① 恋愛イベント アイ その3 ずっとアイのターン
『カムイくんがA組に編入します。皆さん、笑顔で見送りましょう』
朝、部屋で寝ているとカムイ編入の知らせが来た。
すでにカムイに聞くことはない。
いや、もう知りたいことがない。
目を瞑る。
動く気力もない。
キーンコーンカーンコーン
朝食のチャイムが鳴る。
食欲がわかない。
ベッドから動かずに、ただただ天井を見る。
『アリスさん、ルカさんがA組に編入します。皆さん、笑顔で見送りましょう』
昼過ぎにまた編入の知らせが入った。
ルカがレベル20になって上級職になったのか。
アリスと共にA組に行くようだ。
興味がない。
すでにどうでもいい。
B組はアイと俺の二人だけになった。
レベルの高いミッションは、もうこなせないだろう。
思考を停止する。なにもかもがどうでもいい。
キーンコーンカーンコーン
昼のチャイムが鳴るが無視する。
昼食後にイベントの知らせがあるだろうが、それがどんなイベントであれ参加する気がない。
眠る。ただ眠る。
生きているのに死んでいるようだ。
キーンコーンカーンコーン
夜のチャイムも無視する。
このまま餓死して終わるのも、足掻いて死ぬのも変わらない。
無気力にただ寝ているだけで、一日が終わろうとしていた。
だが、それが突然邪魔される。
扉を叩く音。
激しく叩かれている。
叩く者は一人しか残っていない。重い身体を起こして入り口に向かう。
扉を開ける。
「このアホがぁァァっ」
殴られた。
「痛いですよ、アイさん」
「うるさい、御飯食べないで引き込もって、何? 仲間が死んだから自分も死ぬの?」
ナナとキョウヤが亡くなったことで落ち込んでるのではない。俺が死ねば、二人はやがてカムイに救われるかも知れない。
「別に、今日は食欲がないんだ」
「あっそ、でも食え」
がぼっ、と口に何かを詰め込まれた。
パンだ。中に色々入っている。
「うち、言ったよね。パーティー反対って、同情したら死ぬって。実際、うちが止めなかったらハジメ死んでたよね」
「アヒサン、マフて、ハナヘない」
アイさん、待って、話せないと言おうとしたがパンがあるから話せない。
「二人が死んだから落ち込むのはわかる。だけどね」
アイが接近する。
「アヒサン、チカヒ、チカヒ」
アイさんが近づきすぎるので後退する。
だが、さらにアイは接近してくる。
どんどん後退していき、ついに部屋の壁に背中がぶつかる。
だぁん、と壁をアイが右手で叩いた。
びっくりしてパンを飲み込む。
壁から背中がずるずると落ちる。
座る形になり、壁に手をついたアイを上から見上げる形になる。
なんて情けない壁ドンだ。
「だけど、まだあんたもうちも生きている。諦めて死ぬことは、うちも二人も許さない」
目が赤い。
アイも泣いていたんだろうか。
「元々うちは仲間で一緒にパーティーとかするつもりはなかったんだ。シュンもハジメも利用して、一人で生き残れたらそれで良かった」
裏があるのはわかっていた。ボロは出まくっていた。
「なのにハジメが新人も助けようって、パーティーとか作るからっ、変な感情が出てきてっ」
「ごめん」
だーん、と今度は壁を蹴る。
耳の横を右足がかすめる。
スカートの中が見える。
......履いてない。
「謝るなら、ちゃんとしろっ。毎回ちゃんと御飯を食べて、次のミッションをクリアしろっ」
「アイさん、もし、自分が死んだら他のみんなが助かるとしたらどうします?」
アイがはぁんっ、と厳つい顔になる。
「そんなん知らんっ、うちはうちが助かればそれでいいっ!」
ある意味立派だ。
足はまだ壁についたままで、見えてはいけないものが丸見えだが、そこも立派だ。
「まあ、ついでにハジメも助かってもいいけどねっ、あくまでついでだけどねっ」
なぜか照れている。
「ぷっ」
思わず吹き出す。
考えているのが馬鹿らしくなる。
そうだな、たとえ生きる意味がなくても、最後の時まで足掻けばいい。
「アイさん」
「なに?」
「パンツ履いてないの忘れてるでしょ、丸見えですよ」
がしっ、と顔面を蹴られた。
真っ赤になって怒声を上げている。
「ありがとう、少し元気でました」
「ゔー」
なんか唸っている。
携帯を取り出し、初期装備を見てみる。
「トランクスで良かったら初期装備で渡せるんで貰ってください」
お礼のつもりでそう言った。
だがアイは首を振る。
「あー、ダメよ。自分の装備やアイテムは相手に渡しても日が変わったら消えてしまうの。最大で24時間しか持たないわ」
新たな情報。
もし、カムイの最強装備を奪っても一日しか使えないということか。
いや、まて。
アイテムは一日で消える?
この情報、俺は最初に経験してないか?
「ノートだ......」
「ん?」
思わず呟いてしまい、アイが怪訝な顔をする。
最初に消えた世界の設定資料が書かれたノート。
あれは四月一日に消えた。
つまり、誰かが俺に渡して一日が経過したということだろう。
あのノートの文字は俺の字だ。
あれは間違いなく俺が書いたものだ。
だが、いつの俺が書いた?
前にここに来た俺が書いたのだろうか。
前回カムイに倒されて死ぬ前に、次に呼ばれる俺に届けたのか?
どうやって?
今、俺が死んでも次の俺にノートを渡す方法がわからない。
「何、どうしたの?」
「わからない」
謎はすべて解明していない。
カムイはまだ何か重大なことを隠している。
「わからないけど、少し頑張ってみるよ」
たとえ絶望しかないゲームでも、ゲームオーバーまで足掻いてみようと思った。




