつるりとした曲面液晶に覆われたダッシュボードの奥に格納されていて(これも両側に仕込まれている)、液晶には速度・バッテリー残量をはじめ各情報が表示されている。
周囲には同じような車が走っており、車体各部のセンサーと常時取得している道路情報、それに車両ごとの優先ランク付けによって適切な速度や車間を調節しつつそれぞれの目的地へと向かっている。僕らはといえばハンバートのビルを出てきたばかりだった。二層に重ねられた高架道路の最上部を走りながらミラーを確認すると、後方にかすかに小さくハンバートのビルが見えた。
「しかし、なんだ――」
僕は視線をミラーから隣に座るキャロルへと移す。正確には、彼女の腰、細く、身体の線がよく出る薄手のシャツに包まれたそこにやや無理矢理下げられたソードオフ・ショットガンを。
「それなりの装備はしておいてと言ったが、なんだそれ。ギャングか何かにでもなったのか」
「だって、今回の件に関して後ろ暗い誰かさんが手出ししてくるかもしれないんでしょ? ハンバートにだってわざわざ顔見せしたわけだし」
まあそれはそうだが。
「撃てるのか? それ」
細い腕を見やって訊くと、キャロルは力こぶを作るようなポーズをしてみせた。
「もちろん。私のロリ化身体、特別製なの。言ってなかったっけ?」
「特別製?」
「そ。テスト段階の体内質量能動制御型ロリ身体で――まあともかく、備えは必要でしょ」
こつこつ、と銃身を指で叩く。
キャロルの言葉通り、僕らはハンバートをはじめ調査を行う対象組織に対して必要な通告などを行うと同時に、やや露骨な顔見せを行ってもいた。理由は単純なものだ。つまり、
「早めにどこかが引っ掛かって手でも出してくれば、手っ取り早い、か」
ということだ。いささか原始的な期待ではあるが、特にハンバートなどは過激な反ロリ組織とも繋がりがある。ダメ元で、相手が苛立って妨害でもしてくるならそれは調査を大幅にショートカットするチャンスにもなる。当然リスクもあるわけだが、なにせ占拠事件の時のような異常な現象が絡み、しかも戦闘用のクオリア・パッケージという危険極まりない代物まで関わっている事件である。あまりゆったりもしていられない。
いつでもそうだが、ロリ化関連の事件、WLOのニンフォレプトが動かねばならないような事態というのは割と緊急的で、一つ間違えれば最悪ロリ化社会全体に酷い損害が出かねないものなのだ。
話す内に、車はいくつかの降り口の分岐を通り過ぎ、やがてその一つに入り、地上に降りていく。新造成区の中心に程近い場所に出て、今度は摩天楼の町並みの中をするすると進んでいく。古い時代に比べれば幾分計画的に発展した新造成区だが、発展したが故に複雑になった面もある。建物の群と立体道路がぎっちり詰め込まれた中心部は、自動運転やネットのナビや拡張現実の案内がなければひどく迷いやすいだろうと思えた。そんな複雑な都市の中を右に左にと道を折れ、進んでいく。
「それで、どうするの? 私たちも地道に炉学研究所やハンバートの調査でもやる? WLOの一般職員に混じって」
窓の外を見るともなしに見ながらキャロルが問う。
「それじゃニンフォレプトである意味がない。正面から押し入ってサーバーや機械脳内部のデータを押収したり解析したりするのは趣味じゃないし僕らの仕事でもない」
「それなら?」
「当分は、特に怪しいところに対して『ニンフォレプトらしい』やり方でいくことになるな」
ニンフォレプトらしい、という僕の言葉に、キャロルはこちらを向き、どこか不穏な形の笑みを浮かべてみせた。不敵で大胆な、にやり、という文字がその辺に浮かんできそうな表情だ。その表情が示すのはつまり、非常にきな臭い、危うい行為がその「ニンフォレプトのやり方」に含まれるという事実を表している。
ニンフォレプトはその多くが一通りの戦闘のための教練を受けている。銃器の扱い、基礎的な格闘から特殊な戦闘用パッケージや炉プリカントのようなキワモノの扱いまで、様々な技能を修めている。
それがなぜかといえば、先の占拠事件のような事態に際して介入するためでもあるが、一方で、「ニンフォレプトとしての調査行為」のためでもある。
例えば過激な反ロリ団体のような組織にちょっかいを出したりほとんど殴りこみのような形で強制的に調査を行ったり、重大なロリ化関連犯罪を調査のみならず「制圧」したり、といったようなことが、よくよくあるのだ。というか、そういう特殊で危険な業務のためにわざわざWLOはニンフォレプトという集団を抱えているともいえる。
ハンバートなどの組織への正面からの調査は、他の人間に任せればいい。占拠事件の実行犯であるホワイト・ロリータと関連する人物・組織や炉学研究所に怪しい部分があればそこに無理矢理調査の手をねじ込み、場合によってはそれを制する。そうしたことが、今の僕らに求められることだった。現地警察から情報を引き出し強制してでも共有させたり、といった骨折りも含まれるかもしれない。あとは、フォーンレットというあの男についても調べる必要があるだろうか。
やることは多い。占拠事件のときに暴徒化した群集のあの呪文のような声を思い出す。早めに事件を解き明かさねばならないが、その道のりは長そうに思える。
「本当に、ハンバートか炉学研究所あたりがちょっかいでも出してくれたほうが早そうだな……」
呟く。と、突然キャロルがシートにもたれていた身をさっと起こした。先までやや弛緩していた目元にきゅっと力が入っている。
どうした――と僕が言う暇もなく、彼女は目の前の液晶に指を走らせスマートカーの車体管理・操作画面を呼び出す。
「言ってるうちに、きたかもね。ちょっかい」
口早に言いながら彼女が手早く何度か液晶をタップすると、一瞬で、僕の周りの視界が大きく変化した。明るく、広く。具体的に言うと、車体内部の窓以外の天井やドアの内側の広い部分が、まるで突然綺麗なガラスかアクリル板になったみたいに、透明化していた。
僕らの乗るスマートカーの外装のいくらかは、コマンド一つでその微細な内部構造を変化させる半知性素材で出来ていた。窓の周りの外装部分やドアの大部分、天井の大部分などがそれだ。視界を広く取りたいときなどには、外部からの光を上手く掬い取り内部で反射しつつ綺麗にそろえて車内に吐き出すことで、透明化したように見せてくれるのだ。外部からは窓以外不透明な車体に見える状態のままでこうした変化は行える。
さらに、車体内部にはそうした素材が使えないフレームなどの部位を補うために薄膜モニターがあちこちに細かく貼り付けられており、外部カメラの映像や各種センサーの情報を車両AIが統合し補正して表示してくれていた。
その合わせ技により、僕は今まるで透明ガラスに囲まれたような視界を得ていた。流石にエンジンや車体底面などはその対象外だったが。
こうした機能はなにか特別な仕掛けというわけでもなく、一般的なものだ。本来は旅行中の家族が景色を楽しんだりするような用途で使われる。僕らが乗っているのはWLO所有の車両だが元は民間用の車種であり、この内壁擬似透明化も元々の機能の一つだった。
「あれ、ずっとついてきてる」
キャロルが後部を指差す。目で追うと、透き通った(ように見える)斜め後方の車内壁越しの、都市の大通りを走る自動走行車の群の中の一台に行き着く。深い藍色の、大振りな、半ば小型トラックのようなサイズのSUVの車体。見かけだけなら、かなり大型だがありふれた自動車にしか見えない。
「確かか?」
「多分。ハンバートを出た直後からずっとちらちらミラーに見えてた」
キャロルの答えに、思考を巡らせる。高架道路をいくらか走り、下道に出て更にいくらか走行した。偶然ずっと背後についている車両はどのくらいいるだろう。
僕は即座に、僕以外の僕、自分以外の自分を意識した。




