⑨ 情報交換
黒板先生の異常な会話が終わり、皆それぞれ部屋に戻っていく。
教室には俺とルカ、アリスの三人だけが残る。
俺も部屋に戻ろうとするが、その前にルカが立ちはだかる。
「話がある。色々と」
「俺はない」
ルカを払いのけようと手を伸ばす。
だがその手を掴まれる。
アリスだ。
「私もある。話をさせてくれ」
真剣な目でこちらを見るアリス。
ゴールドの瞳に吸い込まれそうになる。
軽くロールした金髪の髪が腕に触れる。
思わず見惚れていると。
すっぱーんとケツをルカに蹴っ飛ばされた。
「アリスをエロい目で見るなっ」
「見てないっ」
アリスの手を振りほどこうと勢いをつけ、手を上下に振る。
同じようにアリスの手が上下に動く。
二回、三回、四回、アリスの手は離れない。
見ると真っ赤な顔で俯きながらニマニマしている。
「アリスっ、手、離してっ」
無理矢理、俺とアリスを引き離す。
「はぁ、はぁ」
なんとか俺とアリスを引き離したルカが肩で息をしている。
「いいから、少し話を聞け。こちらにも有益な情報がある」
有益な情報。ゲームのことなら断片的だがかなりの情報を得ている。
今さらルカやアリスの情報が役に立つとは思えない。
「大丈夫、間に合っている」
立ち去ろうとする俺にアリスがぼそりと呟く。
「カムイの素顔を見た」
ロッカーに触れようとした手が止まる。
一度見たカムイの素顔。だが記憶は消されている。
それをアリスが見たというのか。
どうして、カムイはアリスに正体を見せたのか。
アリスへの愛情からなのか。
「カムイとラス。二人を探っていた。ハジメに役立つ情報もあると思う」
アリスは二人を探るためにA組に来ていたのだろうか。
カムイの正体。二人の目的。確かにそれは有益な情報かもしれない。
「わかった、情報を交換しよう」
席に戻ろうとする俺をルカが止める。
「教室はダメだ。ボクの部屋で話そう」
ルカが片目ゴーグルのボタンを押して、俺を見る。
「多分、監視されている」
ルカの部屋はおよそ女性の部屋とは思えない男らしい部屋だった。
脱ぎ散らかした狩人の服が床に無動作に置かれて、壁に弓などの装備がかけられている。
部屋の隅にはベッドはなく、かわりに布団があり、中央にちゃぶ台のような丸い木の机と座布団が二枚あった。
「座ってくれ、お茶を入れてくる」
アリスと向かい合わせで座布団に座る。
無言。一瞬目が合い、二人とも慌てて視線を逸らす。
「そこっ、ラブラブ禁止っ」
ルカが背を向けたまま、叫ぶ。
なぜ、見てないのにわかるのか。
ルカがお茶を持ってきてちゃぶ台に置く。
座布団は二つしかない為、ルカは床に置いてあった狩人の服を座布団がわりにひいて、その上に座る。男らしい。
「この部屋は盗聴や監視のスキルを無効にできる。アリスとのお泊りの時にポイントで設置した」
女の子二人のお泊りの時に......。
良からぬ想像が頭をよぎる。
顔に出てたのか、ルカに頭を叩かれる。
「変なことはしていないっ」
赤い顔でアリスも無言でうなづいている。
「スカウターの鑑定スキルでハジメを見たら、監視系のスキルがかかっていた。たぶん、カムイが仕掛けているんだろう」
隠密のスキルは他のスキルを無効にできるはずだが、それが効かないのは、カムイのスキルが上位にあたるということか。
「さて、率直に聞かせてもらう。お前はなんだ」
ルカから殺気に近いオーラを感じる。
「恋愛に興味がなかったアリスがお前に骨抜きになっている。魅力スキルにかかっていると思ったが、なんのスキルにもかかっていない」
どこまで話していいものか。
全てを話せばルカは敵に回る可能性がある。
下手をすればここで殺し合いが始まる。
「カムイの正体を先に言ってくれ」
駆け引きだ。一番は向こうの情報を得て、こちらは情報を与えない。
「お前が先だっ、先に言えっ」
「ルカっ」
ルカがシャツの襟首を掴んでくる。
それをアリスが止めようとするが、ルカは勢いあまって倒れ込んでくる。
ちゃぶ台がひっくり返り、湯呑み茶碗が倒れる。
「危ない」
ルカを庇うように覆い被さる。
熱湯がかかると思ったが、アリスが倒れた茶碗を全てキャッチして食い止めていた。
「は、離せっ」
そう言われてルカを抱きしめていることに気がつく。
キリッとした美形の顔が睨んでいる。
無動作に後ろでくくられていたポニーテールの黒髪がほどけて、床に散らばっている。
「あっ」
三度目の感覚。
蘇る記憶。
いつものように教室ではない。
洞窟だろうか。
その中で二つの影が重なりあっている。
相変わらず、砂嵐の中にいるように霞んでいてハッキリわからない。
「えっ」
「なっ」
ルカと同時に声を上げた。
一瞬、砂嵐が晴れて二人の姿がハッキリ見える。
裸だった。
一糸纏わぬ姿の俺とルカが裸で抱き合っていた。
「いいのか?」
記憶の中の俺が尋ねると裸のルカが無言でうなづいた。
「あああああああっ」
現実のルカが俺を払いのけ、絶叫する。
「なんだ今のっ、何っ、何っ、なんで、裸っ、ボクとハジメがっ、嘘だっ!!」
立ち上がり、部屋から出ようとするルカ。
それをアリスが阻止する。
「待て、ルカっ。ハジメと裸とはなんだっ。許さんぞ。詳しく話せっ」
「違うっ、ボクはまだ処女だからっ。最初はアリスとっ。だから、だからっ」
心臓が高鳴っている。
ルカの裸を思い出す。モデルのような、すらっとした美しい裸だった。
ルカとの恋愛ルートもあったのか。
すごいな、別の俺。
アイに心の中で謝りながら、失った記憶を思い出す。
砂嵐の中で画像は分からないが、二つの影が動くたびにルカが色っぽい声をあげていた。
エロい顔をしていたのだろうか。
アリスとルカに思い切り殴られた。