潜める怒り
「お前達は今から、悪帝の配下として生きてもらう」
薄暗く狭い、見知らぬ小屋の中。謎の女から告げられた言葉がそれだった。
一つも崩す事の無い表情と、さも当たり前の様に発する口調からは、その言葉に冗談の意図は含まれていないようだ。だが、その女の言動は余計に”黒斗”の怒りを増幅させるものであった。
言葉の行先は三人の男女であり、彼らは現在、仁王立ちを貫く謎の女の目の前に横一列に立ち並んでいた。その様子はそれぞれ異なり、個別の反応を示す。
三人の中で唯一の女は「悪帝…?」と首を傾げながら小声で呟くと、そこから先は何も言葉にせず、ただ小さく縮こまっては静かに辺りを見渡す素振りを見せた。これから何をされるのか、自分の身に何が起こるのか――と、恐怖心と不安な気持ちによる自己防衛の現れと思える。特に恐怖心の方が勝っているのか下手に口は出さない様だが、それでも周囲を見渡す素振りからは現状の把握に努めようとしているようだ。”臆病ではあるが、理性は保てるタイプ”なのだろう。
彼女とは逆に、ツンツン頭の男はその髪型よりも分かりやすい単純明快さを見せていた。まるでオモチャを与えられた子供の様に目を輝かせては「悪帝!? なにそれカッケー!」と、興味心を全開にさせて興奮しているのだから。その様子からは一目瞭然、”考えるよりもまず行動するタイプ”。
――と、一色黒斗は横に並ぶ二人の事を考察していたのだった。それは、黒斗なりの意図があっての事。
謎の女の言葉から読み取れるのは、この場の三人が配下に下るのは謎の女にではなく、どうやら”悪帝”と呼称される何者かの元にということ。
目の前で偉そうにしているイカレ女も、悪帝の配下と考えられる。余程信頼されているのか、もしくは強い権限を持つ立場にいるのか。右も左も分からないとは言え、三人相手に単身出向いているのがいい証拠だ。
となれば、次に考えるべくは内部事情について。配下は何人いるのか、それはどういった人物なのか。
そこまで思考した後に、黒斗が目に付けたのは同期とも言える二人の存在だった。
現状、謎の女はもちろん、既に配下がいたとしても人物情報の入手は難しい。だが、この二人ならば最初から観察する事が出来る。場合によっては、今後のコンタクトに生かせるかもしれない。他にもいるであろう配下も同じだが、特にこの二人には注視しておくべきだ。
二人が、使えるかどうかを見極める為に。
観察の目から再び謎の女へと視線を戻した黒斗は睨み付ける眼光を放つ。
心中は煮えたぎる業火の如き怒り。されど、荒ぶる炎は無造作に拡散してしまう。怒りの炎で滅するべくは一つと、目的の為に己の怒りを動力源に変える。
――俺は、絶対に許さない……。
心の声。それは、芽吹いた野心。黒斗が激しい怒りを抱えるのには、ある理由があった。