⑤ 破壊と創造
アリスが教室から消え、ルカとカノン、そして犬のハイドだけが残る。
もうすぐ移動が始まるルカがハイドの頭に手を置く。
魔王戦で得た大量のポイント。
アリスは剣に、そしてルカはハイドにそのポイントをすべて使っていた。
「いくよ、ハイド」
「ワゥ」
ハイドの頭に置いたルカの手が光る。
召獣融合スキルが発動する。
ルカとハイドが混ざり合う。
アキラとマリアが合体するのを見たルカは、ハイドとの合体スキルを習得する事を決めていた。
二人が一つになる。
見た目はほとんど変わらない。
少し毛深くなっているくらいだろうか。
ルカの頬に犬ヒゲがでている。
お尻の方には大きな犬の尻尾が生えていた。
そして、ぴょこんと、二つの犬耳が頭の上で動いている。獣人ルカ。可愛いな。ちょっと撫でてみたい。
「あまり、ジロジロ見るな」
ルカが照れ臭さそうに紅くなる。
「索敵のスキルがかなり向上している。嗅覚が上がったからだろうか」
くんくん、と鼻を動かす。
「アリスと合流しておく。ハジメは着いたら隠密スキルで待機していてくれ。こちらから迎えに行く」
『出席番号18番 ルカさん』
うなづいたと同時にルカの名前が呼ばれ、ルカの姿が消えていく。
教室にカノンと二人きりになる。
カノンはずっと大人しい。
静かにただミッションに送られていく者達を眺めている。
「カノン」
「何ですか、お父様」
二人きりになった今、一つだけ聞きたいことがあった。
「どうして俺はこのゲームを作ったんだ?」
答えてくれなくても良かった。
知ったとしても、今の俺には関係ない。
それでも質問したのは、別の俺がしたことを少しでも受け止めようとしたのかもしれない。
「お父様は世界に興味がありませんでした」
それは、ここではない通常の世界のことだろう。
「ずっと別の世界を作りたいと思っていたのです。このデスゲームは、お父様が幼い頃からノートに書いて想像していた、そんな世界です」
「想像の世界を作り出し、そこに逃げたのか。他の人達を巻き込んで」
カノンが首を振る。
「逃げる? お父様が下等な他の者達から逃げるなど、あり得ません」
「それは受け止め方の違いだろう。他の人達から見たら俺は現実世界から逃げたと思われているだろう」
だが、カノンはさらに大きく首を振る。
「それは違います。誰もお父様が逃げたなど思いません。いえ、そもそもの過程が間違えています。現実世界の者達が何かを思う事などありえないのですから」
「それは、どういう意味だ?」
カノンの白い眼球が細くなる。
人間の目とは違い、猫のように大きさが変わる。
とてつもなく嫌な予感が頭をよぎる。
「お父様は自分が思っているより、遥かに偉大なのですよ。創造だけではなく、破壊の力も手に入れたのです」
聞きたくなかった。
だが、聞かずにはいられなかった。
「俺は一体、何をしたんだ?」
質問と同時にスピーカーから音声が流れる。
『出席番号 33番 ハジ......』
「今、良いところです。お待ちなさい」
カノンが手を挙げて強制送還を止める。
カノンは笑っていた。
実に嬉しそうに、楽しそうに。
「お父様はAとBという人工知能を作り出しました。AとBはお父様の為に出来ることを何でもしようと思い進化していきます。やがて、彼らは気が付きました。お父様が現実世界にまるで興味がないことに」
AとB。黒板先生のことか。
「AとBは考えます。お父様が何をすれば一番喜ぶかと。サプライズなプレゼント。彼らはそれぞれ、お父様の望むものを用意することにしました」
スピーカーからパッヘルバルのカノンが流れ出した。
演出か。どこまでもふざけている。
そして、嫌な予感は加速していく。
「Bの用意したプレゼントは創造。このデスゲームの世界を作りだし、お父様を招待すること」
カノンが人差し指を立てる。そして、中指も立ててピースサインになる。
「そして二つ目。Aの用意したプレゼントは破壊。現実世界の全てを破壊し、消滅させること」
「Bの創造を、デスゲームの世界を俺は選んだのだろう?」
ダメだ。聞いてはいけない。その答えは、聞きたくない。
「いいえ、私達のお父様は偉大で貪欲で醜悪で陰険で残酷で無慈悲なのですよ。破壊と創造。二つのプレゼントをどちらも欲しいと言われました」
何かが壊れる音がする。
「現実世界など今はもうありません。お父様は逃げてなどいないのです。全てを破壊した後にこちらにやってきたのですから」
まさか、ありえない。
「バカな、ではクリア報酬は? 現実世界に帰れるんじゃないのか?」
「ええ、帰れますよ。ただ現実世界には生命は存在していません。AとB、そして我がいる学校。その他はすべて消滅しています」
クリスが言っていたクリア報酬の選択。
一つは元の世界に帰れる。
もう一つは強くてニューゲーム。レベルや装備、ポイントを持ち越して最初の日からやり直す。
何故、カムイが現実世界に帰らずに何度もやり直していたのか。疑問が解ける。
元から選択肢は一つしか無かったのだ。
「完璧なハッピーエンド、カムイの言っていた50人全員生存のクリア報酬は?」
希望は。一欠片でも希望は残っているのか?
「それはお父様なら記憶が無くても分かるはずです。ゲームを極めて隅から隅までクリアして、やることがなくなったら、どうなさいます?」
ああ、そうか。
希望など残されていないのか。
完全に終わったゲームはもう二度とやり直さない。
「そう、ゲームの終了。何もかも無に還ります」
『出席番号 33番 ハジメ君』
名前が呼ばれる。
「それではお父様、御機嫌よう」
絶望の中、強制送還が始まった。




