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バートン家夫妻の交換日記  作者: 小石キイ
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2ページ〜アルフォート

 まだ薄暗く、朝陽が昇る少し前に目を覚まし、隣のベッドで眠る妻の寝顔を横になったまま、その眠りを見守るのが俺の一日の絶対に欠かせない日課だ。

 耳を澄ませば可愛らしい寝息が聞こえてくる。すう、と微かに耳をくすぐるような穏やかな寝息。この心地好い寝息をずっと聞いていたいのに、朝陽が昇るにつれて早起きな小鳥のさえずりが邪魔をする。もっと後で鳴いてくれたらいいのにと思っていたら、妻の可愛らしい目蓋が小さく震えた。それを合図に目を閉じる。少し深く上掛けを掛け、妻の起きる気配に全集中を掛けて耳を澄ます。

 妻がベッドから上半身を起こし、こちらをじっと見ている気配を感じ、これからの行動に胸を高鳴らせた。


「旦那様、朝ですよ」


 俺が横になっているベッドの側に寄り、ささやくような声を堪能する。それはあの小鳥のさえずりよりも小さく、逆に眠りを誘ってしまいそうで、目を閉じているだけに本当に眠ってしまいそうだ。少し身動ぎをしたところで妻の第二声と、小さな手の感触が肩に触れた。


「旦那様、そろそろ起きましょう。鍛練なさるんでしょう?」


 筋肉で固められた肩をそっと揺すぶられ、耳元で優しくささやく妻の声。それを幸せに感じながら、いかにも今目を覚ましたかのようにとろりと目を開ける。そうすると、まだそこにいる妻の可愛らしい顔が見え、透き通るような水色の目が嬉しそうに細められた。





 三ヶ月前にささやかながら式を上げ、俺の妻になったメイナ。初めて会ったのは十ヶ月前のことだった。俺が所属している南の砦の騎士団の団長マルクス・テイナー殿に執務室に呼ばれ、明日小綺麗にして昼の時間に屋敷に来いと言われ、行った先には見合いの席が設けられていたのだ。

 何があるのか、どうしてなのか、勿論マルクス団長に聞いた。だが、やけに楽しそうににやける顔を見せられただけで、情報は一切聞かされることはなかった。

 週に一度の休みも町の見回りと鍛練に費やし、休みらしい休みも久しぶりだと思い出した俺は一先ず行ってみるかと思い、騎士団の宿舎を出た。髭が伸び、まるで熊のようだと苦笑いする。まあ、それもいつものことなので誰も気にはしないだろう。綺麗に糊の効いた騎士団の制服を着ているから良しとして、マルクス団長の屋敷に向かった。

 通された客間には団長夫妻と、今は退団し町の外れに果樹園を営んでいるニドラム・ダナー殿がいた。そして、横にも縦にも大柄なニドラム殿の横には小さな体をさらに小さくさせている、栗色の長いだろう髪を複雑に結っている、まだ成人したばかりくらいの若い女性の姿があった。

 やられた。これは見合いだ。苦く思いながら、マルクス団長を一睨みし、溜め息を飲み込んだ。マルクス団長に促され、女性の前に座る。怖がられるだろうこの目付きと、毎日の鍛練と生まれ持った大柄な体は筋肉質で女性には目を反らされるのは慣れている。しかも伸びた髭が口元を覆い、熊のようだと自分でも自覚している。まだ二十八歳だというのに、年相応に見られることはまずない。


「可愛らしいお嬢さんだろう?」


 そんなマルクス団長の言葉から始まり、その後はマルクス団長の奥方が俺とニドラム殿の娘、メイナの事を順番に紹介し、あと若い二人でと言わんばかりに夏の花が咲き誇る広い庭園へ放り出された。




 そんな懐かしい一場面を思い出しながら、綺麗に整えられた小さな庭で鍛練を終え、まだ新しい家に入る。食堂に入れば備え付けられたキッチンから温かな湯気を出すスープ皿をテーブルに運ぶ妻がいる。二人一緒に静かに朝食を食べ、今日の妻の予定を聞くのも大切な日課だ。


「今日は町に少し食材を買い足してきますね」

「重いのであれば家に配達をしてもらいなさい」

「大丈夫ですよ、軽いものばかりですから」


 はにかみながら答える妻に、無理をさせたくないのだが、「そうか」と一言返して立ち上がった。この穏やかな場から動きたくないが、妻に不自由な生活をさせたくはないので砦に向かうべく、上着を着て食堂を出た。

 玄関を出て、いつもの妻の言葉を待った。しかし、その妻は何故かそわそわと辺りを見回し、もじもじと俺を上目遣いで潤んだ水色の目を向ける。

 これはあれか。いってらっしゃいのくちず……


「旦那様、あの、これ!」

「………?」

「あの!もし良かったら、読んでください!」

「………、」

「今見ないでくださいませ!後で!後でわたくしの居ないところでお願いします!」


 そうして渡された一冊のノート。表紙には妻のように可愛らしい花が描かれている。


「いってらっしゃいませ、旦那様」


 その言葉に頷き、突然のことで戸惑いながらもノートを片手に砦に向かう。

 妻の暖かな想いが書かれたそのノートを読んだのは、砦に着いて自身の執務室でのことだった。





*****


メイナへ


いつも美味しい料理をありがとう。


俺は無事だ。少しの怪我なんて唾でもつけておけば治るので心配しないで大丈夫だ。だが、心配してくれるのは嬉しく思う。ありがとう。


町に行くときには気をつけて行きなさい。何かあれば見回りに出ている騎士団に頼ると良いだろう。俺もなるべく、駆けつけよう。


このノートのことだが、メイナの気持ちが込められているのだろう。交換日記、二人でしてみよう。

少しずつ、お互いのことをもっと知り合えたら、俺も嬉しく思う。


好きな食べ物は、メイナの作るものならなんでも好きだ。



アルフォートより



*****


 

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