⑧ 笑顔
夕食のチャイムが鳴り、食事が机に転送される。
俺とアイの分。
当然、ボブと猫耳の食事はない。
ぎゅるるるる、とボブのお腹がなる。
めちゃくちゃ食べそうだ。
半分あげても足りないだろう。
「ボブ、変身しなよ。エサあげる」
「オー、アリガトゴザイマース」
小さいレッサーパンダに変身するボブ。
アイがパンをちぎってあげている。
三分の一くらいでお腹が膨れたのか、満足そうなクマボブ。
「よしよし」
アイがモフモフ感を堪能しながら頭を撫でている。
変身がとけ、元の巨大なボブに戻る。
「オナカ、イッパイデース」
すごい裏技だ。
まさか役に立たないと思っていたスキルがこんなところで役に立つとは。
「ハジメも食べさせてあげようか?」
アイがパンをちぎって目の前でニマニマしながら振ってくる。
「いや、自分で食べるよ、クマになれないし」
「そっか、ヤキモチ焼いてるとおもった」
いや、焼かないよ。クマだし。うん。たぶん、焼いてない。......はずだ。
「もう一人、出てこないな」
猫耳はアイにやられてから部屋から出てこない。
「様子見に行かなくていいかな?」
「いいんじゃない、お腹減ったら出てくるでしょ」
結構な醜態を晒したからな。
出てこれないのはわかる。
食事を半分残してしばらく待つ。
がちゃ、と静かにアイのロッカーが開いた。
「誰?」 「誰?」 「ダレデスカー?」
三人がハモった。
ロッカーから出てきた少女は猫耳魔法少女ではなかった。
黒髪ショートの大人しい感じの女の子。
白いワンピースを着ている。
下を向き、こっちを見ない。
可愛らしく弱々しい印象は、来たばかりの時のナナを思い出す。
「転校生? でもうちの部屋からでてきたよね」
「さ、さっきは悪かった、です」
下を向いたまま、少女が話す。
声に聞き覚えがある。
まさか、猫耳なのか。
「コスプレしていると、強気になるん、です。魔法も使えて調子に乗った、です。ごめんなさい、です」
小さい声で謝る。
本当に猫耳のようだ。
いや、猫耳はもうない。リリンだ。
紫のツインテールはカツラだったのか。
背中には羽根が付いたカバンを背負っている。
コスプレ服やカツラはカバンの中にあるのだろうか。
初期装備が二つあるのはなかなか羨ましい。
「謝る時はちゃんと目を見る」
アイがそう言うと、下を向いたままだったリリンはアイの方を見る。
「ごめんなさい」
目を見てしっかりとお辞儀してあやまる。
猫耳の時とは別人だ。
「ん、許そう」
アイが笑ってリリンの頭を撫でようとする。
「ひっ」
リリンが青い顔でその手を避けた。
どうやら魅了スキルで触られて漏らした事がトラウマになってしまったようだ。
「だ、大丈夫だよ、悪いことしない子にはスキル使わないよ」
そう言って近づくアイから逃げるリリン。
何故か俺のほうに近づいてくる。
周りこんで後ろから抱きしめられる。
「まだ怖いから近づかないで、ほしいです」
脇から顔を出す。
紫の髪やカラーコンタクトをしている時は思わなかったが、コスプレをやめたリリンは少し可愛らしい。
「ハジメ、それ、こっちにちょうだい」
アイの顔は笑っているのにちょっと怖い。
「ま、まあ、いいじゃないか、謝ったんだし」
「ほう、ハジメはそっちの味方なんだ」
ヤバい。まだ機嫌悪いのか。
後ろのリリンがさらにぎゅっと抱きしめてくる。
「助けてくれてありがと、です」
小さい声で言う。
「お礼に少しくらいなら、いいよ?」
「何がいいのかな?」
アイが阿修羅面怒りのような顔になる。
リリンは俺の背中に完全に隠れる。
本当に反省しているのかっ。
「マゼチャン、マゼチャンハドコデスカー」
ボブはまだ二人が同一人物とわかっていない。
「とりあえず、ご飯食べよう。お腹空いてない?」
「空いてる、ありがとう、です」
背中からぎゅっと抱きしめられ、顔をぐりぐりこすりつけてくる。
絶対わざとだ、これ。
戦闘で負けたから、俺を落としてアイに勝とうとしているのか。
「ハジメ、後で死刑ね」
やめてあげて、俺、悪くないよ?
夕食の後、部屋で休むことになった。
アイはリリンに部屋を貸して、俺の部屋に来ることなになった。
ボブは教室。さすがにボブとリリンを教室で二人きりにさせるわけにはいかない。
「ハジメは大人しそうな子が好きそうだよね」
「い、いや、そんなことないですよ」
二人になったらイキナリ責められた。
「どうだか、うちみたいに騒がしいのは苦手っぽいもん」
お前が一番だよ。とか、気の利いたセリフは言えない。
「アイ、今日はなんだか、機嫌悪いな」
話を逸らそうとして言った言葉にアイが真顔になる。
しまった。言ってはいけないワードだったのか。
「少しね、ほんの少し」
多分、少しではない。
何かあったのか。
「明日、ミッションだから今日はもう休む。エッチはなしね」
「あ、ああ」
何か悩みがあるのか、聞きたいが聞けない。
アイの表情を見てわかる。
完全なガード。決してそのことについて話す気はないという意志が顔にでている。
「おやすみ、ハジメ」
最後に笑う。
なんだ、どこかで見たことがあるような笑顔。
しかし、記憶は甦らない。
ただ、どこか悲しい笑顔だと感じた。
「おやすみ、アイ」
俺には過去がないかもしれない。
カムイが呼んだときに神をコピーしただけの存在だとしたら、生まれてまだ一週間もたっていない。
未来もいつまで続くかわからない。
カムイが今回のゲームを終わらせる気になれば、そこで未来は終わる。生き残ろうとは思えないし、生き残れるとも思わない。利用されてもいい。誰かのために出来るだけの事をするくらいしか、自分には目的がない。
近い未来と近い過去。
全部あげてもかまわない、だから、終わりが来るその時まで、彼女には心から笑っていてほしい。
そう思って眠りについた。




