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⑯ 消えてなくなる君のすべて

 

 長い夢を見ているようだった。

 アイを失った瞬間、身体の中で何かが弾けた。


『生命維持が困難な絶望を探知しました』


 アナウンスが頭に流れた。


『神スキル無敵モード発動致します。<効果>全攻撃吸収。相手防御無効。武器装備召喚。五感全開。瞬間移動。能力把握。遺伝子上書。回復再生。経験値倍化。全ゲームにて一度だけ発動。期限は現ミッションクリアまで』


 その時からこれまでの記憶が曖昧だ。


 ほとんど意識がないまま盗賊達を狩っていく。

 倒した盗賊の名前と能力が表示され、レベルがどんどん上がっていく。


 ナンバー10 貧弱のパズン 能力 絶対記憶

 ナンバー9 はったりのジョージ 能力 石つぶて

 ナンバー8 お調子者のブーケ 能力 空中浮遊

 ナンバー7 長身のイサム 能力 剣のばし

 ナンバー5 拘束のペッジ 能力 金縛り

 ナンバー4 巨漢のドム 能力 巨大化

 ナンバー3 仮面のロイ 能力 瞬間移動

 ナンバー2 魅惑のレラ 能力 魅了

 ナンバー1 団長 バトス 能力 怪力 鉄鋼


 結局、10人の盗賊のうちの9人を倒し、レベルは4から一気に20に上がっていた。


 死んだと思っていたアイ。

 だが、研ぎ澄まされた聴力はアイの声を捉えた。


『パパを助けにいかないとね』


『あうあうあー』


 絶望しかないと思っていた。

 だが、そこには確かに希望が残っていた。



「ただいま」


 まるでちょっと散歩に行って来たみたいにアイが帰ってきた。

 服はボロボロで血塗れだが、怪我はないようだ。

 本当に嬉しそうに笑っている。

 その手には小さな生命が包まれている。

 俺の子供だ。わかる。それは俺達の子供だ。


「おかえり」


 そう言って笑いかけた時だった。

 アイの額の真ん中に小さな赤い点が見えた。


 ぼんっ、という何かが弾けた音と共にアイの身体がゆっくりとスローモーションのように倒れていく。


「は、はっはー」


 アイの背後で血塗れのリリンが笑っていた。


「どうだっ、みたかっ、やったぞ、やってやったぞ」


 狂ったように笑う。


「どうだっ、お前の大切なものを奪ってやったっ、ボブ、ワッチ達の勝利だ。ワッチ達の......」


 リリンがぽかんと口を開ける。


「なんだ? それ?」


 倒れたはずのアイはまるで何事も無かったように立っていた。


「あばぶぅ」


 アイの腕の中で赤ん坊が動く。

 その小さい手が薄っすらと光っていた。

 ナナと同じ回復の能力でアイの怪我を治す。


「なんだ、お前らっ、くそがっ、ビチグソがっ、ふざけんなっ、なんだ、このくそゲームはっ」


 リリンが顔を搔きむしりながら叫ぶ。


「悪いな、今だけは邪魔しないでくれ」


 アイの横を通り過ぎ、リリンの前に立つ。


「あまり時間がないんだ」


 剣の柄でリリンの首の後ろを叩く。

 力無く、リリンは崩れ落ちた。


「ハジメ」


 アイが笑って立っている。

 何か言わなければならない。

 だが、笑い返すことしかできない。


「いいよ。何も言わなくて」


 左手で赤ん坊を抱いたまま、右手で俺を抱きしめる。

 暖かい。

 アイも赤ん坊も暖かい。


「ハジメに会ってわかった。うちはもうすぐ消えるんだね」


 うなづく。

 俺もアイを見てわかった。

 崖から落ちたアイが無傷なのも、豚の子供が俺の子供に変わったのも、すべては無敵モードの影響だ。

 遺伝子上書。

 神スキルで俺の子供が生まれ、その子には回復のスキルが備わっていた。

 都合の良過ぎる展開だった。

 だが、それは期間限定のものだった。


 ミッションが終わり、期限が切れる。

 無敵モードが終わろうとしていた。


 アイの身体が透けてきている。

 そして、その腕に抱いている俺達の子供も。


「アイ」


 子供と一緒に強く抱きしめる。


「あうあうあー」


 消える。消えてしまう。

 だが出来ることはもう、何もない。

 涙が溢れ、二人に降りかかる。


「悲しまないで。うちは生まれて初めて幸せだった」


 アイは泣きそうな顔で笑っている。


「俺もすぐにっ」


 言葉は唇で塞がれた。


「ダメ、頑張って」


 もう、アイを通して後ろの景色が見えている。


「どうしてうちがここに来たのかわからない。ハジメがなぜ、この世界を作ったのかどうかも興味ない。でも......」


「あだぁ」


 こん、と小さな拳が胸を叩く。

 こっ、とさらに小さな拳がその下を叩く。


「生きて、頑張って」


「てぇ」


 大切な物がなくなっていく。

 手を伸ばす。

 だが、その手はもう触れることが出来ない。

 透き通り、ただ空を掴む。


「クリア報酬でやり直す。このゲームは繰り返すことが出来るんだ」


 もう一度。もう一度。もう一度、アイに。

 だが、アイは首を振る。


「それはいらないよ。きっとそれは今のうちとはまた違う。それに、多分、この子はもう生まれない」


「あーだー」


 もう、ほとんど消えかかっている。

 教室に戻る椅子が出現する。


「これで十分。うちのゲームはここでクリアなんだ」


「アイっ」


 叫ぶ。消える。二人が消える。


「あ、でも最後に」


 能天気に笑うアイ。まるで、ちょっと買い物に行くような、そんな雰囲気で話してくる。


「この子の名前をつけてほしいな」


 両手で赤ん坊の脇を持ち、俺の顔の前に出す。

 小さい男の象徴が見えた。


 何故だろうか。

 まったく考えないで名前が出る。

 まるでずっと昔から決めていたような。

 俺がその名前にすることが昔から決まっていたような。


 アイにその名前を告げる。


「あー」


 呼応するように赤ん坊が雄叫びをあげる。


「ありがとう」


 本当に幸せになった人の笑顔だった。

 その笑顔のまま消える。

 何もなくなった空間を掴む。

 自分の身体を自分で抱きしめていた。


 微かに残ったアイの香り。

 風がふいて、それも消える。

 思い出だけが残り、目を閉じる。

 笑顔のアイとその子供が浮かぶ。




 ゆっくりと目を開け、歩き出した。





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