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二話 「謎の女との遭遇」

 頬から伝わるひんやりとした温度。ザラザラとした感触。そして、鼻からは土っぽい独特の匂いを感じ取った時、俺は意識を取り戻しつつあった。


「一体なんだったんだあれは……」


 いつの間にか倒れていた体を起こし、まだ残る頭痛に頭を押さえながら呼吸を整える。

 意識を失う直前の出来事を探る様に思い返すと、苦しむ白音の姿が脳裏を霞めた。


「そうだ……。白音、白音は――っ!?」


 白音の安否を確認すべく、俺は素早く周囲へと目を配らせる。――が、不思議な事に飛び込んできた景色はどこかの森の中を思わせるものだった。

 急に森の中にいる事自体が不可解ではあるものの、それよりもまずは白音を探すのが先決だ。


 立ち上がろうと地に手を着いた時、何かに触れる感触を覚えた。


「これは――、家の鍵じゃないか」


 手に取ったそれは、白音が持っていたはずの家の鍵だった。

 いや、近くにあったのはそれだけじゃない。無造作に脱ぎ捨てられた小さめの衣類、靴、赤いランドセル。どれも見覚えのある物だ。


「これ全部、白音のだよな。でも白音自身は一体どこに――っ」


 抜け殻の様に放置された白音の私物に手を掛けようとした直後、まだ治まりきっていなかった頭痛がその強さを増す。痛みで思わず目を閉じては顔をしかめてしまうが、瞬間的なものだったようですぐに痛みは引いてきた。


 しかし、痛みから解放された後に再び目を開くと、そこには不思議な物が映り込んでいた。



《平星力――『調整力』を取得しました》



 例えるならば、宙に浮かぶ小型のディスプレイとでも言おうか。簡素な文字を羅列した表示が、目の前の虚空に忽然と現れたのだ。

 

 平星力? 調整力? まるで心当たりが無い言葉だ。それよりも、この不可思議な文字列は一体どうやって表示されている?


 手を伸ばし、触れようと試みるものの、寸での所で謎の表示は綺麗に消えてしまった。


「頭痛のせいで幻覚でも見えたのかな……」


 まだ気だるさは残っている。若干の吐き気と、頭痛も。恐らくそれらの影響でおかしな物でも見えたのだと自分に言い聞かせ、その場を立ち上がろうとしたその時――、


「目が覚めていたか」


 背後から、ふいに聞こえて来た女の声。

 俺は声に釣られるまま振り返ると、そこには不思議な格好をした女がいた。


 黒を基調としたタイトなドレスの様な物の上に、胸部・腕・手・胴部・脚部などに、太陽の光を反射して輝く程の光沢のある銀細工を付けている。髪は淡い水色で彩られ、腰程の長さのそれは後ろで一つに結び、細身の体に顔は整ってはいるが、鋭い眼差しがどこか冷淡さを感じさせる。


 一見すると、どこかの西洋騎士のコスプレか、なにかのアニメキャラを模しているのかと思わせる外見だった。


 俺はその場で立ち上がり、謎の女と向き合う。


「あなたは?」

「私はお前を迎えに来た。安心しろ、敵意は無い」


 謎の女はそう言うものの、俺は素直にその言葉を信用する事は出来なかった。初対面の相手に表情一つ変えず、尚且つ単的にそんな言葉を投げられた所で信用出来る訳がない。

 

 だが、だからと言って下手に刺激するような行動を取る訳にもいかなかった。

 なぜならば――、この女は武器を携帯しているのだ。


 目線だけを動かして瞬間的に確認した所、柄の先端に何かの紋様が刻まれた剣を腰に帯刀している。本物かどうかは分からないが、仮にそうだった場合はとても危険だ。



 俺は内心を悟られない様にしつつ、現状においての情報を得る為にも一先ずこの女の言葉にあえて乗る形を選んだ。


「助かります。なにせ気が付いたら森の中にいまして。妹も一緒だったのですが、なぜか服だけ置いていなくなってしまったので困っていたんですよ。小学生くらいの女の子、見かけませんでしたか?」


 目線は逸らさず、冷静に、落ち着いて対応する。俺の読みが正しければ、この女が今置かれている現状について知っているはずなんだ。それは当然、白音の事も。


 女は俺の側に落ちている白音の私物に目線を落とすと、眉をひそめては無言の空白を一瞬作った後に口を開き出した。


「そうか……、妹だったのか。転移・・の影響で体にかかった負担が大きかったらしくてな。私の仲間が先に運んで療養の処置を取ってくれている。そこの私物も後で運ぼう」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は激しい動揺を覚える。

 目が覚めたら見知らぬ場所にいた事や、「俺を迎えに来た」――と言った女の言葉から、おそらく俺達は拉致された可能性が高いとは思っていた。それならば、俺がこの場に居合わせるのを事前に見通していた事にも辻褄が合う。


 転移という言葉が不安を感じさせるが、焦りの原因はそこじゃない。白音の容体だ。


「大きな負担――って、白音は無事なんですよね!?」

「……あぁ。しばらくは療養が必要だがな」


 正直、少しホッとした所はある。実際の所は分からないのが確かだが、今はその言葉だけでも気休めにはなったからな。


「なら良かった……。それと、転移とは何の事でしょう?」

「異次元転移の事だ。簡単に言うと、我が主によってお前達はこの異世界へと招かれた。詳しい話は場所を移す、付いてこい」


 そう語るなり背中を向けて歩き出す女であったが、俺は素直に応じはしなかった。


 そもそもおかしいだろ。転移だか異世界だか知らないが、こっちの都合お構いなしの強制連行なんだから拉致と同じだ。何が招かれた――、だ。ふざけるな。

 敵意は無いとか、妹を療養しているとか、そんな偽善的な言葉で騙されるものか。


「待てよ、何が目的なんだ。俺達を拉致して何をするつもりだ」


 女は進めていた足をピタリと止めると、首だけを横へと向け、肩越しに口を開いた。


「――ほう、どうやら理解が早いらしいな」

「いいから答えろ」


 真っ直ぐに見据える俺の眼光と視線を交わすと、女はおもむろに天を見上げ出す。


「空を見てみろ」


 注意は女に向けつつ、俺はその言葉の意図を確認する為空へと視線を移した。

 そして、そこにあった光景に絶句する。


「なんだ……、あれ」


 木々の葉の隙間から覗かせる空。しかしそこには、紫がかったモヤの様なものがあったのだ。

 それ自体は透き通っている為、奥にある雲などは見える。強い日差しも体感出来る。だが、明らかに虹とは違った謎の何かがある。


「あれは私が張った障壁・・だ。棲み処を中心に展開していてな、今いるここは障壁の中という事だ」


 障壁の中――、そのフレーズに嫌な予感が脳裏をよぎる。


「まさか……」


 俺の考えを察したのか、女はその口角を怪しく吊り上げる。


「理解が早くて助かるな。そうだ、お前の考えている通り――”外には出られない”。私が許可しているもの以外は、外からも中からも拒絶する障壁だからな」


 嫌な予感は、俺の思いと反して的中してしまう。そして、最悪の状況なのだと知る。

 俺と白音は拉致されたあげく、監禁されているのだから。


「時間が無い、付いてこい。転移してきたのはお前達だけじゃないんだ。ずっとそこに居て飢え死にするつもりか?」


 俺は握った拳をわなわなと震わせ、下唇を噛み締めた。

 どっちにしろ白音を置いて行く訳にはいかない。今は黙って付いて行き、白音と一緒にここから出る機会を伺うしかないだろう。


「……付いて行けばいいんだろ」


 


 連れて行かれるままに森の中をしばらく歩いた後、開けた空間へと辿り着いた。森の中の一部を綺麗に整理したのだろう。


 最初に視界に飛び込んできたのは、西洋風の館だった。いや、城といった表現の方が正しいかもしれない。二階建てになっており、屋根は青、外壁は白に塗られている。

 規模からすると、女の仲間は結構多いのかもしれない。厄介だ。


 城の前には園庭が広がっており、中央から分岐する様に十字型に砂利道が敷いてある。所々に色とりどりの花が植えられていたり、変な形のオブジェらしき物もちらほら見受けられる。


 黙って女の背後を付いて行く中、花に水をあげている一人の少女の姿を見た。

 遠目に見た限りだが、髪は金色のロングヘアー。白のワンピースを着ており、背丈と雰囲気的に中学生くらいに思える。


 あの子もこの女の仲間なのかな……。




「ここだ」


 行き着いた先は、城の隣にある小さな小屋だった。その大きさと外観を見比べると倉庫にも思えてしまう。

 

 きしむ木製の扉を開けて中へと足を踏み入れると、そこにはすでに二人の姿があった。

 一人はブラウン色のツンツン頭をした男で、何やらボロボロの服を着ていた。

 もう一人は女で、髪は薄いオレンジ色のセミロング。服はどこかの制服と思える。

 どちらも、俺と同じ高校生くらいだろうか。


「二人の横に並べ」


 女は背中越しにそれだけ言いながらも足は止めず、俺は先にいた二人の横に位置する形を取った。

 踵を返した女は俺達三人を目の前に映すと、準備は整ったと言わんばかりにその場で腕を組み出す。


 そして――、


「お前達は今から、悪帝の配下として生きてもらう」


 俺を憤怒させる言葉を口にするのだった。

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