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2 都市とロリ・4


「元々君がこちらに送られてきたのは、ロリ・コンフリクトの調査のためだ」


 シーリン統括官はデスクの椅子に腰掛け、眼前の僕とキャロルを前に開口一番そう言った。

 彼女の執務室はどうと言うことのない、本人の性格そのままの殺風景な場所だった。旧態依然としたデスクやキャビネットも置かれてはいるが家具は少なく、壁のほとんどがむき出しになっている。そのほとんどが情報表示用のスクリーンであり室内の人間の身振りや言葉を把握しコマンドに応える知性情報材だった。つまりは実用一点の内装というわけだが、一昔前の人間にはこうした物のほとんどない部屋が仕事のために実用的であるというのは信じ難い話らしい。


「ええ」


 僕は頷く。


「近頃日本での『コンフリクト』発生件数が少しばかり増えています。原因不明の騒乱、集団自殺、精神疾患の多発、局所的な犯罪率の増加……この国で起こるそれら現象を本国のAIが解析した結果、コンフリクトの関与とその増加が疑われています」


 今や社会で起こる出来事の多くは情報知性の解析によってかなり広く予測・推測し対応することができる。政治体制の不安定さから病原菌の流行までその兆候や実際の現象が引き起こす変化を様々な情報から見出し、各国にいくつも置かれた解析用AIは僕ら人間たちに教えてくれる。

 統括官の言葉通り、僕がこの国に来た本来の理由は、日本と言う国にロリコン――ロリ・コンフリクトの影が不自然にちらついたからだった。

 ハンバートの占拠事件に関わったのは偶然だった。入国してすぐに本来の予定任務では無い緊急事態に現場対応させられたというわけで、あまりついてはいない。


「未だ原因の特定されないロリ化人の新たな病理、狂気……コンフリクト。今回の事件にもそれが関係している可能性はある」


 統括官は微かに苦い顔を作って見せた。僕は肩をすくめて小さく口を開く。


「ロリコンは現代の悪魔憑きみたいなものですからね。なんだって可能性はある」


 ロリ・コンフリクトは、ようするに、現今のロリ化社会の癌だった。

 誰にでも起こり、常に社会の一定数のロリ化人を襲い・損ない・時に殺す病。

 症状は多岐にわたり、一般的には人格・感情の平板化、記憶の欠如、攻撃性の増大、妄想などとされるが、激情に襲われるものもいれば一切の感情が抜け落ちるものや多重人格症状を呈するものなどひどく幅広い。脳への変化は小さく主となるのは精神的な症状だが、その症状が傷害・殺人・自殺などを引き起こしうることから罹患者の内一定数が死に至る。

 勿論ロリ化賛同各国はこの病の解析と治療法の確立に努めているが、いまだはっきりした原因や発症のメカニズムについてさえ、共通した見解は出されていない。

 現代の悪魔憑き――かつて古い時代に統合失調や発達傷害などがまとめて超常的な悪魔の力のせいにされ恐れられていたように、現代ロリ化国家はロリコンの見通せぬ正体に苛まれ、それをひどく恐れている。


「一時的にヴォロージャ、お前は私の元で今回の件に当たってもらうことになる。が、単なる企業テロなどといった枠を超えてロリコン現象を含めての警戒が必要になる」


 言ってシーリン統括官は何も置かれていないデスクの滑らかな天面を指で軽くなぞった。タッチ式のコマンドだ。

 操作に応えて、統括官の背後の壁面が真っ白な面に画像を映し出した。


「占拠現場で目撃された男だ。見覚えはあるな?」


 言われて僕は、少しばかり間を置いてから肯定した。男。ロリ化した人々が多くいたあの場においてひどく目立った人間。

 映し出されたのは、虚ろな目をした、赤茶けた髪の男だった。混乱する群衆が雪崩れ込む直前に立ち上がり、意味不明な言葉を吐いて現場を去った青年だ。


「フォーンレットと言うそうだ」


 統括官が呟き、画像に注釈として名称が表示される。


「どこの誰なのか分かったんですか?」


 隣で黙っていたキャロルがそう訊く。

 それに対し、統括官は面白くもなさそうに首を振った。


「どこの誰なのか分からないことが分かった」


 とん、と統括官の指がデスクの叩く。同時に、画像の人物に関するデータが先の画像に重ねて表示される。


「年齢元性別住所勤務先経歴その他全てが不明。ただし警察及び軍の情報にこの男の行ったと見られる犯罪データがいくつか存在する」


「不法侵入、不正アクセス、情報工作に破壊工作……対象は主にロリ化関連の企業や政府組織などなど。……なんか、ぐちゃぐちゃですね」


 キャロルが呟く。彼女の言葉通り、一目ではなんとも言い難い情報だった。


「ハンバート・エレクトリックにも何度か攻撃を仕掛けている」


 統括官が指摘する。


「日本を含めて複数の国家においてマークされている要注意人物だ。そのくせ、正体も狙いも碌に何も分かっていない。何より先の現場にいたことが気にかかる。今回の件にどれだけ関係があるのか、今はまだ、ただ警戒するほかにない――ヴォロージャ、現場で直接こいつと接触したな。なにか気づいたことは」

「いえ……」


 惑い、そう答える。気づくも何も、接触はほんの一時であり、かけられた言葉は意味不明でしかなかった。


「そうか。データは共有情報に入れてあるが……直に見て、何かあればと思っていたんだがな」

 統括官自身、そうは言いつつもさほど期待していなかったのだろう。首を振り、それから身振り一つで画像を消す。


「じゃあ、私たちはこの男の調査を?」


 キャロルが訊くと、いや、と統括官は否定した。


「調べるにも足がかりがない。今のところは警察の仕事だな。フォーンレットについての話はついでだ。二人には、ハンバートに反目する組織の一つを当たってもらう」

「反目する組織……というと」


 巨大企業が相手では、候補が多すぎる。利益を食い合う相手には事欠かない存在だ。

 シーリン統括官は深く椅子に座したまま、画像を消した白無垢の壁を見つめたままで答えた。


「炉学研究所だ」


 言われて僕は、思わず無言で息を呑んだ。

 イデア、と心のどこかが囁いた。

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