⑭ 父と子
カノンの登場で教室は異様な雰囲気に包まれていた。
スピーカーからパッヘルバルのカノンが延々と流れている。
誰も口を開かない。
かと言ってロッカーに戻る者もいない。
沈黙の中、音程の外れたカノンの鼻歌だけが聞こえる。
「......音痴だよな、アレ」
小さい声、ぼそっとリキマルがそう言った。
カノンが後ろを見ずに右掌を上に向ける。
ぼんっ、と椅子ごとリキマルが教室の天井に飛んでいった。
そのまま、頭が天井にめり込んで椅子だけが落ちて来た。
漫画でしか見たことないような光景。
ぷらーん、とリキマルが天井からぶら下がっている。
無言。
静まり返る教室。
「カノン」
「はい、お父様」
沈黙に耐えきれず話しかけると、元気のよい返事が返ってきた。
「色々聞きたいことがあるんだが、答えてくれるかな?」
「勿論です、と言いたいところですが、多分、肝心なところはピーー音が入ると思います」
カムイとの会話でもあったゲーム進行上の妨害か。
「大丈夫です。明日の最終ミッションで全てが明らかになります。終わった後は我と一緒にピーーな事や、ピーーをして、ピーーを育みましょう」
白いカノンが頬を赤らめて言うセリフにピーーが多数入ってくる。
これ、本物のピーー音じゃなかろうか。
「そう言えば電話で20話とか言っていたが、一日しか経っていない。こちらの一日がそちらの20話の単位なのか?」
「いえ、正確には19話でお会い出来たのですが、単位はピーーで、あまりこちらの日にちとは関係ありません」
やはり肝心な所は判明出来ない。
「わかった、ありがとう。それじゃあ、そろそろ部屋に戻るよ」
席を立つ。
聞きたいことは山程あるが情報を入手できないなら意味がない。
一旦、戻って情報を整理しようとする。
だが、カノンは俺の裾を掴んで部屋に一緒についてこようとする。
「優しくして下さいね」
顔を赤らめて言うカノン。
「ちょっと待ったぁあああ」
ちょっと待ったコールがかかる。
ルカとアリスが部屋の入口を塞いでくれる。
「また、貴様らか。次は手加減せんぞ」
「まて、まて、まてまてまて」
慌てて間に入る。
危険度マックスなカノンを怒らせてはいけない。
「カノン、この二人は俺の仲間だ。パーティーだ。決してやましい関係じゃない」
「何っ、ハジメ、それは違っ」
「昨日、ボク達とアレだけしたっ、んぐっ」
二人の口を両手で塞ぐ。
いいからちょっと黙っててくれ。
「お父様。その二人と一晩中、ピーーしていたのは知っています。二人でお父様のピーーを交互にピーーしたあげく、ピーーやらピーーをピーーでピーーになったピーーをピーーしていましたね」
「やめたげてぇぇえっ」
もはやピーーしか聞こえない。
18禁用語にもジャミングが入るのか。
「馬鹿なっ、ボクの部屋はポイントで監視出来ないようガードのスキルを掛けている。な、なんで見えてるのっ」
「我にそのようなスキル、通用するわけがないでしょう。さて、この雌豚二人、どうしてくれようか」
カノンがゆっくりと両手を前に出す。
がしっ、とその手を掴む。
「あら、大胆ですわね、お父様」
「二人に手を出すな。出したらお前を許さない」
空気が張り詰める。
カノンは俺の顔をゆっくり見て笑う。
「許さなければどうなさるおつもりですか?」
「嫌いになる。次の俺も、その次の俺も、ずっとずっとお前を嫌いになる」
それぐらいしか思い浮かばない。
カノンは、今の俺がどうこうできるレベルではない。
「ふ、よくそのようなことを。お父様が我を嫌うなどあり得ませんわ」
平然を装うカノン。
だが、よく見ると足元めっちゃ震えてる。
可愛い。ヤバい。父性に目覚めそうになる。
「まあ、でも今回ばかりは許してあげてもよろしくてよ。そのかわり、お部屋で我をたっぷりと可愛いがってくださいませ」
「か、可愛がるってアレだよな? 父親的な、親子のスキンシップだよな?」
頬を赤らめ、クネクネしているカノンに尋ねる。
「まさか、昨日二人にしたように可愛いがってという意味に決まっているでしょう」
「ダメだろっ、それっ!」
思い出せないが、カノンが本物の子供だったらえらいことになる。
「そんなことはありません。我はお父様と二人で一人なのですよ。合体しても全く問題ありません」
あるよっ、めっちゃあるよ。大体、百歳以上かもしれないが見た目は少女だ。
血が繋がってなくてもダメすぎる。
だが、下手な事も言えない。
魔王を超える底知れない力を感じている。
それが、アリスやルカに向けられないようにしなければならない。
「わかった。部屋に行こう」
「お父様」
抱きついてくるカノン。
「ハジメっ、くっ、見損なった、ぞ」
「違うっ、ボクの理想のハジメはロリコンじゃないっ」
血の涙を流すアリスとルカ。
違うっ、最後まで話を聞け。
「ただし、アリスとルカもだ。四人で部屋に行く」
固まるアリスとルカ。
カノンまで固まっている。
「ケ、ケダモノ」
シズクが怯えた声で教室の隅に逃げる。
「凄いわ、ハジメちゃん、少女を混ぜて、まさか、よんピーーだなんて」
クリスのセリフにピーー音が入る。偶然にも隠れていない。
「お、お父様。さすがに我もいきなり複数プレイは難易度が高いというか、いや、お父様がそれを望むなら受け入れない訳ではないのだが......」
「ち、違うから、そういうのじゃないからっ、四人で部屋で仲良く話をしようって、そういうアレだからっ」
アリスとルカが疑いの眼差しを向けている。
何故だ。どうして味方が誰もいないっ。
「う、うむ、そうか、少し残念だが、いいだろう。此奴らに誰が正妻かわからせてやらねばならんからな」
「ほう」
「それはボクらも同意見だな」
ここで正妻は別にいるとか言ったら、ヤバいだろうな。
うなづくアイの顔が浮かぶ。
最終ミッションが迫る中、もう一つの戦いが始まろうとしていた。




