⑫ いともたやすく行われるえげつない行為
目の前が赤く染まる。
右目に血がついたからではない。
怒り。
ナナを殺された怒り。
こんなゲームを作った自分への怒り。
頭の中に溶岩が流れているのではないか。
そんな錯覚を覚えるほど頭が熱い。
「あ゛ぁ゛あ ぁ あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ ぁ 」
言葉が出ない。
声にならない声を上げ、男に向かおうとする。
だが、後ろから羽交い締めにされる。
「ダメっっっ!!」
アイが力一杯しがみつく。
「落ち着いてっ、アレはっ、あっ!」
絡まるように二人で地面に転ぶ。
その横を人影が走る。
「おまえ」
キョウヤだ。
全身が光っている。
特攻のスキル。剣を握ってナナを殺した男に向かって飛び込んだ。
「おまえ、なにしとんじゃあぁああああぁああああぁ!!」
男がキョウヤの方に巨大な手を広げる。
ストップ、という動作。
しかし、キョウヤは当然止まらない。
剣を振り上げ、男の頭にそれを振り落とす。
だが剣が届く前に。
男が広げた手をぐっ、と握った。
ぼんっと破裂音が響いた。
キョウヤの頭が内側から爆発したようにバラバラに飛び散った。
頭を失ったキョウヤの身体が剣を離さず、男の頭にそのまま当たる。
まるで飴細工のように剣が折れた。
「ふん」
興味がない、といった感じで頭のないキョウヤの身体を軽く押す。
血を撒き散らしながら、首のないナナの遺体に重なるように覆い被さる。
「弱い、貴様らが倒したのではないな」
転倒している俺とアイを無視して、カムイ達の方に向かう。
「ぎ、ぎざまっ、う、ぐっ」
立ち上がろうとしたところでアイが唇を押し付けて来た。
俺を喋らせないため。
ナナは一言話しだけで首を飛ばされた。
アイが俺の顔を両手で挟む。
唇は押し付けられたままだ。
「う、ゔぅ、ぐぅ」
「ひんっ、ひっ、うぅ」
アイも俺も泣いている。
泣きながら二人の血走った目が合う。
何もできない。
亡くなった二人の仇もうてない。
アイが唇を離す。
離したとたんにビンタが飛ぶ。
「落ち、着けっ、あんたが作ったんだろうっ、パーティーをっ、だったら最後まで」
さらにもう一度叩かれる。
「あの二人の為にも最後まで足搔けっ!」
歯を食いしばり、男を見る。
あまりに強い力を入れたため奥歯が割れた。
アリスとルカが構えようとするのをカムイが止めていた。
一人、男に向かって歩み寄る。
「貴様か、余のおもちゃを壊したのは?」
「ああ」
男とカムイが対峙する。
二人の間の空気がぐにゃりと歪む。
「下賤が、頭を垂れろ」
男の巨大な手が上から下に動く。
異形リザードマンの念動力と同じ力か。
カムイの身体が押し潰されたように低くなる。
どんっ、とカムイの背中から巨大な炎が噴き出た。
重圧を吹き飛ばすように宙を飛ぶ。
すっ、と男がキョウヤにしたように、空中のカムイに手を広げる。
ぐっ、と握る。
カムイが空中で回転し、天井を蹴って方向方向転換する。
同時にカムイが蹴った天井が爆発した。
「ほぅ」
男が関心したような声を上げる。
カムイが凄まじいスピードで男の周りを飛ぶように走る。
箱の中で跳ねるスーパーボールのように壁に当たり、跳ね返り、バウンドしながら男を翻弄していた。
次元の違う戦いに身動きすら取れない。
「気をつけろ、巻き込まれたらただではすまない」
いつのまにか、アリスとルカが側にきていた。
アリスはまるで俺とアイを守るように前に立っている。
首のないナナの遺体を見る。
「治してくれた礼もいえなかったな」
剣を握るアリスの手から血が滲む。
「生き残るぞ、必ず」
アリスは剣を巨大化させて、それを盾のように構える。
その後ろにアイと俺。ハイドとルカが隠れるように待機していた。
見ていることしか出来ない自分に腹が立つ。
なにが神だ。
俺はただのちっぽけな弱者だ。
異形リザードマンが全くついていけなかったカムイの動きに男はついていく。
ビームサーベルによる攻撃もまるで当たらない。
とんでもないスピードで繰り出されるカムイの攻撃を予測しているかのように避けていく。
「それが人間の限界だ」
男がビームサーベルを持ったカムイの右手首をつかんだ。
ばんっ、とそこが爆発してカムイの手首が弾け飛んだ。
ビームサーベルが地面に落ちて光を失う。握っていた銀色の柄だけになり、転がっていく。
カムイですら勝てないのか。
「全員で、一か八か、みんなで一斉に」
俺の言葉にアリスが首を振る。
「ダメだ。どうこうなるレベルじゃない」
「そうね〜、カムイちゃんがダメならどうしようもないわ、その時はみんなで命ごいしましょ♡」
背後にオカマスナイパー、クリスが立っていた。
いつ来たのか、そして、なんだ、この余裕は?
「でも大丈夫よ、カムイちゃん、まだ本気じゃないもの」
右手首を失ったカムイは動きを止めて男と対峙していた。
「終わりだ、人間にしては良くやった。最後に名を聞いてやる」
「カムイ」
男がカムイの頭に向けて手を広げる。
「人間の名を聞くのは数百年ぶりだ。カムイ、憶えておいてやろう。光栄に思え。そして余の名は......」
「ジーク、黒龍の王だろう」
ずっと無表情だった男、ジークの顔が歪む。
「なぜ貴様が余の名を」
カムイの鎧が突然変形した。
あらゆる部位から突起のようなものがでて、プシューッという音とともに赤い煙が出る。
覆っている機械のパーツ、その一つ一つにまるで動脈のような赤い筋が浮かぶ。
千切れていた右手首から、赤や青のチューブが溢れでる。
それがぐちゃぐちゃに混ざり合い手の形になった。
気持ち悪い赤と青の右手が出来上がる。
顔の機械のマスクも変形していた。
黒い兜みたいな造形から骸骨のように変わっている。
その髑髏の眼窩が不気味な光を放つ。
禍々《まがまが》しい。
まるでカムイのほうが......。
「なんだ、貴様は......っ」
「ヴルゥヴヴヴゥヴヴルィヴゥヴヴゥヴヴゥ!」
思わず耳を塞ぐ。
人が発したと思えない声。
カムイが雄叫びをあげながらジークに突進した。




