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2 都市とロリ・3


「戦闘用クオリア・パッケージに関しては?」


 僕は呟き、問いを情報として場に流した。

 拡張現実上で、そしてモニター上で、幾何学的な模様にも見える3Dの情報図に僕の発したクエスチョンがちょこんと付け加えられる。


「捕縛された複数の占拠犯から、戦闘用らしきクオリア・パッケージが発見されている」


 淡々と応えたシーリンの声に、少しばかりのざわめきが起こった。

 無理もない。それは少しばかり、僕らの想像を超えるような事態だ。

 クオリア・パッケージ。その言葉に何故か、僕は頭の芯の部分が疼くような傷むような、奇妙な感覚を覚えた。

 みしり、と。



 クオリア・パッケージというものは、そのまま、様々なクオリアを形作るためのコマンドを一まとめにしたものだ。通常、補助機械脳に保存され実行される。機械脳から発せられたコマンド群は脳の様々な部位へと働き、電気的刺激・化学物質・血流調整その他様々な方法でその脳の主のクオリアを変容させるのだ。補助機械脳はそもそもが単純な通信機器や脳内コンピューターであると同時に、脳全域の監視も行い医療などでも活躍している。その機能の延長として、クオリア・パッケージの使用に当たっては血流や電気刺激、化学物質調節・変化を起こせるのだ。

 そして、ロリ化が社会にもたらした最も大きなエフェクトがクオリア共有による個我の安寧や他者理解の促進であるとすれば、二番目に大きく社会を変えるだろうと言われているのがこのクオリア・パッケージである。

 パッケージの研究はロリ化技術によって花開いた。  

 客観的観測も量的議論も物理的脳・身体との関連・連動の究明も不可能だった他者のクオリアという代物がロリ化・クオリア共有によって第三者でも『感じ』られるようになり、クオリアに関する研究は大いに発展を見せた。どんなクオリア――ものを感じている感覚そのもの――がどんな脳の状態によって形成されるのか、どんな脳の電気信号や、ロリ野の活性化と対応しているのか――ロリ化はそうした事柄を明らかにすることを可能とした。

 そしてそれが分かったならば、一定のクオリアを、つまりものの感じ方を、任意に再現できないか、という発想が当然湧いて出た。それが、クオリア・パッケージの開発の始まりだった。

 通常のロリ化人によるクオリア共有が、その相手の感じている『感じ』をそっくりそのまま感じられるものだとすれば、クオリア・パッケージは調合されブレンドされ特定の目的のために最適化された「ものの感じ方」を個人の中に顕現させる技術である。他者のクオリア、意識そのものを感じる場合はある意味他者そのものになるが、パッケージはあくまで使うものの感覚器が受け取る刺激の「感じ方」を最適化する、編集するに過ぎない。目の見えない人間が、通常のクオリア共有を行えば他者の視覚を「感じる」ことができるが、他方でものが鮮やかに見えるパッケージを使っても何も意味はない、というわけだ。

 クオリア共有に比べれば、個人の感覚器の物質的限界や特性に縛られはするが、しかしクオリア・パッケージのもつ可能性は大きなものだった。個人の物の感じ方、世界の感じ方を自由に、任意のタイミングで変えられるならば、どれだけのことが可能となるか。

 単純に物の色や立体感が鮮やかに感じられるようにするだけでも、多くのことが可能となる。精神的疾患の治療やカウンセリング、新たな映像体験の実現、手術などの精密な作業の精度・効率の上昇……そして、例えば、戦闘行為。五感を最適化し身体感覚に優れた兵士が頭の中を最適化することで即座に作れるなら。

 時と場所にあわせて自由に自身の感覚を最適化することができれば、どんなに便利か。それがパッケージの可能性だった。

 だが実際にはパッケージは研究の途上にあった。いくらか実用化されてはいるものの、社会一般に広く普及はしていない。軍関係者、研究者、医師など一部の職にあるものが専門的に用いているのみである。

 その理由は、パッケージのコストにあった。現在クオリア・パッケージは個々人の脳状態を細かに調べた上でそこに合うよう作らねばならない――いわばオーダーメイドで作らねば機能しない品であるのだ。未だ個人が気軽に所持できるものでも作れるものでもない、というわけだ。一つ作るのに数ヶ月かかることも珍しくない。

 そんな高価で希少なものを。それも、戦闘用のパッケージを、所持しているとはどういうことか。

 ニンフォレプトはWLOの元で強権を振るう、ロリ化賛同国の間では馬鹿げたほどに強い立場にある者たちの集団だが、それでも戦闘用パッケージの所持と利用には厳しい管理が義務として課されるし、そもそもテスト段階にしかない、それも強力な武力となる戦闘用パッケージともなれば、よほど適性があると判断されなければ使用は許されない。ミサイルや戦闘機を誰でも運用できはしないのと同じだ。

 そんなものを、ただの反ロリ団体がどうして。

 問いが浮かぶ。同時に痛みのようなものが走る。

 みしみしと頭蓋を圧迫するような何か。なんだろうか、これは。

 思考と痛みや疼きがぐるぐると足踏みと回転を続け、そんな物思いから無理矢理意識を現実に戻してみると、周囲の人間も自分と同じような顔をしていることが見て取れた。


「戦闘用と思しきクオリアパッケージ。補助機械脳のコマンド群は発見されたものの、製作元・流通ルートに関して法的に書き込みが義務付けられたはずのタグは存在しない。意図的に分からなくしている可能性が高い。また、占拠犯と、それから暴徒の側からも戦闘用とは別種のパッケージらしきものが検出されているが、こちらは何を目的としたパッケージなのかまだ不明だ」


 シーリン統括官が語る。


「更に不可解なことがある。この件の占拠犯、『ホワイト・ロリータ』は古参の反ロリ系組織だが、そもそもこの組織はハンバート・エレクトリックの子飼いだという点だ」

「子飼い?」


 恐らく僕と同じくあまり日本事情に詳しくないのであろう、白人の情報官が疑問符を顔に貼り付けていた。


「ハンバート・Eはロリ化関連のサービス・商品・医療その他にも手を出しているが、一方で全世界規模で活動する企業体だ。全体としてはロリ化商材は一部でしかなく、反ロリ化国家などでは反ロリ思想に媚を売ったり、反ロリの民を相手に商売を行っている」


 多国籍企業、コングロマリット。前世紀から呟かれてきたこうした単語の奇妙な軽薄さがシーリンの語る言葉の上には乗っていた。


「日本国内においても、ホワイトロリータのようないくつかの主要反ロリ系グループと繋がりがあるとされている。非公式な資金の融通まで確認されているんだそうだ」


 日本の現地警察から共有された情報が、場の情報表示に結びつく。


「そうして援助されている組織が何をしているかといえば、例えばハンバートに敵対するロリ化関連技術を扱う他社へのデモや抗議行動、厄介な民間組織への嫌がらせ、ネット上で悪評を飛ばす個々人の封殺……言ってしまえば、企業にとっての鬱陶しい相手に対する非公式な実行力の一つというわけだ。実際、今回の占拠犯もハンバートではない別の企業へのデモや犯罪行為を画策していた形跡がある」


 語られる言葉のその旧態依然とした内容に、僕はひっそりと溜息をついた。ふと隣を見ると、同じようにいかにもアホ臭いといった感情を顔に浮かべたキャロルと目が合う。


「ようするに、ヤクザな大企業お抱えのごろつきってことだね」


 なんとも率直な表現でキャロルがそうまとめた。そして更に続けて、


「じゃあ、なんですか、占拠犯たちは、急に計画を変更して自分たちの庇護者に噛み付いたってことですか?」


 と、そのやたらとよく通る声でシーリン統括官に向かって呟く。

 統括官はキャロルをちらと見て表情を変えずに僅かに首を縦に振った。そして話の内容、ホワイトロリータに関する情報に一つ、「原因不明」のラベルが追加される。


「組織内での思想の変化、何らかの利益構造の変化による共存体制の変化、あるいは何か突発的な行為……想像はいくらでも出来るけれど、今のところこの謎に関して手がかりは得られていない」


 一つ呼吸を挟んで、統括官は鋭く続けた。


「当たるべき組織、人物。警戒すべき犯行、監視すべき対象は多い。それぞれの担当分を確認して、迅速に事に当たれ」


 一斉に皆が、データ表示の海の中から自らの任を確認する。僕とキャロルもそれに習う。だが僕らに届いたメッセージは、担当任務に関してではなく統括官からの呼び出しだった。


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