1. イベントが来た
マジカル・スレイヤー・オンライン。
今世紀最大の、怪物ゲームである。
それまでは空想上の産物でしかなかった、完全没入型仮想現実大規模多人数参加型オンラインゲーム。
それが突如として、なんの前振りも無く現れた。
初めは半信半疑だった好奇心旺盛なプレイヤー達――所謂第一陣はすぐにその肩書きが嘘でない事を悟り、その情報はリリースと同日中にネットの海に高速で拡散、日本に一大ブームを巻き起こした。
圧倒的な世界の広さに加え、現実のそれと見紛うほどのグラフィック、視覚聴覚嗅覚触覚味覚の五感、さらにそれをこえた第六感までもがそのゲームでは味わう事が出来た。
ゲームの中で触れ合うNPC達は、人間と遜色無い、いや、そこらの人間以上に人間味があり、触れ合う生き物はその体内の構造まで、果ては微生物の生態系すら再現されていたという。
絶対的なゲームクオリティ。
誰もがこれ以上のゲームはこの世に存在しないと悟った。
有名な逸話の中に、『あと五年発売が早ければ私は内閣総理大臣をやってはいなかった』と言い切った時の内閣総理大臣がいたくらいだ。
そんなゲーム、マジカル・スレイヤー・オンライン――通称『マジスレ』はリリースから早二年、発売当初から今に至るまで、日単位で順調にそのプレイ人口を増やしている。
理由は単純、圧倒的なクオリティもさる事ながら、VRゲームという業界には、マジスレしか無いからである。
どうやって作ったのかも、どれ程の資金が動いたのかも不明。
アメリカやロシア、中国、果ては日本からの情報開示要請すら突っぱね、今日もマジスレは続いていく。
噂では運営会社に忍び込んだ諜報員は一人として帰ってきた事がないとか。
ヘルメット型のゲーム端末も調べようとした瞬間に自壊する徹底振りである。
果たして一企業にそんな事が出来るのか、もしそんな事が可能だとして、それを可能にする運営会社は何者なのか。
運営は宇宙人だとか、未来から来た未来人だとか、挙げ句の果てには神だとか。
様々な噂が飛び交っているが、そんな事はどうでもいい。
「ぐぎぎい……運営め」
現実で言えば日曜日の朝九時、ゲーム内で言えば神聖日の九の刻。
オレは、メニューに送られて来た運営からのアップデート情報を確認して、呻いていた。
そこには、『仲良くしよう、パーティーウィーク!!』とポップな字体ででかでかと記載されている。
「パーティーを組み、パーティーでいる経過時間ごとに報酬が貰えるだと……レアアイテム泥率上昇だと……」
完全にオレを殺しに来ている。
人付き合いが苦手だからソロでやっているのに、それを顧みずにこの仕打ち……運営死ね。
大体なにゆえゲームの中でまで人間関係を構築せねばならないのか、理解に苦しむ。
い、いや、友達がいない訳じゃ無いんだからね!
と、友達くらい余裕でいいいいいいいいいるし。
「しかも、パーティーメンバーは共に行動をしていないといけないという条件付き……鬼!鬼畜!悪魔ぁ!」
そんな事を言いながら、しかし今日もオレはログインをする。
マジスレ歴きっかり二年、所謂第一陣の一人でもあるオレは、この手のイベントをコンプリートせずには居られないのだ。
マジスレのイベントでは、大体最後に大きな報酬がある。
それは往々にして課金では手に入らない物で、例えばスキル拡張枠とかスキル拡張枠とかスキル拡張枠とか。
激レアな物ばかりなのである。
故にスルーすると周囲――即ちガチ勢から果ては中堅プレイヤーに至るまで――との甚大な差が生じてしまい、今後のプレイ活動にすら差し障る。
全く、厄介なゲームである。運営死ね。
とは言いながらも、オレは自分が嬉々とした表情を浮かべているのを自覚していた。
やはりオレは、マジスレが大好きなのだ。
「パテどうですかー!こちら壁五十です!@3!」
「銀狼周回如何ですかー?魔職募集@1ー」
「魔導師アルクトゥルス@2役割不問」
「ギルメン募集してます!是非話し掛けて下さい!」
「片手剣売りないですかー?」
「パテ募集してます!役割不問、まったりです!」
マジスレ内に数あるプレイヤーの拠点の一つ。
冒険の街、サンである。
そこでは、多くのプレイヤー達が各々の目的の為に、声を張り上げていた。
サンという名は伊達では無い。
彼等の装備はほとんどが、最前線より一歩も二歩も劣るものだ。
それも仕方あるまい、冒険の街は、それぞれイチ、ニー、サンとあって現在はナナまで解放されている。
サンにいる彼等は、初心者から良くて中堅くらいであった。
「……さて」
どれにするか。
オレはそんな彼等を、じっくりと吟味していた。
幾つか候補はあったが、ピンとくるものが無い。
オレは現状のカンストレベルである百十レベルまで到達しているが、この街に来ているのには理由があった。
レアアイテム、『クォーツオブブラスト』。
その名の通り爆発する水晶であるが、これを素材にして作った武器はその所持者に限り限定スキル、『ブラスト』を使えるようになる。
しかしこのアイテム、プレイヤー間では殆ど都市伝説もしくはバグとして認定されていた。
アップデート情報には記載されている、鍛冶の作成武器の素材にも記載されている、それなのに誰にも見つかった事が無かったからである。
オレはこのアイテムを、今回のイベントでゲット出来ないかと目論んだ。
誰にも見つかった事が無いのだからレアアイテムなのは確実、ならばこのイベントでパーティーを組めば、泥率も上がる事だろう。
そして、初めて『クォーツオブブラスト』がゲーム内――アップデート情報に載ったのは、この『冒険の街・サン』が解放された時と重なる。
「……完璧な作戦だ」
イベント消化と同時にレアアイテムも収集できる。
まさに一石二鳥、完璧である。
「魔導師アルクトゥルス@1役割不問」
そんな時に、声が聞こえて来た。
声がした方向を見ると、そこには中堅レベルくらいの、白銀に光る鎧を来た女がいる。
髪はゲームらしく蒼色、きりっとした眉が印象的な女だ。女騎士っぽい。
その隣には、やはりその女騎士と同じくらいのレベル帯の装備をしたプレイヤーが、二人ほどいた。
魔導師アルクトゥルス……一般のボスと違い、ストーリーに似たクエストをこなさないと闘えない特殊なボスだ。
特殊なだけあって、サンの周辺のボスの中では一番強いだろう。
当然、必要とされるレベルも他より高めになる。
そして、その名の通り魔導師アルクトゥルスは完全な魔法タイプである。
だがアルクトゥルスは珍しく……本当に珍しく、魔法スキル【サイレント】が効く貴重なボスモンスターである。
「よし決めた」
これは行くしかない、とオレは思った。
実装当時絶賛された、【サイレント】。
そう、【サイレント】こそが最強、【サイレント】は無敵、【サイレント】だけが至高。
もう不遇とは言わせないっ。
輝かしき晩年の栄光を取り戻すのには、今しかあるまい。
あれこれワンチャン無双できるんじゃね、と年甲斐もなくオレは浮ついた気持ちで女騎士に駆け寄った。
「あの〜」
自分でも驚くような猫撫で声が出る。
だが、それでいい。
オレはオンラインゲームの良いところは、自分じゃない自分になり切れるところだと思う。
「「パーティー入りたいです!」」
駆け寄った勢いのまま、女騎士にそう言うと、自分の声が二重になったように聞こえた。
「「ん?」」
目の前の女騎士が少し困ったような顔をしている。
その目は、オレと、オレの左隣を交互に見ていた。
「あ?」
左を向くと、赤い髪をソフトモヒカンにした強面の男がこちらを睨みながら、そう言っていた。
「てめぇ、俺様が先にパーティー申請したんだから、大人しく引っ込んでろよ」
いきなりの、典型的なチンピラである。
外見だけならば、ブルドッグ並みには怖い。
しかし、昔ならばここでビビっていたかもしれないが、今のオレには運営からの数々の苦難を乗り越えたハイパー・マインドがある。
この程度でビビるようなやわな性格では無い。そう、運営に比べれば……運営に比べれば、可愛いものだ。
稼いだ金が一秒でゴミアイテムへと溶けて行く瞬間……それが一番怖い。
運営死ね。
オレが幼子を愛でる目をしていると、チンピラはその目が気に入らなかったのか、いきなりツバを飛ばして絡んで来た。
「んだコラァ!?テメー、チョーシくれてっとぶち殺すぞゥラ!?」
つい失笑してしまった。
現実ならともかく、ここはゲームである。ぶち殺すぞと言われても、対して怖くは無い。
そして、ゲームの中でプレイヤーを殺す事を、人はPKと呼ぶ。
オレはチンピラを睨め回した。
しかし、着ている装備やら何やら、多少喧嘩慣れしているであろう事を加味しても、カスである。
そう、ぶっちゃけて言うと、このチンピラは雑魚である。
その雑魚が、このカンストプレイヤーであるオレをぶち殺すと?
ぶち殺せると、そう思っているのだろうか。
はは、可愛い奴め。出来るわけないだろうが。
「オウ!?なんか言えやコラァ!」
「ちょっと、やめないか」
オレが黙っていると、女騎士が仲裁して来た。笑いすぎて小さく震えていたのが、怯えているように見えたようだ。
チンピラを諌めるようにして、オレの前に立つ。
これは、庇われているのだろうか。
「正直、君より彼の方がほんの少し先だったと思う。ここは悪いが、引いてくれないか」
チンピラにそう言う女騎士。
チンピラは、少し会話をして、悔しそうな顔をする。
「チッ……」
すごすごと、立ち去って行くチンピラ。
「大丈夫か、君」
女騎士がオレに声を掛ける。
オレは頷いて、「ええ、まぁ」と答えた。
「災難だったな……私の名前は、メルクリウスだ。メルとよんでくれ」
こちらに向かって手を差し出す女騎士――メルクリウス。
恐らくは、オレをパーティーに入れてくれると言う事で良いのだろう。
メルクリウスの隣の二人も、特に何か言いたそうな顔はしていない。敢えて何か言うならば、彼女に任せる、とでも言わんばかりだ。
そう考えたオレは、その手を取った。
「すいません、ありがとうございます……オレの名前は、リップです」
それは当然、偽名であった。